有情の殺鬼

 東南アジア。安くて汚い、スラム街のボロ宿の一室。


 「何が南の島。何が高級リゾートだ。」


 背広の上着を脱ぎ捨て、Yシャツの襟元をだらしなく広げた日下部。既に何本目を空けたか判らない、酒のカンを部屋の隅に投げつけながら喚く。


 部屋の中には、彼の今後を保障すると言って良いケースが3つ。キャリーに積まれ、ベットの横にある。


 国を出て身分を変え、大金を手にする為に、一時的に入るように言われた場所だった。しかし待てど暮らせど連絡は無く、二晩が過ぎた。


 「屋敷」と名乗ったシンジケートの女に連絡を取るが、全く繋がらない。


 焦りと苛立ちを募らせ、手持ちの金で安酒を買って、ひたすらシンジケートからの連絡を待った。「ケースは直接報酬と引き換える。」そう条件を付けたのは他でもない日下部だ。


 蒸し暑い熱帯気候の街並み。西の空へ夕日が沈み、煌びやかなネオンの光が漏れ出す頃。いつの間にか寝ていた日下部は、戸口がノックされる音で目覚める。


 携帯に目をやると、「屋敷」の番号から何度か着信があったようだ。又、戸口がノックされた。


 「やっと来たか。」


 深酒した後の起抜けであり、普段冷静を装っても「事が自分の思いどうりならなければ、激昂する」日下部の性癖は、理性の警告を無視した。


 連絡が遅れた腹いせに、どう侘びをさせるか?そんな事を考えながら日下部は扉開く。


 「、、、、」


 其処には小柄で華奢な女が、この国の女性が着る民族衣装を纏って立っていた。 


 日下部は一瞬、驚いた。が、女はメッセージを持って来たと告げる。


 「自分が殺した人達の元へ逝って、わびろ。」


 何の事かと思った。何処かで見た女だと思った。だが何処で?


 日下部の思考は、何かに思い当たった。だがそれ以上考えることが出来なかった。後頭部から喉にかけて何かが突き刺さる感触。


 火傷にも似た激痛に痺れ、しかし喉から声も上げる事は出来ない。掻き毟るかの様に喉に手をやり仰向けに倒れこむ日下部。


 倒れこんだ視線の先に誰かの足元を見る。が、彼は見上げて確認する事無く息絶えた。

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