十漆日目ー①

逓送ていそうです、こちらは御槃さんに」


「ありがとうございます」


事務の女性から逓送便を受け取り、中を開けてぎょっとする。


(何で…“これが”)


目の前にあるものに対し正常な判断が出来ずに、とりあえずやっと思いつくことが出来た対処方法を取る。


『蕨、これはどういうことだと思う』


短く文字を打ち込み、撮った写真とともにラインに載せれば、程なくして既読の文字が付く。


『あれ?直通で行けるとか言ってなかった?』


『そう、なのに何でこれが送られてきたのかわからん』


中には1枚の黒い封筒。開けられた後が押印されている“検閲済み”の判子を見ればわかりきっているが、中には1番最初に見たものと同じものが入っている。


『どうして正攻法で入って来いって言っているんだ?』


『俺はKINGじゃないからわからんしw』


「…笑いをつけるなっつの」


失笑した姿が想像出来て思わず独り言とともにむっとすると、続けてラインが返ってくる。


『もしかしたらやっとKINGに会えるのかもよ』


(……)


真紅のカードには、こちらの来訪を指定するように日時が記載されている切り抜きが張られている。

正攻法で考えれば、蕨が言っていることは最もな気がするが、それならば今までと同じように直通で入って行った方がずっと手間にもならずに済むはずだ。


「……」


『とにかく行くしかないのか』


『だと思うけど、気を付けろよ』


俺が檻の中に入ると言う度繰り返される言葉。


(気をつけろか…)


答えはぼんやりと形になっている。後は気を付けて見落とさないようにする。


その決心に対しても言われているような言葉に苦笑しながらも、お決まりのようにスタンプを押して携帯を懐に仕舞う。


天気予報では週末にまとまった雨が来るとキャスターが雲の流れを見ながら説明しているようだが、今までの通りで行けば、このままチャンスを掴まずにいれば週末にもう1つ死体が上がる可能性がある。


(迷ってる暇はねぇな)


きっとこのカードは何らかの意味を持つ。


吸い込まれていく様子を見つめながら考えていると、いつものように音もなくエレベーターが地上に到着する。

乗り込んでから、そこでやっといつもと違う道、と言っても最初に通った道を通るのだと、体に感じる重力の長さで実感させられたが、視界が開けたときはそれでも一瞬どこかに迷い込んだような違和感と覚える。


相変わらずかっこうの巣はどこか物悲しく、無機質な圧迫感を与えてくる。

白と黒を基調とした外観は、この中に多くの犯罪者が自由になることも叶わずに、自らが犠牲となって落とされる瞬間と、法によって罰せられる瞬間を待たされている。


「……」


「ちょ、ちょっと止まれ」


「…?」


入り口近くまで近づくが、何故か入り口にいる刑官達の表情は優れず、通ろうとする俺を慌てて止めようとする。


「ちゃんとカードを使ってきたが何か問題でも?」


「聞いていないぞ。それに所長は今不在だ」


(不在?)


時間を間違えたかと一瞬思ったが、すぐに否定する。そんなことはない。

一応蕨に送ったラインに貼り付けた証拠写真を見せれば、相手の顔がさっと青く変わる。


「まさかKINGが所長に何も通さず……?」


「っ……!」


「おい、どうした?」


「何か問題か?」


言い争っているのが聞こえたのか続々と駆け付けた刑官達の中で誰かが言葉を詰まらせる。

その異変を感じた他の刑官が声をかけているようだったが、生憎俺からは見えない。


「だから中に入れてくれ」


「待て、所長と連絡が取れないと…」


俺と話している奴と取り巻く刑官の視界の隅で、体調不良を訴えたらしい刑官がちょっとした人だかりから抜け出す。


「……ぁ…」


その瞬間、目が合う。


「お前…」


「!」


「おい、どうした!?ま、待て!」


仲間の制止を振り切り、執事の格好をしていた刑官の1人が駆け出す。

突然の出来事にいつものポーカーフェイスを取り繕うことが出来なくなった奴らがざわつき始めていたが、喧騒に紛れるように頭の中のノイズが瞬間クリアになる。


そう思った次の瞬間には駆け出していた。


「おい!?お前も止まれ!!」


「誰かあいつを止めろ!」


後ろで制止しようとする声と、一斉に鳴らされる警戒音が少し遠く聞こえる。手はまだ届かないが、先を走って逃げようとする後ろ姿だけははっきりと見えていて、それが曖昧だった俺の気持ちを確かなものに形づけていく。


檻の外にモッキンバードはいる。だけど、檻を遠くから眺めていた俺達のような奴らじゃ、今回の事件を身近で見聞きすることは出来ない。


模倣する位身近に感じることもおそらく出来ない。

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