始まりの週末-2
週末のアフター5。
業務を終えた職員が次々と帰宅していく。「常温核融合炉研究チーム」の表札が掛かった一室。
研究チームリーダー、加藤拍摩(かとう ひょうま)も作業を終え、帰宅しようとしている。そんな中、サブリーダーの木更津リツコ(きさらづ りつこ)は、実験データの整理を黙々と行っていた。
「リツコ君、週末だよ。今日はもう帰りたまえ、実験データーの検証と整理なら来週からやれば良いよ。」
加藤はリツコの熱心さに感謝しつつも、蓄積された疲労を心配して声をかける。
「茨城では、ハード組のトラブルで計画が狂ってしまった。時間を無駄に出来ないないと皆で施設に泊り込んでシュミレーションしただろ。」
「帰るのだって時間が掛かったんだ。今日は皆、定時上がりで週末を家族と過ごしたり、疲れを癒して欲しい。」
加藤の言葉に済まなそうに返答しつつも、リツコの手は止まらない。
「ええ教授、解ってはいるんですが、コレだけは終わらせて帰りたいんです。」
「でないと逆に気に成って、落ち着けそうにありません。」
予想通りの反応に苦笑が混じる。だが放って置けば明日の朝まで作業しかねないリツコを、何とかしなければと思い加藤は言葉を重ねる。
「リツコ君は仕事熱心だな。だがソフトウェアだけが頑張ったてどうにもならない。休める時は割り切って休まないと、疲労した頭と体じゃ~能率も成果も上がらないよ。だろ?」
加藤は「理」を持って諭そうと試みた。「言葉に若干トゲがあったかな?」と、後悔し始めた時。研究室にもう一人入室して来る。
「教授、まだいらしたんですか。御用事があるのでは?後は私とリツコ先生の二人でやっておきますから。」
白衣に眼鏡を掛け、ファイルを抱えた小柄で華奢な女性。1年前にチームにやってきた研究助手、藤崎ルキノだった。
「ルキノさんまで、、、、じゃ~解った、カテゴリー毎の仕分けまでお願いしよう。その先は私も確認したいから勝手に進めないでくれ。それなら良いだろ?リツコ君。」
「ルキノさん。着任早々に深残続きで申し訳ないが、リツコ君が遅くならないように手伝ってあげて下さい。」
加藤は研究パートナーの性格を考慮に入れつつ、ブレーキ役の研究助手が居れば、無茶はすまいとリツコに譲歩案をだした。同時に付き合わせる事に成ってしまったルキノに詫びる。
ルキノは加藤の言葉に、少し呆れた風に笑いなが言葉を返す。
「ふふ、教授~。私、コチラに来てからもう1年は過ぎてますよ~。」
加藤は自身の「研究馬鹿」と呼ばれる欠点が出てしまった事に赤面しつつ、言い訳する。
「も、もお?、、、そんなに経ちますかね?」
ルキノは加藤をからかうように言葉を重ねる。
「教授はホントに研究の事しか頭に無いんですね~。チームの皆さんとは教授を除いて、かなり親しくなりましたよ。ね~、リツコ先生」
「そうね、ルキノちゃん。」
加藤の「悪癖」を、リツコも冷やかす。
研究はいよいよ正念場を向かえ、自身の仕事に没頭しがちの加藤。チームのコミュニケーション全般は、リツコに一任している。
たまに上司らしい事をしようとして、色々墓穴を掘った自分を恥じながら、照れ笑いで誤魔化す。
「はは参ったな、、、、じゃ~私はコレで。今から日下部に会いに行かなくちゃならないから。」
「経産省の日下部さんですか?教授もお仕事じゃないですか。」
リツコは「自分の残業は責めたくせに」と言う、抗議の感情を「拗ねた」風に言葉に乗せた。
「はは、、、日下部が僕と同じ研究室に居たのは、リツコ君も知ってるじゃないか。アイツとは学生時代からの親友、研究でも同じ釜の飯を食った中だ。報告と言っても、職場の仲間と一杯やる様な物だよ。」
加藤は「気の合う仲間と飲んで語り明かす。」週末のアフター5を、満喫するサラリーマンそのままの声で返す。
「研究者と経産省の役人。立場は変わったけど昔と同じ、目指す夢は一緒。今回の実験は彼だって気になる、週明けの報告を待ってられないんだよ。」
加藤と日下部の間柄はリツコも周知している。
「ええ、それは勿論。先ほど、、、」
リツコは加藤には「コレは言うべきでない」と判断し、続けようとした言葉を切った。加藤が気が付いた様子は無い。
「じゃあ二人とも、余り遅くならないように。」
加藤は時計を見やり、「くどい」と自覚しながらも心配して言葉を掛ける。
「解りました。日下部さんに宜しくお伝えください。」
「行ってらっしゃい教授。」
労わる加藤の言葉に感謝の気持ちを抱きながら、二人は加藤を送り出した。
加藤は二人に笑顔を向け、挨拶をすると研究室を後にした。
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