伍日目②
「2つ……?蒼い流星と一般機体とのことか……?」
手を動かしたまま、今度は視線を合わせることなくこくりとうなずかれる。
「うーん…」
特別考えたことはなかった。ちょうどタイムリーで見ていたときは、初めて出てきた青い機体に興奮もしたし、どうしてあれが普通のものの何倍も高性能なのかと、その理由もちゃんと見て知っている。
「元は同じ」
(まぁ、そうだな)
問題は乗っているパイロットが人間離れした能力と技術を備えていただけで、ペイント色以外の性能で大きな違いはないというものは、物語のずいぶん後半でネタ晴らしされた。
それを聞いたときは既に青い機体は一般のモノとは違う特別製で、中のパイロットも特別だとセットで考えることで確立されていたから、今更だからどうしたという気持ちがあったけど、物語をタイムリーで見ていないこの子にしたら不思議に思っても仕方ない。
だからと言って夢を壊すのも大人気なくて何とかそれらしい理由を考えてみるが、案外すぐには思い浮かばない。
「……パイロットが特別ってのを示す目印…みたいなもんかな」
結局ネタバレに近いような事しか言えないでいると、俺の答えに納得したのか小さくうなずかれる。
「中身が特別…そういうことですか?」
「まぁ、そんなとこ」
「外見は同じ人間でありながら、本質的なところで一般と、そうでないものに分けられる……人と同じ」
「……え」
「色を付けて識別出来る要素を与えなければ見分けは付かない」
瞳が真っ直ぐに俺を見つめ、俺の中身を覗こうとしているかのようだった。この子からは殺気も感じなければ血生臭い感じもないのに、そう、まるで心の奥にある部分で鳥肌が立つ。
あのとき見た男とはまた別次元で、この子もまたこの檻の中の住人である何かがあると、本能的に告げて来るかのように。
「……」
思わず言葉を失っていると、ちょうど区切りよく水が流れる音が止まる。促されるように再度音のする方へ眼を向けると、水で隠されていた奥の方から人の気配がはっきりと浮かび上がる。
「あの…あそこに……」
もう1度机の方へ向き直れば、いつの間にか姿は消えている。机の上には少し前までばらばらだったはずのプラモデルがいつの間にか完璧に完成されていた。
(いつの間に…)
ぼこぼこと排水溝に水が流れていく音が妙にリアルで、さらに奥にあった扉が開かれる音と一緒に、誰かの鼻歌が聞こえてくる。
「!」
近づいてくる、と思うと影が奥にあった部屋からにゅっと現れる。
「ふいー、さっぱりした」
ぼたぼたと水滴を零しながらリビングへ戻ってきた影は何故か何も着ておらず、何故か俺が一気に気まずい思いになる。
(声かけづれぇ…)
まだ女だったらほんの少しラッキーだとか思えるかもしれないが(いや、思ったらマズイが)生憎影は男で、しかも俺と同年代らしきヤツのものだとなれば、ただ気まずくなるだけで。
しかも普段から仕事やら練習ならで散々体を鍛えている俺のガタイよりも、はっきり言って鍛え方が半端じゃないヤツの全裸をばっちり見てしまった後に浮かぶのは、気まずさにプラスして若干の嫉妬も含まれるから余計に性質が悪い。
そんな俺の複雑な葛藤を余所に、全裸の男はぺたぺたと遠慮なく高そうなカーペットの上を歩きながら、何かをふらふらと探している。
「……」
「えー……どこ置いたんだろー……」
うろうろと手をあちこちに彷徨わせながら探している手つきにはピンとくるものがある。
「…洗面台なんじゃないのか?」
「…おお!そっか!そうだそうだ」
ひらめきましたと言わんばかりに表情を明るくすると、ぱたぱたと元いた場所に戻り、しばらくして真っ赤なメガネをかけて戻ってくる。
「やっぱこれがないとねー」
(……って)
ダメだ、限界だ。
「お前!!」
普段人を指差すなと言っている自分の言葉をどこか遠くで聞きながらも、目の前の男を指差してしまったのはほとんど条件反射に近かった。
「?」
案の定男がきょとんとする。
「?じゃねぇ!」
「…何?ていうかお……」
「何?…でもねぇ!!体と頭をふけ!というかその前に何か穿け!!」
自分の中でスイッチが入ったのはわかった。だけどこのスイッチは止めようがないのもわかっていた。
これは悲しいかな、習性と言うものだ。
「あー、ここタオルがねぇのかよ?」
「!!」
ぽかんとしている細マッチョの男の横を遠慮なくずかずか通り過ぎれば、予想通りというか無駄に豪華なバスルームが広がる。
そこには途中で乱雑に脱ぎ散らかされた衣類の横に、ちゃんと綺麗なバスタオルが仕舞われている一角が目につく。
「ほら!ここにタオルあんだろうが」
タオルと一緒に下着らしきものを投げると、手に持っていたもう1枚を構えてずかずかと戻ろうとして、途中に点々と広がったままになっている液体の跡を見つけてごしごしと拭く。
俺のイキナリの行動にびっくりしているのか、相手はタオルを受け取ったままぽかんとしていたが、俺の「穿け!拭け!」の一言に、のろのろと頭を拭き始める。
(…よし)
部屋の外まで続いていた血の跡をきれいに拭き取って部屋の中に戻ってくると、何とか全裸からは脱却出来ていたがまだ水滴をぼたぼた落としながら、立ったまま俺の動きをじっと見ていた男と目が合う。
「お…」
「こら!ちゃんと拭けって言ってんだろ!!」
(タオル…いやこれはダメだ)
綺麗に掃除されているとは思うが、一応床を拭いたもので拭くわけにもいかず、タオルをランドリーに入れると、まだ余っていたタオルを持ち直し、今度こそ構えて戻る。
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