異端者の魔弾

おかぴ

1 お伽話

 遠い昔……預言者ユリアンニが亡くなってまだ数百年しか経ってなかった頃のお話。神の寵愛を一身に受け、聖女として人々に崇められた女性がいる。彼女の名前はリーゼ。


 リーゼの力はまさに奇跡としか形容できないほどに強力なものだった。飢饉があればその土地に趣き、荒れ果てた畑に残る枯れ草を撫でた。すると畑は、随伴者や持ち主の目の前でみるみる蘇り、金色に実る小麦で満たされた。干ばつが続く土地があると聞けば足を伸ばし、小高い丘にある大きな岩を自身の杖で突いた。するとたちどころにひび割れた岩の隙間から澄んだ水が湧き出て、今ではその土地は国内でも有数の湧き水豊かな土地となっている。


 疫病に悩まされる土地があれば、その土地に趣き、苦しむ子供を抱きしめた。するとその子供はみるみる疫病が治っていった。自身の罪を悔い、死に悩み苦しむ老人も、リーゼの慈愛に触れれば、母親を前にした少年のように安らいた表情を向けたという。


 神の如き強大な力を振るい、神の如き優しさに満ち溢れたリーゼは、いつしか『聖女』と呼ばれ、ユリアンニ教を崇拝する信徒たちの間で崇めたてられた。


 ある日、立派な鐘塔で有名な村ドレスローに、凶悪な古き赤黒い獣が現れた。何の前触れもなく突如現れたその獣は、狡猾で人を喰らい、その村を壊滅寸前にまで追い込んでいった。針金のように硬い体毛に覆われた身体は、あらゆる武器を寄せ付けなかった。巨大な身体に備わった膂力は大木を小枝のように捻り折ることができ、口から垂らすヨダレと身体中から漂う匂いは土地と食べ物を腐らせ、村に疫病を招いた。


 村人たちが村の教会を通してリーゼに助けを求めた時、リーゼはいつものように優しい微笑みのまま、こう言ったという。


『街の東西南北に教会を建てなさい』

『東の教会には、私の舌を祀りなさい。西の教会には、私の心臓を祀りなさい』

『南の教会には私の目を、北の教会には、私の右腕を祀りなさい』

『そして、中心の鐘塔に獣を閉じ込め、私の血を祀りなさい。そうすれば、私の血と身体が楔となって、獣をその場に繋ぎ止めることでしょう』


 そんなことはできない。聖女様を殺すことなどできない。助けを求めた村人たち自身がそう言う中、リーゼは優しい微笑みのまま、自らの術で自らの命を断った。


『私は死ぬのではありません。私の身体が、神の子たるあなたたちの平和と繁栄を見守ることでしょう』


 聖女リーゼの自らをも犠牲にして村を助けるその姿に、村人たちは例外なく泣き崩れたという。聖女リーゼに報いるためにも村人は、言われたとおりに村の四方に教会を建て、東にはリーゼの舌を、西には心臓を、南には目を、北には右腕を祀った。


 そして中央の鐘塔の最上階に大きな牢を作り、その場に獣を誘い込んで閉じ込めた。牢の壁にはリーゼの血をまんべんなく塗ってあり、リーゼの力で獣はその場に繋ぎ止められた。こうして、村の平和は、聖女リーゼの尊い犠牲によって守られたのだった。


 今日、その村は聖女リーゼの名を冠した教会都市『ヴェリーゼ』と名を変えている。聖女リーゼの加護を受けたと言われる都市ヴェリーゼは、都市全体が一つの大きな教会施設として機能し、聖地としてだけでなく、観光スポットとしても人気が高い。


 物語においてリーゼの身体を祀るために建てられた教会も未だ健在だ。それらは伝説を今に伝えるモニュメントとして、また宗教施設や観光名所として、今ではユリアンニ教信徒はもちろん、王国民にも広く愛されている。

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