透明人間の殺し方
メイ
第1話
部室。
部室内には作業をしているトオリと部長。
執筆に行き詰まりトオリは溜息を吐く。
トオリ「はあ……。なーんか最近いまいち筆が乗った記事が書けねえんだよなあ」
トオリ「部長、面白そうなネタとかないですか? 今の俺、ハングリー精神に溢れてるんでなんでも調べてきますよ」
部長 「ん? ああ、そうだな。この時期だと恋愛ネタが受けるんじゃないか? 連休明けでカップルも増えてるだろうし」
トオリ「部長、俺がそういう青春っぽい堅実な記事苦手なの知ってるじゃないですか。意地悪しないで下さいよ」
部長 「え、ああ、そうか。それもそうだな。はは」
トオリ「最近よそよそしくないですか? 前みたいに都市伝説系のネタとか提供してくださいよ」
部長 「都市伝説……。ああ、そうだな、お前はトオリだもんな」
トオリ「ちょっと部長、誰と話してると思ってたんですか。この席はずっと俺が座ってるでしょうよ、やだなあ」
部長 「締め切り前で疲れてるのかもな。悪い悪い」
トオリ「それなら、いいですけど」
部室にナツメが入ってくる。
ナツメ「お疲れ様です」
部長 「戻ったか。どうだった、2年の白木が行方不明になってる原因は加藤春名絡みだったか?」
ナツメ「うーんどうですかねえ。3日家に帰ってないってだけじゃ、まだ加藤につなげるには早い気がしますね」
部長 「そうか……。直前に加藤たちのグループと言い争いになっていたって情報と合わせると良い線行ってると思ったんだがな……」
ナツメ「まあ、引き続き調べますよ。なかなか白木の目撃情報も集まらないので難航しそうですけど」
トオリ「それって今朝ホームルームでセンセーが言ってた話か?」
ナツメ「え? ああ、うん、そうだけど」
トオリ「お前は今日だけじゃないから余計にひどいぞ。よそよそしいんだよ! もう1年以上の付き合いだろうが」
ナツメ「……1年か。うーん」
トオリ「おいおいマジか……」
ナツメ「まさか、僕が忘れるわけないじゃないか。1年ながらに30名以上の部員がいるこの新聞部で、6名しか載れない1部新聞に記事を書き続ける松井通くんをね。2部新聞であること以上に、学園新聞であることを活かしたあの記事は見事としか言えなかったね」
トオリ「スラスラ言ってもカンペ見ながらじゃ説得力ねえぞ」
ナツメ「冗談だよ、冗談」
トオリ「お二人もですけど最近そういうの多いんですよね。なーんかみんな俺のことを覚えてないというか。そんな影薄いですか俺?」
部長 「いや、そういうわけじゃないんだが……。こうやって話してるうちにどんどんと思い出していくんだが、最初は思い出しづらくてな」
トオリ「やっぱり影薄いって言ってんじゃないですか」
ナツメ「まあまあ! それよりトオリくんは今どんな記事書いてるの?」
トオリ「今は梅雨に向けて雨に関する都市伝説系でも書こうかと思ってんだけど、中々纏まらなくてさあ」
ナツメ「雨、ねえ。死んだ人が帰ってくるとかそういうやつ?」
トオリ「幽霊は極力取り扱わない主義なんだよ俺は。最近ニュースで連続殺人の話題よくやってるだろ? あれに絡めて雨音の中に足音を潜ませる殺人鬼の話でも書こうと思ってな」
部長 「それも実話を元に構築した話か?」
トオリ「もちろんですよ。過去に実際いたんです、そういう通り魔が」
部長 「確かに、雨の日だと足跡も残りにくい上に血も流してくれる。信憑性も高いな」
トオリ「ただなかなか話の膨らませ方というか、全体の構成がいまいち上手くいかないんですよねえ」
部長 「そうか、なら俺に見せてみろ。アドバイスくらいはできると思うぞ」
トオリ「本当ですか! 部長にアドバイスしてもらえるなら是非。とりあえずできてるところまで印刷しますね」
出力した用紙を取って一瞬止まるトオリ。
その5枚の用紙をホッチキスで止め、右上にトオリとサインを書いた。
トオリ「よろしくお願いします」
部長 「ああ、じゃあ読ませてもらうぞ」
ナツメ「トオリ君は才能が有って羨ましいね。僕なんてまだ6位の背中すら見えないよ」
トオリ「言っても13位だろ? その順位についてるなら一工夫でどうとでもなるって」
ナツメ「今書いてる記事もそうだけど、僕のって謎に迫るものが多いでしょ? トオリくんみたいに答えをぼやかすんじゃなくてハッキリとしたアンサーを出すタイプの」
トオリ「そうだな。ゴシップ雑誌ならともかく1回辺りの文字量が少ない2部新聞って媒体だとちょっと厳しいかもしれないな」
ナツメ「大体3回くらいに分けて、だから1か月半で1つの記事が完成するってことなんだけど、これってやっぱり読者からの票はなかなか入らないんだよね」
トオリ「面白かったとしても、最終回なら解決ってカタルシスもあるから票は集まるだろうけど、1、2回は他のやつらに埋もれる可能性も高いからな」
ナツメ「だからそろそろジャンルの変え時かなとも思うんだよね。やっぱり新聞部2年生のうちに1回は1部新聞経験しておきたいし」
トオリ「そうだなあ。あっ、じゃあさ、ジャンル変える前に1個俺の提案試してみないか?」
ナツメ「名案があるんだね? うん、聞かせてよ」
トオリ「しっかりメモしとけよ。まず今追ってる事件と一緒にもう1個事件を追うんだ。そしてそれを今の記事が終わるまで……だからあと1か月以内か。それまでに解決まで持っていけ」
ナツメ「つまり事件の同時進行ってこと? それって結構難しくない?」
トオリ「もう一つの案件は簡単なものでいい。いや、むしろそこまで難しくない案件のほうが良いかもしれないな」
ナツメ「なるほど……。ちょっと見えてきたかも」
トオリ「多分その予想通りだぜ。で解決した事件を2回、出題編と回答編に分けて編集するんだ」
ナツメ「トオリ君が1部新聞に上がったときと同じ読者参加型の記事ってことだね」
トオリ「そう、2部新聞は1部新聞と違って掲載してある場所がだいぶ少ない上に、全生徒への配布もない。だがそれは逆に言えば口コミによるブームを起こすにはちょうどいい素材とも言える」
ナツメ「そしてその上でミステリーは読者が意見を出し合うことで話題にもなりやすい……!」
トオリ「自分の真似しろって言ってるみたいで押しつけがましいけど、お前の記事の完成度の高さなら俺よりも高評価を取りやすいはずだ。緻密で雰囲気を出せるお前の記事でなら勝負になるはずと俺は思うね」
ナツメ「よし、そのアイデアもらった。今度試してみるよ」
トオリ「俺も違うアイデアでそろそろ勝負に移りたいとは思うんだけど、半年近く1部新聞で書き続けてると、冒険して2部に落ちるんじゃないかとビビっちゃうんだよなあ」
ナツメ「確かに。急に2部に落ちちゃうと読者も『あいつ本当はつまらなかったんじゃないの?』みたいな風に考えちゃうもんねえ。」
部長 「その通り。だが、お前のファンはその程度で見限らないと思うがな」
トオリ「おっ、読み終わりました?」
部長 「ああ。題材はなかなか面白いと思う。だが、記事が面白いかといわれるとあと一歩だな」
トオリ「やっぱり展開の起伏が少なすぎますかね? となると一回助かったと思わせて実はまだ殺人鬼は生きていた! みたいなことやったほうが良いのかなあ」
部長 「いや、そうじゃない。ただ、なにか足りない気がする。それが率直な感想だ」
トオリ「部長にしてはすごいふわっとした感想ですね。なにか、かあ」
ナツメ「それは最近僕も感じてたかも。4月ちょっと前くらいからトオリ君の記事ってなんか物足りないんだよね」
トオリ「げ、ナツメまで。まじかあ……。なんかあったか……?」
部長 「すまないが俺もそれはわからないな。いまいち力になれずに済まない」
トオリ「とんでもないですよ。部長がそういうなら間違いないです! もっかい昔の記事見返して勉強してきます」
部長 「お前は本当努力家だな。俺はお前のそういうところを評価しているよ」
トオリ「もったいない言葉です。じゃあ俺はもうちょっと部室いますね」
部長 「そうか、じゃあ先に帰らせてもらうよ。カギは副部長が持ってるから帰るときはそのままにしといてくれ」
トオリ「了解です」
ナツメ「僕も今日は用事があるから帰るよ。じゃあね、トオリ君」
トオリ「おう、新作楽しみにしとくよ」
二人は部室から去る。
一人の部室。
キーボードを叩く音だけが響く。
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