第5章:琴鳥

?日目

「いいの?」


男はソファーに座る影に向かって伺うように首を傾げる。口調は伺いを立てているそれであったが、瞳は不安定に揺れている。


「……」


影がうなずけば、男は主の意図を正確に掴みきれない自分に対してなのか、不服そうに頬を膨らませる。


「よくわかんなーい。KINGはみたらしに何をしてあげたいの?」


「…DOLL」


ソファーの下にうずくまるように座っていた影がパーカーを頭からすっぽりと被ったメガネの男に向けて声を発したが、男の方はちらりと見たきり嫌そうに顔を背ける。


「てめぇに聞いてねぇし。つか黙ってろよ『BOOK』」


「……」


机の上には2つのものが置かれている。


これらを渡せば犯人逮捕の確実な証拠になる。なにせこれは男と同じように“王のおもちゃ”と称されている者が収めた決定的な証拠で、『2つの鳥の関係性を示す写真』と、『音声』が揃っているのだから。


「何で今じゃないの?」


これだけ決定的な証拠を渡せばいいだけの話ではないのか?そうすればあの男は喜んで犯人逮捕に乗り出すだろうし、こちらの手間もここまでで済む。


そもそも檻の中の不協和音に対して掃除することは協定の範囲内であるが、檻の外は範囲外であることは昔から取り決めで決まっているはずだ。

だから今回はこちらのミスで外に犯罪が漏れてしまったことに対し、一応の誠意を見せた。


犯罪を取り締まる省庁のトップに向けて3件目、つまり檻の外で起こる殺人に対してのヒントを提供した。

後は外側が犯人をあぶりだすだけの話で、こちらが手を貸す理由はない。


しかし、提供したはずのヒントを相手は何故か使おうとせず、そのヒントすらもまともに与えられていない者を檻の中へ寄越した。

真意を掴ませないのはお互い様だと、挑発するように。


だからこちら側もそれに見合う対応をした。


托卵の現場を目撃されたのは偶然だったが、必然でもあった。


普通の人間ならば、あのシーンを目撃して己とこちら側の絶対的な領域の違いを認識し、例え命令であっても躊躇いや戸惑い、そして絶対的な線引きをしてくるだろうと予想していた。


影はそこまで考えながらも、眉間に皺を寄せて不機嫌そうに立つ男に対し、短く命令すれば、さらにつまらなさそうな顔をしながらすり寄ってくる。


「わかんない、わかんないー!KING、何考えてんの!?」


男の癇癪かんしゃくに近い口調を聞きながら、再び思考を深く沈める。


檻に送り込まれた男は自分の予想を裏切り、恐怖を感じながらも己の正義と信念のために再び檻へ入ってきた。だから男の姿勢に興味を抱き、1つのチャンスをやろうと思った。


おもちゃと接触させたことには、明確な目的があったようにも、単なる暇つぶしだったのかもしれない。


男は王の戯れと知らず、壊すことしか出来ない、自我のようなものはほとんどない子供のような“人形”に、もっともらしい常識を教えようとした。

母のような小言に戸惑いを覚えながらもうれしそうに報告する『人形』の口調から、相手に懐こうとしているのはわかっている。


遠くから静観を指示したもう1つのおもちゃも、少なからず興味を覚えたようだ。


全く、これだから人間は面白い。


わかったつもりでいたが、新たなる発見に、ちょっとした悪戯心が湧いた。


「ちょっとした悪戯」そう答えれば、今まで面白くない顔をしていた男の表情が一変する。


「それって遊びって事?」


うなずけば、何に納得したのかそうかそうかと何度も大げさにうなずいている。


人形は俗世の常識やこちらの膨大な思考など必要としていない。


楽しいか、楽しくないか


遊びか、命令か、それ以外か


主が遊びと言えば、それ以上に何かを説明する手間は彼には必要ない。


あの男は、こちらが示したものにどう反応するか。それを見極めてからでも遅くはない。


もう檻の外にいる鳥には、逃げ道はないのだから。


後はどちらを与えるか。さて、と影は2つのものを見つめた。


主に見つめられた2つのおもちゃは、主の深い意図を察することなく、主の手の中で従順にたわむれに付き合う“おもちゃ”という呼び名にふさわしく、戸惑いや真意を掴めない苛立ちを感じていた思考を放棄し、ゆるく微笑む主に従うように、それぞれが笑みを浮かべて見せた。

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