自殺相談所
オオヤヒロミ
自殺相談所
自殺相談所
深緑色のカーテンに日光が遮られ薄暗くなった6畳一間の部屋。部屋の真ん中に置かれた白いテーブルには大量のタバコの吸殻にカップ麺の食べかす。
この部屋に住む鎌田聡太は今まさに首吊り自殺をしようとしていた。天井から吊るした紐に首をかける。あとは今立っている踏み台から飛び降りるだけ。心臓の音が鳴り響く。目を閉じ、息を吸い込み、踏み台から飛び降りる。
ガタンッ!!
吊るした紐が外れ、聡太が床に落ちる。
「いってぇ…。」
床に落ちた聡太は気を失ってしまった。
目を覚ますと、見たことない部屋に聡太は横たわっていた。少しほこりっぽく部屋の真ん中には事務机がり、その机にはパソコンとスタンドライトが置かれている。その机の奥ではスーツ姿の1人の男がファイルを開き何かを読んでいた。
「あの…。」
体を起こしながら聡太は男に声をかけた。
「あ、気がつきました?」
声に気付いた男は聡太の方に歩み寄り、笑顔で話しかけてきた。
「ようこそ、自殺相談所へ。」
「は、はぁ…。」
「どうぞどうぞ、腰掛けてください。」
聡太は男に誘導され席に座った。机を挟んで向かい側に男も座る。
「こ、ここは…?」
「自殺相談所です。」
「い、いやそれはさっき聞きました…。具体的に何をする場所なんですか…?」
「そのまんまですよ。悩める自殺志願者の相談を受ける場所です。ここに来たということはあなたも自殺志願者ということですよね?」
「え、えぇ…、まぁ…。」
「それでどのような自殺プランをご希望で?」
唐突に言われた言葉に聡太は驚き思わず声が大きくなる。
「ちょ、ちょっと待ってください。ここって自殺相談所ですよね…?何かこう、自殺をしようとしている人を止めるための場所かと思ったんですが…。」
「あぁ、よく間違われます。でも、うちはそんなんじゃないんです。最近、何の知識もなく自殺をしようとする人が増えてるんですよ。」
「そ、そうなんですか…。」
「だから自殺が未遂で終わってしまうことが多いんですよね。そうなると警察とか病院とかが大変なんですよ。事後処理とか、治療とか。まぁ、そんな時代ですからあなたみたいな自殺志願者に適切な自殺プランを提供しようと立ち上げたのがこの相談所です。」
「な、なるほど…。」
「ちなみに私が担当した志願者の自殺成功率は100%です。」
男がドヤ顔でピースサインを作る。
「す、すごいですね…。」
聡太は思わず苦笑いを浮かべた。
「すいません、話が逸れましたね。本題に行きましょうか。」
男が興味津々に身を乗り出して聞いてくる。
「それで、自殺の動機は?」
改めて聞かれた聡太は一瞬ためらったがやがて俯きながら話し始めた。
「実はこの前、2年間付き合っていた心菜美っていう彼女が自殺したんです。もともと心菜美の両親は、心菜美が男と関係を持つことを禁止していたんです。最初の頃はだましだましうまくやれていたんですけど、付き合っているのがバレてから両親が交際をやめさせるために心菜美に暴力を振るうようになったんです。それから2人で会う回数を減らしました。そうすれば心菜美に対する暴力も少なくなると思って…。でも暴力はなくなりませんでした…。そして、どんどん心菜美は追い詰められて…。」
涙まじりの声で説明する聡太をよそに男は半分笑いながら聞いてくる。
「なるほど!それで後追い自殺をしようと?」
「えぇ、僕にとって心菜美は全てだったので…。」
聡太は睨みながら返す。
「よくあるパターンなんですよね。結構いるんですよ。恋愛が絡んだ事情で自殺をする人。年間1000人くらいいますね。」
「そ、そうなんですか…。」
「まぁ、自殺の動機として十分成り立っているんじゃないんですかね。後追い自殺ならほとんどの人が思い出のものを持ちながら自殺をしますね。あなたの場合ならお付き合いしていた女性の写真とか。今までには彼女の服を着ながら自殺をした方もいらっしゃいましたよ。笑っちゃいましたよ。まぁ、私がオススメしたんですけどね。」
「な、なるほど…。」
ネクタイを整え、男が身を乗り出すようにしてまた聞いてきた。
「それでどのような自殺プランをご希望で?」
終始、笑顔でいる男が聡太にとって気味が悪かった。
「ぐ、具体的にはどんなプランがあるんですか…?」
男が引き出しからファイルを取り出し、聡太の前に出す。
「人気なのは首吊りプランか溺死プランですかね。1番安くお手頃なので。たまに十プランや薬物プランでって方もいらっしゃるんですけどお金はかかるし、日本では法律禁止されているのであまりオススメはしていません。」
「あんまりお金とかはかけたくないので…、首吊りか溺死のどちらかですかね…。あ、あとあんまり死ぬときに苦しくないのがいいです…。」
「やっぱり安いってロマンですよね。安さならダントツで首吊りか溺死のどちらかです。でも苦しくないのがいいのかぁ…。うーん、コスパがいい分、そのときの苦痛はどうしても大きくなってしまうんですよね。」
「やっぱりそうですよね…。」
「先ほど紹介した首吊りだと、数十秒から1分程度。溺死だと1分〜2分程度くらいですかね。」
「もっと苦痛を感じずにできるプランってないんですかね…?」
聡太がそう言うと男が引き出しの中から別のファイルを取り出し聡太の前に出した。
「そうですね…。安くて一瞬で終わるプランといえば事故死。車への飛び込みプランです。でも、結局勇気が出ずに未遂で終わってしまうケースがあるのであまりオススメはしていないのですが…。」
「あ、それで、だ、大丈夫です…。」
今まで不気味な笑顔を崩さなかった男が急に真面目な顔になり、聡太の顔を見つめた。
「ど、どうかしましたか…?」
そう聞くと男はまたすぐに笑顔に戻った。
「そうですね。まぁ話している限り自殺への意志は固いようですし、生きる事にかんしても希望はもってないようなので事故死でもうまくいくかもしれませね。割とそこらへんの目利きは自信あるので信頼してくれていいですよ。」
「え…?じゃ、じゃあその方向でお願いします。」
男は聡太の前に出したファイルを指差しながら言った。
「事故死は実行さえすれば1番お得なプランです。自殺して唯一お金がもらえるプランですからね。こちら側の認識とすればあなたが車に飛び込んだという事になりますが、法律的にはどうしてもあなたを轢いたs車側の責任になる。だから逆に損害賠償をもらえる立場になるわけです。」
「へ、へぇ…、そうなんですか…。」
「あとは実行するときに注意点ですね。自殺するのはあなたなので。オススメの場所は曲がり角ですかね。あとできれば飛び込むのは大型車かスピードの出ている車がいいですね。うまくタイミングを合わせて飛び込んでください。そうすればほぼ間違いなく成功できますよ。」
「な、なるほど…。」
「私からアドバイスできるのはこれくらいですかね。」
「そ、そうですか。色々とありがとうございました。」
「御武運を祈っています。ご来店ありがとうございました。」
「ど、どうも」
聡太が軽く会釈をして男に背を向けようとすると男が思い出したように言ってきた。
「あ、そうそう。最初に申し上げましたが私が担当した自殺志願者は100%自殺に成功しています。逆に言えば、ここに来た時点であなたの自殺は成功している。この意味わかりますよね。これからあなたがあなたの世界で行う事は言わば、存在を消すための作業です。その事をお忘れないように。」
聡太がもう1度目を覚ますといつもの見慣れた部屋にいた。太陽の傾きから見ると結構な時間が経っているようだ。
テレビの横に置いてある心菜と聡太の2人の写真が目に入る。
(後追い自殺ならほとんどの人が思い出の物を持ちながら自殺をしますね。あなたの場合であればお付き合いしていた女性との写真とか。)
「そ、そうだ…。」
聡太は写真を手に取る。
「もうちょっと待っててね…。今からそっちに行くから…。」
その時、写真立ての中からピンク色の紙が聡太の足元に落ちる。
「な、なんだこれ…?」
聡太が紙を開くと、そこには何度も何度も見た忘れるはずのない心菜美の字が並んでいた。
聡太へ。
たぶん、この手紙を読む頃には私はこの世にいないと思います。勝手にいなくなっちゃってゴメンなさい。
聡太と過ごした時間は本当に本当に幸せでした。付き合い始めた頃には両親にバレないかどうかドキドキしながら2人でいろんな場所に行ったね。
覚えてる?初めて2人で行った観覧車。お互いが好き同士なのが照れくさくて全然うまく話せなくて。でも観覧車に乗ったら不思議と照れくささが消えて夜の景色を見ながら初めて手をつないだね。
だけど、親に見つかってからはあんまり会えなくなって…。私も親から暴力を受けるようになって…。
私そろそろ限界かも…。
私が傷つくのはいいの。私は聡太がいてくれたらそれでいいから。でもね、聡太が傷つくところは見たくない。
私が暴力を受けるたびにずっとそばにいてくれて、声をかけてくれて。
嬉しかった。
でも聡太ってそれだけじゃない。
私、知ってるから。
心菜美には何もしないでくれって。心菜美との交際を認めてくれって。ずっと玄関の前で私の親にお願いして。
嬉しかった…。嬉しかったけど…。もうそんな聡太の姿見たくない。
だから私がいなくなっちゃえばいいんだって…。
聡太はもう私の事、忘れてください。
でも、それでも私はずっと聡太の事を見ていたい。
だから、ずっとずっと…、聡太の事…、大好きでいさせてください。
あとひとつだけお願い。
ずっと聡太に渡したかったど渡せなかったものがあります。
この手紙を読んだら取りに来て欲しい。
私の家にそれがあるから。
聡太の目から涙があふれ、手紙に落ちた。
「行かなきゃ…。心菜美が渡せなかったもの…、取りに行かなきゃ…。」
聡太は写真を握りしめ家を飛び出した。
住宅街を走り、聡太は心菜美の家に向かう聡太。走りながら心菜美との思い出が走馬灯のように流れた。
観覧車で初めて手をつないだ事。
初めてキスをした場所。
初めて2人で行った小旅行。
2人で見た花火。
たくさんの思い出と一緒に涙があふれてきた。
車のブレーキ音と衝突音が住宅街に響く。
道路に聡太が血を流し横たわる。
すると、どこからとなくスーツを着たあの男が姿を見せる。そして笑顔を見せて言った。
「だから言ったでしょ?私のところに来た時点で自殺は成功しているって。今さら生きようとしたって遅いんですよ…。」
綺麗に整理され心菜美の部屋。その机の上に置いてあったピンク色のアルバムが床に落ちる。
落ちた拍子に開いたアルバムのページには、聡太が最後に握りしめていた写真と同じ写真が挟まれていた…。
自殺相談所 オオヤヒロミ @hiromi-oya
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