第7話2
ふん、と笑いはするが、その横顔にはいつになく焦りが見られた。
「制限時間は」
憂乃の問いには沈黙したまま、ランゼルはカードを繰っている。
「……あるのか」
よこされた封筒には、一枚の白い紙。
誰かに知らせたりはしてはならないことと、二十四時間で爆発すること(もし処理班を呼べばその時点で自爆する)、それにひとこと、ヒントが書かれ、犯人側の何の要求も理由も名前すらなく、手紙は終わっていた。
「あぁ、わからんな、タロットなんざやったことがないからな」
投げ出したいのは山々だが、いかんせん、基地の運命がかかっている。
「お前、いったい今度は誰ともめた」
「自分の叔父にそういうことをいうかね」
真剣な顔をして言い合うと、どちらからともなくフッと目をそらしあう。
「すまん、愚問だったな」
「いや……。ん、待て、憂乃、お前今一体何に納得したんだ」
「分かり切ってるじゃないか、そんなこと」
居心地悪そうに座り直し、クマから少しだけ遠ざかって、憂乃は答えた。
「お前が寝た相手の話なんて」
「待て! それは激しく誤解が」
「ああ、すまん、そうじゃないな、いかにあとくされなく手を切るかうまくいかなかったんだろ、今度は男か?」
「しばくぞ貴様」
途方に暮れたような声を出し、ランゼルはテーブルに突っ伏した。その余波を喰らって、カードがばらばらと飛んでいく。
「あー、やんなっちゃうなぁもう」
「探偵とか出てこないかな」
ぼそり、と呟いた憂乃は、ばらけてとんだカードをうつろな目で眺めやる。この部屋からはもう、何事もなかったようには、出てはいけないのだ。動くのならば、大佐とクマとセットで行動せねばならない。一人で出ていった憂乃が、誰かに知らせにいかないとも限らないのだ。
「そうだな……ヘタなパフォーマンスで爆発をはやめるのもいかんしなぁ」
「憂乃、何考えたんだ今」
「クマを背負って、ふたりで大道芸を」
皆まで言わせず、大佐は憂乃を黙らせた。
真剣に何を言うかと思えば、この姪はときどき、人知を越えたことを考え出す。
「しゃーねーなー」
二人で行方不明ともなれば、自然と誰かがここに来る。ひとり二人と駆けつけてくれば、自然と、ばれる。
「だってー、俺たちが言ったとか教えたとか、じゃ、なきゃいいんじゃんな」
せこいことを言いながら、大佐はしかし、卓に頬をつけたままで指先を使ってカードを集める。
「このカードに、ヒントが隠されてる、っつったって」
「私にもわからん。八卦ならしってるが」
「へー……いや、何で!?」
「ごめん」
内田は片手をたて、一宇に頭を下げた。一宇はあわてて顔を上げさせ、逆に手間をとらせたことをわびた。
「回線にロックがかかってるみたいで」
半泣きで言われ、一宇も何だか泣きそうだ。端的に言うと、許可証を申請するためのライン自体、さらに許可が必要らしい。その都度。
「今朝まで同じパスだったんだけど。もう変わっちゃってるから。大佐に許可貰わないと」
大佐一人では回線に入る許可が足りず、回線に入っても良い情報局員だけではやはり足りない。
「た、大佐さがします」
真顔で言うと、一宇は制御室を出る。
「ま、まって!」
鼻水をたらしたまま、内田が一宇を呼び止める。しかし駆けだしてしまった一宇は戻ってこない。自然、内田も外に出る。
「……どうした?」
「なんでもない!」
通りすがった兄に叫ぶと、内田は一宇を追いかけた。
「わからーん」
つまらないので、カード当てを始める二人である。憂乃は塔のカードをなぜかチョコレートバーだと断言し、そういえばこの絵はそう見えるなぁと、あり得ないのに大佐は頷く。隣では相変わらず、愛くるしい悪魔がでんと椅子に構えていた。と、「みつけたー!」勢いよくドアが開く。激しい物音に、開けた当人が一番驚いていた。
「うわあっ立て付け悪くなったらどうしよ、」
「一宇」
意外そうに、大佐は顔を上げる。役に立ちそうで立たないものがやってきた。一宇は、うしろに控えている内田ともども、なぜか水と泥に汚れていた。
「よかったですね……っ」
「そうだな!」
ものすごく嬉しそうに顔を見合わせ、内田と一宇は奇妙な連帯感に浸っていた。どこを通ってきたのか定かではないが、浮田を発見するために無駄に莫大なエネルギーを費やしただろうことは確かである。
「大佐、武器庫に入る許可、下さい!」
急に毅然として、一宇は敬礼した。とつとつと自らの失敗をわび、土下座しかねない勢いでひたすら許可を請う。
「あー……悪い、できない」
大佐はさらりと切り返した。出したいのはやまやまだが、とつけたし、凹んだ一宇の肩に手をかける。
「お前、……基盤とか分かるか?」
「は?」
「内田隊員、モバイルの電源を切ってくれ……切らなくてもかわらんだろうが」
内田はしばらく画面を見ていたが、すぐにそれを小脇に抱えた。
「使えないようです。妨害電波が」
だろうな、と頷き、大佐は一宇の頭を遠慮なくなでる。ペット扱いされ、文句を言おうとした一宇の前に、一枚紙切れが舞い落ちた。
「あー悪い」
テーブルからばさばさとカードも落とし、憂乃が笑う。
「何かに気が付いたか?」
「……これ」
「あいにく、俺も爆弾についてはわかることはわかるんだが……こういう、綺麗にできてる論理派な作品には手が出ないんだ」
期待の眼差しが、一宇に降り注ぐ。クマを見つめ、そっと近づき、一宇は笑った。ちょっと泣きそうだった。
「い、一週間くらいかかると」
「ばか! 無意味! お前ひとりでしね!」
「うわっ……なんですかその言いぐさ!」
大佐のひどい叫びに、一宇は凹むどころか逆切れした。
「専門じゃないんだから当たり前でしょうが! 大体ここにいるひと全員、誰も解除できないんでしょ! 一週間でもましなほうじゃないですか」
「意味ねーんだよそれじゃ! しんだあとに解除できるかこんのバカ!」
「バカとはなんだこのうすら……」
一宇は沈黙した。急にしおれた少年の肩を叩き、憂乃が席を勧める。
「ま、とりあえず、カードの謎でも地道に解こうじゃないか」
ローズ。メフメト。サンジェスマン。レジスタンスの名前を並べる。エスガイル。マーメット=フィーチャ。
「心当たりのある民間企業、多いですね」
セクレト。
「待て一宇。なぜレジスタンスが民間……」
「あはは、やだなぁ大佐に大尉、なにもそこでハモらなくても」
「確かセフェ・フィーは権力交替が起きたばかりです」
内田が記憶を辿り、紙に新たな名が書き込まれる。
「基地内でコレ使うんだから、本人はここにいないと思うんですがね……」
一宇はクマさんの背開きに向かって呟いた。こんな愉快なことをするくらいだから、自分まで巻き込みはしないだろうと思うが。
「あははーもう、どうにかしてってかんじィ、ですよねこれってもー」
背開きは、あまり振動に強くない仕掛けと、遠隔操作による起爆装置、それに何かの指示器を外気にさらしていた。
「クマさんもえらい改造手術くらっちゃって、まるで俺みたいな……うっ」
無駄口をきいていた一宇に一瞥くれて、大佐は作業に戻った。カードを並べている。
「レジスタンスか、軍人か、一般人か」
憂乃は腕組みして天井をあおぐ。
「一宇、できそうか?」
「あんまり。でも思ったより複雑じゃな……こほん、ええと、かなり面倒です、つくったひとすごいなぁ」
犯人に聞こえていた場合を想定し、刺激したくないと思ったのか、一宇は急に言葉を変えた。簡単なのか、と呟いた大佐は、再びむっつりと黙り込んだ。カードについての知識がある人間がおらず、彼はほとんどひとりでカードの謎に向き合っている。他の人員はタロットカードに詳しくないからといって、はなから参加する気がない。ただギフトの送り主、ここでの敵側勢力をあげることに暇をつぶしていた。妙な疲労が肩にたまり、大佐は首をならした。
「飽きたなぁ……そろそろ」
ずっとこんなものについて頭を使っているのだ、もともと、彼の使う頭は戦闘だとかそういう変化に富む状況に適用されるものであり、動かない的に興味は続かない。
飽きっぽいから遊撃隊。第二十五部隊は、ときどきそう評される。現に九条も佐倉も、ずっと同じ機に乗せると意欲が減退する。大佐にいたっては夜討ち朝駆けがベストという、一点集中が基本である。延々と戦争を続けてはいられない。憂乃からすれば、気楽なもんだな、といったところだ。……もちろん、遊撃には、それ相応の危険があるのだが。
ずいぶん時間が経ち、昼食を抜いている内田の腹の虫が文句を言い立てた。すいません、と謝り倒し、恥ずかしげに彼がうつむく。やがて再び沈黙がおり、一宇は集中力をクマの中身に詰めていった。時計がないので、今がいつなのか分からない。期限切れになりはしないかと焦りがあったので、一宇は目の前の中身に断線のめどがたってきたとき心底ほっとした。
「えーと、この線を、きればいいから……」
中身をちょっと持ち上げて、配線を確認し、クマからふとテーブルに視線を戻した。なにか、ペンでも良いので細長いものがないかなと目を泳がせる。
「あれ?」
室内では、皆がむずかしいかおをして黙り込んでいる。 その真剣な空気がバカらしくなるくらい、一宇はきょとんとしてしまった。なぜ気づかなかったのだろう。一宇は目をすがめ、人差し指でカードを数えた。
「いちまい足りないですよ、それ」
「えっ!?」
全員が床などを見て回ったが、足りないぶんは、どこにも見あたらなかった。
「ないのは何のカードだ」
全員が首を振る。とりあえず順番に並べ、内田が必死に記憶をたぐった。
「ええと、確か」
娯楽室で遊ぶ連中を思い出したりしながら、ふと、ニュースのことを思い出す。
「セフェ・フィーは権力交替を……」
それで、大佐が頭を抱えた。
「誰だ……! こんなこと考えやがッたのは」
足りないカードはTHE HIGH PRIESTESS(女司祭長)。
「セフェ・フィーの元アタマは誰だか、覚えてるか」
記号として用いられたのは、カード。それと何の関係があるのか、と、首をひねりながらも一宇は答えた。
「ティファレト。フルネームは、ええと、ティファレト・ラノ・アマス」
信仰団体でもあるセフェ・フィーの元首領、先日軍によって殲滅された地区にいて、死亡。頷いて、大佐は続ける。
「ここにあるのは大アルカナだ。これらはこう、並べることができる」
昔、知り合いに呪術とかに詳しいのがいてなぁ、と、彼はどこか苦々しげに呟いた。
「生命の樹。世界を表す記号……セフェ・フィー殲滅には、確かに俺たちも――第二十五部隊も関わった、ましてや俺は、上層部に顔見られてる」
ていうか撃ったし。軽く頭を振り、大佐は紙に何本かの線をひいた。描かれた模様は、なんだか、水晶柱のような形だった。
「でな、このカードは、上から下への、エネルギーの順路でもある線上に配置される……周囲のこの部分にはいろいろ意味があってな、あまりはっきり覚えてないんだが、中心に、太陽をあらわすティファレトというものがある。失われたカードは、高位から流れてくるエネルギーを順路を断つかたちで切れさせたって意味だろう、つまり、ティファレト・アマスを殺した、ことを、表している……んだろうな」
面倒な話だ、と呟いて、大佐は一宇に指示を出す。
「最初から逃がす気はないのさ。ただ思い出させたかったんだろ……クマを担げ。外に出るぞ」
「あ、はい……ええ!?」
今ひとつ意味が把握できずにいた一宇は、少々反応が遅れた。もとから、そういった学問には詳しくない。他の者も魔術についての知識が浅く、そういった団体による簡単なゲームにも理解がついていっていなかった。じっとばらけたカードを見ている。それを苛立たしげに眺め、大佐ははん、と吐き捨てた。
「つべこべ言うな。絶縁ぐらい済んだだろ」
できますけど、と、泣きかけたまま、一宇はまだ回線の生きているクマに目をやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます