dagger

佐々木 篠

prologue

prologue(1)

 つまらない。


 そう思った。あれだけ綺麗だった世界は、たった数日で壊れてしまった。


 そうは云ってもそれは俺の感性と云うやつで、世界は変わらず23.4度傾いたまま自転している。約24時間をかけてゆっくりと回る。


 それは当たり前の事で、だからこそ俺はその当たり前に腹が立った。ただの八つ当たりだ。しかし、人が幼馴染みにフラれて感傷に浸っているんだ。空気を読んで雨くらい降らせてくれよ。梅雨の分際で暑過ぎるんだよ!


「…………ん?」


 エアコンの無い自室で溶けて……融けていると、初期設定の味気の無い音が鳴り響いた。


 軽く一瞥してからゆったりとした動作で携帯を取ると、妹からのメールが届いていた。


『お兄ちゃん奈々ちゃんにフラれたんだって? ざまぁww』


 その文字が視覚情報として受理されると同時に携帯を振りかぶる。が、肩を落とす。高校生である俺に携帯は高価だし、何よりもこの携帯は奈々――俺の幼馴染み――との思い出が多分に記録されている。投げられるわけがなかった。


「我ながら女々しいやつだよ…………」


 でも、仕方ないじゃないか。つい最近までは奈々が俺の運命の相手だと信じていたし、俺の童貞は奈々に捧げるんだ! とDQNみたいな事も考えていた。……恋は盲目って本当だな。常識まで見えてないぜ☆


「…………はぁ」


 本日3桁を軽く超越する溜息が俺の口から家出する。幸せと一緒に駆け落ちした溜息は、今のところ戻って来る予定は皆無。


 でも、やっぱりフラれるってのは精神的にきついっすわ。ただの恋じゃなくて、幼少期より抱いていた恋心ってのも原因の1つだと思う。


 だが、それだけじゃない。俺は告白する気だったんだ。勿論、結婚を前提に考えての、だ。


 指輪も買った。高校生としては高価だが、奈々のためなら安い買い物だ。


 そう思ってた時期が、俺にもありました。


 その指輪は、現在俺の右手の薬指に装備されている。ステータス補正は特に無い。若干物理攻撃力が上がった気はする。


「ふははははッ!! 今なら勇者風情など取るに足らんわ!!」


 何となくテンションを上げてみた。そこで敢えて魔王視点なのが俺クオリティー。…………べ、別にデフォで魔王が出て来たんじゃないんだからっ。


「…………疲れた」


 こんな謎の思考回路の持ち主だからフラれたのだろうか?


 しかし、これは昔からの性格だし奈々相手には決め手にならない。だったら俺のフラれた要素は何なんだ!?


「…………まっ、男だけどねー」


 告白しようと奈々を呼んだら、彼氏が出来たと告白されましたー。咄嗟に差し出した指輪を引っ込めて「あ、これこの前のジュース代」と小銭を差し出してしまった。


 んで、そのまま奈々はデートに。…………ついでに俺も連れていかれた。


 奈々は事実上フラれて凹んでいる俺に、笑顔でザキをかましてくれました。本人はザオラルのつもりなのがまた怖い。


 しかも、デートの途中でトイレに行くと席を立ちやがった。


 喫茶店にて、見知らぬ彼氏さんと事実上フラれた俺と云う親切設定。


「あ、えと……奈々の何処らへんを好きになられやがったんですか?」


 気まずさのあまり思わず奇妙な言語を発っしてしまうが、何とか彼氏さんには伝わったらしい。イキイキとした表情で語り始めた。


 それから俺は彼氏さんと意気投合…………する事なく、ふるぼっこ☆にした。


 少々話は跳んだが、彼氏さんがひたすら奈々の容姿について褒めちぎるので、「嗚呼、こいつは体目的か」と悟りを開いたため、ついついボコボコと云うか、顔面をデコボコにしてしまった。


 勿論奈々には嫌われました、キリッ。


「鬱だ……彼氏殺して逃げよう」


 間違った。鬱だ、死のう……。


 俺が一般人だったら思い直すけど、残念ながら性格に爆弾抱えている俺には奈々以外に親しい人はいない。流石に家族は除くが。


「あー、ゲームでもするか」


 ただし、ただのゲームではない。VRMMORPGと呼ばれる究極のRPGだ。製品自体の名前は『dagger』。

 VRMMORPGとはNERDLESマシンによって生成される仮想空間を舞台とした多人数参加型のロールプレイングゲームだ。


 このゲームはヘットギアさえ装着すればフルダイブが可能で、科学的な根拠が一切無いとの噂がある。


 曰く、現代に現れた魔法。


 曰く、その世界は異世界のミラーである。


 曰く、その世界は異世界に通じ、条件が揃うと異世界に召喚される。


 ただ今の俺には(別に今じゃなくても)関係ない。ゲームは都合よく現実を忘れさせてくれる。


 俺はその多くの機能の割には異様に軽いヘットギアを装着すると耳付近にあるスタートボタンを押した。



『dagger start...now loading』

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