遠き日の友

つぐお

第1話


「おっ、これ懐かしいな」

たつやが手に取っていたものは一枚のCDだった。

そのCDは僕にもよく見覚えがあった。高校時代に毎日のように聞いていた洋楽だった。

若者が政治に対する不満を音楽にするという、いわゆるパンクロックで、洋楽好きの高校生がいかにも聴きそうな音楽だった。

「ああ、よく聴いてたな。」

高校の登下校のときとかさ、と続けようとしたが、その前にたつやの声が飛んできた。

「懐かしいなあ。大学の時にさ、サークルでよく聴いてたよ。イントロのギターソロがカッコイイんだよね。」

嬉しそうに話すたつやの目線はCDジャケットから動かなかった。僕の視線は彼とそれの間を焦点が定まらないままゆっくりと泳いでいた。

うっかり言葉を呑んでしまった僕は、やっとの思いで新しい言葉を彼につきだした。

「曲、流してよ」

ああ、そうだな。と、たつやはCDを楽しげにPCに入れた。

曲がギターソロから入りだす。ドラムが加わり、徐々に激しくなる。

カッコイイなぁ。たつやが惚れ惚れした表情でこぼした。

同時に、自然に手を動かしていた。大学のサークル活動を思い出していたのだろう。

彼の頭と僕と頭では、それぞれ違う情景が、違う時代が、違う世界が広がっていた。


僕には、この曲を通して時代を共有した友達が1人だけいた。

ネットゲームで知り合った年上のお兄さんで、彼はサルと呼ばれていた。

サルとはお互いに音楽の好みが近かった。

毎日のようにネットゲームにログインし、毎日のようにオススメの曲を教えあった。

いつの間にか、曲を漁っている最中に「あ、これアイツ好きそうだな」と考えるようにもなっていた。

サルも同じ思いだったようで「絶対これ好みだから」と勧めてきてくれることが増え、僕はそれをこっそり喜んでいた。

音楽を通して彼を好きになり、彼が好きな曲を好きになり、彼の人生が好きになっていった。


ある日サルは、その日が来たことを僕に告げた。

「公務員試験の勉強に集中するから、ネットゲームやめる。」

その文字列を見た瞬間、僕の周りの時間が止まった。

一瞬にして底が抜け、吸い込まれるように空虚が入り込んだ。

いつかこの日が来ることは分かっていたはずなのに、それがまさか今日だとは思ってもいなかった。

「そうか。頑張って。」

文字を打っては消し、打っては消し、迷った末にやっと彼に伝えられた言葉だった。

僕には彼を引き止めることはできなかったし、引き止めてもどうにもならないことはよく分かっていた。

「これ、俺のメアドな。なんかあったら連絡くれよ。」

僕の顔が少し上がった。

当時は気軽にメールアドレスを教え合うということがなかった。

オンラインはオンライン、オフラインはオフラインであるべきだと考える人が多かったためだ。

だからこそ、彼がメールアドレスを教えてくれたことは嬉しかった。それは信頼の証だった。

僕は歓喜を彼に悟られないように伝えた。

「ありがとう。またオススメの曲あったら送るよ。」

そのメールアドレスが使われることはなかった。


「久しぶりにギター弾きたくなっちゃったよ。サークルのやつら元気かなぁ。」

いつの間にか曲が終わり、たつやの指は止まっていた。

気がつけば、たつやと違う時代を生きていたことに対する寂しさはなくなっていた。

たつやは満足気にCDを取り出してケースにしまい、僕の前に突き出してきた。

「あの頃は良かったよな。」

たつやはその満足気な顔のまま僕の方を向いていた。

僕の目線はまたしてもたつやの顔とCDの間を泳いでいたが、彼の笑顔のせいか、遠き日の友を思い出したせいか笑みがこぼれてしまった。

たつやに差し出されたCDを受け取りながら言った。

「ああ、あの頃は良かったな。」

僕らは同じ時間に違う時代を懐かしんだ。

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