第6話 皇都③

階段を上り切って改札を出る。本来であれば、皇都東西線防衛庁付属学院第二棟前から、西番地方面への帰路に就くところだが、今日はミラとの約束があるので、東番地方面へのモノレールに乗り込む。

 東西線は、衛学や中央各庁などの重要施設がひしめく皇都特区の中心地、中央特区を横断して、皇都の東端と西端をつなぎ真っ直ぐに伸びている。

 目的地は東二番街。中央特区の西端に位置する防衛庁付属学院第二棟前からは十分程。

 中央各庁へ直通のモノレールは、一、二分毎に停車しながら、乱立するきらびやかなビル群の間を抜ける。

 白昼と変わらぬ明るさで広がる街並みと、帰路に就くスーツ姿の人が犇めくホームが交互に視界を埋める。

 電気で輸送されるこの箱舟に乗って、にびいろのコンクリートがきつりつして空をうかがう隙間をう。

 携帯電話のディスプレイと、蛍光色飛び交う電飾が散らばる景色を交互に見ている内に、東二番街駅に到着する。

 改札を出て、多くの店が立ち並ぶ通りに立つ時計台にもたれかかる。時計は午後八時二十分。

 どうせ遅れてくるだろうと携帯電話に目を落とす。

 ニュースサイトで国内の動向を眺め、暇をつぶす。


「ジョー先輩ー!」


 頭上の時計は午後八時二十五分。待ち合わせに遅れて、戦部ミラは緩慢とした動きで俺のもとに歩み寄る。


「遅刻だ」

「ええ!? 五分だよ五分!? 五分って遅刻じゃないよ! しかも私、集合は八時二十分頃って言ったもん! セーフ!」

「頃って三分前後だろ」

「何そのキリの悪さ! 気持ち悪! 頃ってプラマイ五分だよ普通!」

「十分とかとんでもない事を言い出さなかっただけ大目に見てやる」

「やったー!」


 ミラは両手を突き上げながら雑踏に歩み出す。


「お前今日休みだろ? 何で遅刻すんだよ。家近いのに」

「女の子には色々あるの。ジョー先輩そんなんじゃモテないよ」


 彼氏の居ない人間にそんな事を言われても説得力がないと言いたいが、ミラは恋人こそ居ないものの、それなりにモテる。

 ワインレッドのニット帽からなびく金髪、俺をにらむ澄んだ青眼、デニム生地のショートパンツから伸びる黒いストッキングをまとう足は長く細い。

 西洋方面のハーフ特有の容姿に明るい性格、目立たない訳がないのである。

 短所らしい短所、もとい、〝貧所〟と言えば、羽織っているカーキのブルゾンジャケットの下、ファッションブランド『キャッツロイド』の間抜けな顔をした猫型アンドロイドのキャラクターが笑いかける胸元に膨らみがない事だが、それは俺の好みの問題であり、人によってはむしろ長所だ。


「それじゃあ行こー!」


 遅刻を悪びれる素振りなく、ミラは軽い足取りで雑踏を行く。

 外区で踏み出すあの一歩と、何ら変わりのない一歩。

 多くのアパレルショップや雑貨店があふれる東二番街は、ミラが東三番街に住んでいる事もあって、買い物に呼び出されるお決まりの場所になっている。

 規則的に並ぶ窓枠からドット絵の様に光放つ中央特区のビル群が犇めく東一番街と、雑多に並ぶ自己主張の激しい看板がらんらんと星空を塗り潰す東二番街の景色が混ざる。

 いわく、夜を眠らぬ国。曰く、エレキの国。曰く、光る半島。曰く、電力新都心。

 かつての大戦で中立を貫いた皇都は、疲弊した国との国交により、ばくだいな利益を挙げた。

 そのほとんどを、医療技術と電気技術に注ぎ込む事で、小国ながら、世界中のどの国にも追随を許さない圧倒的なアドバンテージを作り上げた。

 溢れた電力は安価に供給され、この国から星空と夜を奪った。

 各所に設置された電気スタンドから供給された電力でもつて、電気自動車と電気バイクが夜の道を駆け抜ける。

 決してその鉄製の体を休ませないモノレールは、始発と終発の概念なく夜通しで国を縦横に走る。

 乱立したビル群と人混みを飲み込むアーケードは、太陽の代わりに国中を照らし続ける。

 夜を眠らぬこの街は、夜をさんさんと包み込む。

 行き交う人の中で、衛学の制服姿は少し目立つ。義務教育後に制服を導入している学術機関は少ないが、衛学は国立かつ防衛庁付属という性質から、通学時は制服が義務付けられている。

 普段は出かける際に着替えるのだが、俺の住む衛学指定のマンションは西三番街にあるので、東番地方面に出かける際は制服のままが殆どだ。


「何かあれだね。制服と私服で出かけてると、アブノーマルだね」

「お前それ言葉の意味分かって言ってんのか。どうせどっかで聞きかじっただけだろ」

「違うもん! 分かるもん!」


 いつもの事だと馬鹿にする俺に、ミラは食ってかかる。


「普通じゃなくて危ない感じって事でしょ? 危ないノーマル。アブノーマル。それくらい私にも分かる! あ、でも、私が制服で、ジョー先輩が私服の方が危ないよね! アブノーマルレベル高いよね! 捕まるね!!」

「はいはい」


 ミラはほうだ。馬鹿だ。大事な何かが欠落している。

 外区での極限的な状況ですら、それは変わらず発揮される。

 欠点と形容出来るであろうそれ等は、日常生活でも周囲を巻き込む事がしばしばあるが、それでも、見方によっては、愛くるしいだとか、あいきようがあるだとかの言葉で濁される。

 事実、ミラはそんな頭をしていても、多くの人と関わり合いを持っている。

 だから、短所は一つだけと言っていい。この世の誰しも指摘するであろう戦部ミラの短所は、一つだけだ。

 欠点と呼べる、たった一つ。

 現世に相れぬ、ただ一つだけ。


「今日は平気なのか?」

「ん?」

「これ」


 手で、首をき切るジェスチャーをすると、ミラは街より暗い空を見上げてから、言った。


「んー、平気! この間で大分満足!」


 十五歳の少女が、友人と談笑する時の様に、自然に笑って答えた。

 ミラは殺人鬼だ。殺欲異常者だ。大事な何かが欠落している。

 特区での世俗的な暮らしの中ですら、それは変わらず発揮されるらしい。

 それでも、ミラが自身のそういった衝動に気付いた時には、外区を知っていたから、夜を眠らぬ街では、衛学の一回生として、あくまで実技戦闘の成績が異常に良い学生というだけで済んでいる。

 薄皮一枚で、普通に暮らしている。


「そうか。で、今日は何買うんだ?」

「服ー! だけど、その前に夕ご飯食べよう! 何にする!?」

「俺、学校で食べたよ」

「えええー!? 何で!? どうして!? 何故!?」

「六限が早めに終わって、お前との待ち合わせまでに時間あったから、折野と学食で」

「信じられない! 八時過ぎ集合のお出掛けでご飯を食べて来るってどういう事!? ジョー先輩、今日は帰りたくないな、って言う女の子を泊めて先に寝ちゃうタイプだ!」

「経験がねえから分からねえが、それは流石にしねえ」


 ミラはおおに頭を抱えて足取りをふらつかせる。オーバーリアクションもハーフ故だろうか。皇都人はもう少し慎ましい。


「この間ご飯おごってくれるって言ったのにー!」

「言ってねえよ」

「言ったよ!」

「お前が勝手に言いだしただけだろ!」

「ジョー先輩の噓つき! 詐欺罪! 銃刀法違反!」


 それはお前もだろという言葉を飲み込み、わめくミラを無視して周りを見渡す。

 女子が不機嫌になったら胃袋からだとこの間テレビでやっていた。それを信じて適当なカフェに目星をつける。


「取りえずそこ入るぞ。俺、何か飲んでるから」


 カフェを指差すと、頬を膨らませるミラの腕を引く。

 夜を眠らぬこの街では、どの店も閉店まではまだまだ時間がある。

 別に何てことない日常だ。

 今日も皇都特区は、平和だ。

 俺達も、夜を眠らぬこの街の中では、きっと普通だ。

 きっと。

(つづく)

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