十肆日目ー②
あれは確かにネタ晴らしをされれば簡単なものだった。だが、少年が言う通り角を取りたいと焦れば、勝ちが確定していたものが負けへと転落する。
結論を…犯人確保を急ぐあまり、この事件の本質についてはあえて触れていなかった。
考えれば百舌鳥はもはや死んだ。
檻に住む鳥がウソをついているような様子はなかった。模倣犯であることは確実だ。しかも、内情を知るモッキンバードである可能性が高い。
今までの事件ではちゃんと知ろうとしていたのにも関わらず、どうして今回に限ってそれをしようとしなかったのだろうか。
「……」
自分の心に問いかけて、男はある1つの結論に達する。
「ここ」
男は、怖かったのだ。
今まで相手の気持ちを知り、納得した上で捜査をしてきた。自らの手で一般人の安心を掴むために、相手の事をよく知ろうとしていた。
中には男の満足する答えを出してくれる者もいなかったが、それでも男はさして恐怖を感じることはなかった。
価値観を分かり合えない者だったと、そう納得することが出来た。
だが檻の中に入った男は、今まで非現実だと思っていた光景が現実に起こっていることだと常識を押し付けられ、大きな流れに呑み込まれてしまった。
ここにいる者は理解出来ない。
自分では敵わない圧倒的に不気味な何かを持っている。
命の危険を感じたのだ。ずっと昔に感じて以降、無意識に避けてきた危険を。
そう感じた気持ちは確かにあったのに、その中でも最たる危険人物の1人に接触すれば、その決心すらも揺らがされる。
ここにいれば、根底から覆されてしまう。
価値観は確かに違うのに、彼はまるで子供の様だった。
男の言葉に耳を傾け、他人と同じように言葉を交わし、笑う。
彼らは分かり合えない存在ではなく、可哀想なものを背負った者なのかもしれない。
危険は確かにあるのに、相反する気持ちを抱いてしまった自分が恐ろしかった。
だから、命令だと無理やり言い聞かせて足を運んでいるはずなのに、未だにひどく居心地が悪い。
自分の心の居心地が悪いのだ。自分の本当の気持ちがひっくり返ってしまっているかのように。
そうして自問自答をしている内に、いつもなら考えていた他者を想う気持ちも、事件に対する真摯的な感情も、埋没しかけていた。
「…H7」
少年が男が指し示したポイントを口にすれば、男は特に考えずにうなずく。
先読みした結果出したモノではなかった。しかし、男はそこだと本能的に感じ取った。
「…黒はH8の隅が取れる状態ではあるが、H8を取れば右下の手どまりを打つこととなり、H1、B2と連打で終わり。…という安易な読みでは負けます」
少年は考えを見透かしているかのように1つの手を説明する。それは奇妙なことに男が頭の中でシミュレーションした結果ベストだと思った位置であった。
しかし、男はそうして考えた結果の場所ではなく、1番最初に盤を一目見た瞬間に感じ取った、根拠のない場所を口にした。
根拠はない。確証もない。
「正解です」
だけど、説明されればその1点しかないと思わされる。
白がH8に打ち、黒G8が続く。そうして出来た道は黒が白の勢力を上回り、最後は四隅を取らずとも黒が8目差で勝利する。
こいつが犯人であるという確証はない。証拠もない。
だが、男は何故か、そいつが危険だと思っていた。
「真実は必ずしも定石通りではないですが、辿り着く答えは1つ」
「勝つか、負けるかです」
盤上に佇む白と黒の駒は、美しい数式のように見えた。
A B C D E FG H
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