十日目ー②
「おい」
「……」
紙袋をごそごそといじり、おもちゃを広げている机の上にそれを置くと、そこでやっと作業していた手を止めてこちらを見る。瞳は相変わらず万華鏡のようで、見つめられるとむずむずと落ち着かない気持ちになるが、ぐっと我慢して見つめ返せば、ほんのわずかにそれが瞬きする。
「これは?」
「お前プラモ好きなんだろ?この前流星作ってたから、それやるよ」
「…」
前にこいつが作っていたのは俺がタイムリーで見ていた頃のものではなく、再放送されていた際に新しく作られた機種のモノだった。
わかる奴には同じものではないとわかるけど、こいつの年位ならば、ちょっと形が違った同じ『流星シリーズ』だと思うかもしれない。
「…初期型」
「お、知ってたか。お前、やっぱり好きなのか?」
「……嫌いではありません」
聞けばほんの少しだけうなずかれる。何だ、こうやっておもちゃを目の前にすれば、こいつもやっぱりガキなんだなと思えて、何だか安心する。
「……」
「こら」
箱ごとどこかに仕舞おうとするのを見て思わず少し強めの口調になれば、すっと瞳が俺に向けられ、わずかに眉がひそまる。
「人に物貰ったときはちゃんとお礼を言えって習わなかったか?そりゃ俺が勝手にあげたヤツだからいいかもしんないとか思うけどな、お前が気に入ったならちゃんと言え」
「……ぁ」
「それが礼儀ってもんだろ?それに、そうした方がまた俺がお前に物をやりたくなる」
にっと笑えば、やっとそこでガキらしい表情をしてきょとんとしたまま箱を見つめる。
もしかしたらこいつは今までそういう大事なことを両親に教えてもらえなかったんじゃないだろうか。
だから、どこかで何かの道を外して、こんなところに流れ着いてしまったのかもしれない。
それまでこいつがどれだけのことをしてきた末路の末にここにいるのかは知らないが、まだこんなに小さいガキが、これから一生ここから出られないのを考えれば、どうしたってやるせない気持ちになってしまう。
「…そうですね。ありがとうございます」
「!お、おお!」
しかし言わないで見ぬふりをする大人は賢いけれど汚い。だったら俺は泥臭い大人になりきれないヤツだと言われてもいい。
小姑だと思われるかもしれないし、こいつは何を言っているのだと取られているのかもしれないが、そう思い込んで諦めてしまうことは結構寂しいことだ。
「そう言えばここに『DOLL』って男…あ、ドールって名前わかるか?そいつ来るのか?」
「…今はいないようです」
「だよなぁ…」
(かと言って何日の何時とか時間指定してなかったしな)
人にお土産を要求しておいて、肝心なときに誰にも居場所を言っておかないなんて俺にどうしろと言うんだろうか。
浅い付き合いもなにも極力付き合いたくもないと考えていると、机の上に置かれていた恐竜のプラモがいつの間にか片づけられていて、その代わりに見たことがあるものが広がっていた。
「……?何してんだ?」
緑のボードの上に白と黒の丸いピース、誰だって1度はやったことがあるオセロが出されているかと思えば、そいつは誰かと対戦するわけでもなくぱちぱちとマスを白と黒のピースで埋めていく。
「日本でオセロと名付けた長谷川 四郎はシェイクスピアのオセローから語源を取ったと言われています」
オセロは、ウィリアム・シェイクスピア作の四大悲劇の一つ。
悲劇。5幕で、1602年の作。副題は「ヴェニスのムーア人」。
ヴェニスの軍人であるオセロが、旗手イアーゴーの
「A minute to learn, a lifetime to master(覚えるのに1分、極めるのに一生)」
「は?」
「オセロは非常にシンプルなルールですが、非常に奥が深いゲームでもあります」
ぱちぱちと並べていた手が止まり、俺に見せるようにすっと懐を開く。
盤の上にはいくつかのマス目が空いた状態で並べられていて、そのほとんどが白で埋め尽くされている。
「あなたにはどう見えますか?」
「どうって……」
そう言えば祭りの屋台でどれ位のお小遣いを貰えるか、昔親父とオセロで決めたな。
そんなどうでもいい思い出の感想しか浮かんでこないが、どう考えても俺の昔話を聞くためにこんなことをしている訳じゃないのはわかっている。
(どうって言われてもな…)
盤上のほとんどが白になっていて、黒はわずかに残されているだけ。何手か先を考えてみたが、四つ角のほとんどを白が取られるシミュレーションが出来上がったところで、思わずお手上げのサインを出す。
「どう考えても白が勝ちになるんじゃねぇのか?」
「……」
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