第23話 夕陽、西に落ちて④

「さて、トーコ」

「は、はい!」

 折野を送り出してトーコの方を振り向く。

 少しだけ、前進の時間だ。

 いびつな、前進。

「お前さっき、特殊能力はないだの、そういうタイプだの、あのでかぶつの事言ってたよな」

「は、はい」

「つまりは、特殊能力があるだの、そういうタイプじゃないだの、という奴も居るって事だよな?」

 にわかには信じ難い話だ。

 常識がひっくり返る事ならば、多少慣れている。

 皇都の中で平和に生きて来て、この場所を知った時が最大の価値観の転換だったし、この場所で起きる事や、ミラや折野との出会いも、真っ直ぐなところからは十分に逸脱していた。

 けれど、それは国の見方であるとか価値観という個人の内面的な部分の話だ。

 こんな、幻想染みた光景には、未だに慣れない。

 今はただ、きようがくの連続に感覚がしているだけだ。

 だから、自然と聞ける。自然と、会話の端から答えを見つけた。

「トーコは、どういうタイプなんだ?」

 既に何度も目の当たりにした。実際に攻撃もされている。

 それに、既に一度言及してしまっている。

 俺の言葉に、トーコが息をむ。

 その表情から、彼女の経緯が一筋縄でない事は推し量れるが、今はそこに構っている暇はない。

 ミラと変わらぬ年端の少女が、こんな奴等に追い回される事情なんて、知りたくはないが。

 トーコは数瞬最悪な表情を浮かべた後、小さく息を吸って、目を閉じた。

 無言で、それを放った。

 あの不気味な音を伴って、トーコが青白く発光した。

 つやの良い黒髪が、一瞬金髪に変化して、直ぐに元に戻った。

「さながら、電気人間ってとこか」

「そういう……感じですね。あはは……」

 力なく笑うトーコの表情を気遣っている余裕は、ない。

「聞きてえ事は山ほどあるが、全部終わってからだ。それ、どんくらい威力あんの?」

「えっと、数字とかは周りの人達が話していたんですが、よく分かっていなくて……」

「人体に及ぼす影響とかで」

「あっ、瞬間的にですが、人を気絶させるくらいなら……」

「あれもいける?」

 ミラと戦う巨人を指差すと、トーコは苦虫をつぶした様な表情を浮かべる。

「さっき、手の中から脱出した時が全力だったのですが、あれが限界ですね……」

「だよなあ。何かこう、ビームとか出ないの?」

「え、で、出ませんよ!」

「何だ……まあ、髪の毛の色が変わるだけよしとするか」

「ひ、人をおもちやみたいに言わないでください!」

 目の前の想定外を引きる事なく作戦を組み立てていく。

 もう起きてしまった事と、あり得ない事の意義を考えるのは無駄だ。

 目の前にある事だけを頼りに、組み上げていく。

 コンテナの裏から出て、あいいろが落ちる戦場に立つ。

 ミラが大振りの斬撃を放って大男のフルフェイスに傷をつけると、そのまま頭をって離脱して、俺達の居る場所まで後退する。

「はあっはあっ! つっかれる!」

「お疲れ様。殺しあぐねてるな。強いのか?」

「え? 強いけど、殺そうと思えば何とか……ジョー先輩が生け捕るって言ったよね?」

 てっきり、ミラが攻め手に欠いているのは、この想定外の大男との戦闘が困難であるからだと思っていた。

 そうだった。生け捕りを指示したのは、俺だ。

「……この子な、名前はトーコだ。電気人間なんだってさ」

「そうなんだ、私は戦部ミラ、よろしくねって、私に生け捕れって言ったの絶対忘れてたでしょ!? 私、結構死にかけてるからね? 殺していいんだったらもう少し楽だったよ!?」

 ミラは怒りのままに両手に握ったマチェットを振り回す。

 自身の流血もあいって、鬼神の如きふうぼうだ。

「あ、あの、よ、よろしくお願いしますミラさん」

貴方あなたは入ってこない! 今ジョー先輩に文句言ってるの!」

「あっ、す、すみませんっ」

 巻き添えをらうトーコには申し訳ないとも思うし、ミラにも申し訳ないと思う。

 トーコの事で、すっかり忘れていた。

「じゃあ、今から殺すぞってなれば、楽?」

「今私、人生で一番ジョー先輩に落胆してるよ。楽というか、攻め方は変わるけど、殺しきれるかは分からない。なにせ─」

「あんなんとやるの初めてだもんなあ」

「それ」

 自分から離れたミラを目で追いはするものの、そのまま不動に徹する巨人は、宵闇の中で不気味にたたずむ。

「燃やそうと思ってんだけどさ、足元崩せるか?」

「燃やす? そんな武器あるっけ?」

「驤一先輩ー!」

 丁度良いタイミングで、折野が戻って来る。

 両手に持つ大型のポリタンクを軽々と運んで、合流する。

「あれ、春ちゃん居たんだ」

「居るよ! お使いして来たよ! 驤一先輩持って来ましたよー!」

「折野、ガソリンをポリタンクに入れるのはだめだぞ」

「え!? そうなんですか!? 燃料室に一緒に置いてあったから、問題ないかと……」

「まあ、燃料なんざ皇都じゃ珍しいからな。直ぐに使うし問題ねえよ」

 折野が置いたポリタンクを持ち上げると、巨人に向き直る。

「トーコと折野はお休みな」

「は、はい! 分かりました!」

「致し方ないですね」

 トーコと折野に声をかける。

 ミラには言葉はなくとも、既に臨戦態勢だ。

「あは。ジョー先輩。私は?」

「ぶっ殺すぞ。思いっきり足元を切り崩せ」

 先程よりも、足取り軽くミラは飛び出した。

 タイミングを見計らって、俺も飛び出す。

 ポリタンクを両手に抱えて、一直線に走る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る