俺という男

俺の命の行方を捜す前に、少し俺の話をしておこうか。



俺の名前は小垣幸和(おがきゆきかず)。29歳、サラリーマン。

調理器具を売る会社に勤め、もう5年余りになる。

会社では営業の方は得意じゃないからと事務仕事と電話対応。その二つの業務の間を行ったり来たりだ。

2年単位で移動しては戻ってきている。


そんな風にふらふらしていた俺だが、近ごろ事務のほうに落ち着くことになりそうなのだ。

近々事務の係長が昇格するのとともに、俺がその位置に任命されることになるという。

…まあ、まだ正式に決まったわけではないのだけれど。

そんな話が出たというだけで安上がりな俺は舞い上がってしまう。その話を聞いた当日にケーキなんかぶら下げて帰宅したぐらいだ。

妻子に馬鹿にされたことは言うまでもない。

ついでに気が早すぎると係長本人にも笑われた次第だ。



まあ、そのことはいい。次だ次。

現在の家族構成は家内と娘がひとり。

妻の恵理子はしっかり者で、朝のやり取りで分かってもらえたとは思うが完全に尻に敷かれている。

これでも一応大黒柱なのだけど…。そそっかしい性格が災いして座布団のように恵理子の下に収まるしかないのだ。

22の時に結婚してそれからずっと寄り添って生きてきたが、俺は恵理子の世話になってばかりな気がする。何か返そうにも返せていないのが現状だ。

いつかどんでん返しを夢見るところだが、その道のりは遠い。


娘の愛海は今年の春小学一年生に上がった。育ち盛りの娘は親の贔屓目を差し引いたってかわいいもので…。小学生のうちから変な虫がつかないかと時折心配になっている。

この愛海はめでたいことにあと一週間もすると7歳の誕生日なのだ。実はまだプレゼントを用意していないから今日中に選んでしまう予定だった。

娘にとって小学生になって一番最初に迎える…特別な誕生日なのだ。

愛海はその日をずっと前から心待ちにしているようだった。もちろん俺も恵理子もそれを盛大に祝ってやろうと決めている。



と、この様なちょくちょく夫婦喧嘩・親子喧嘩を挟みながらの平和な一家だ。



一般的に見ても申し分ない人生であり、自分で言うのもなんだが幸せな生活だ。

腹に全く何もため込まないような日々、というわけではない。しかしそれを補って余りあるものだと自負している。

それでも若いころの俺だったら満足できずにもっともっとと駄々をこねていることだろう。そんな若かりし頃のことを思い出すたび顔が熱くなる。

まあそんなやんちゃといえるほどのやんちゃもせず。かといって真面目に生きるわけでもない中途半端な青い春のことなど、いまは関係のないことだ。

現在の俺はまごう事無く今送る日々を「幸せ」と名付けられるのだから。





こんなところで小垣幸和という男のことはわかっていただけただろうか。

ざっと説明しただけだから、なんとなくわかってもらえればそれでいい。

平凡ながらも幸せな男であること。言いたかったのはそれだけだからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る