参日目①

「……」


黙って見つめていても目の前のモノが変わってくれるわけでもない。


(何かもっとこう…すかし文字とか出てこねぇかな)


太陽に照らしてみて、さらに火であぶってみても何の効果がなかったのは試したはずなのに、それでもまだ何かないかと探してしまいたくなる。


もう、新しい答えはあそこにしかないのに。


「……あー!やめやめ!!練習練習!」


顔を叩いて刺激すると、無理やり頭の中でぐるぐるに絡まっていたものを振り払うように頭を振る。


どうせ考えたって俺がわかることなんてたかがしれてる。蕨にはもっと詳しい情報をくれるように頼んだ。叔父さんには腹を壊したから今度おつかいに行ってくるとメールを返した。


俺に出来ることは全てやった。後はもうなるようにしかならない。


「せいっ!」


だけど、こうやってごちゃごちゃ考えている内に新しい犠牲者が出るかもしれない。


「はぁっ!」


今度は前もって知らされることなく、みんなと一緒に捜査することになるかもしれないけど、もう前と同じように見えない犯人と、足取りすらわからない煙のようなものを相手にしなければいけないと、みんなと同じ気持ちを持つことは出来ない。


「っ……せやぁ!!」


あそこに行けば、少しでも早く事件を解決できるかもしれない。そうしたらこの事件に怯える人から救ってやることが出来る。


(なのに…何を躊躇ってんだ)


「せい!」


(怖いのかよ)


そう、怖い。特に今日は夢見が悪かったせいか、起きた時は自分の部屋だったのに自分の部屋じゃないような気がした。


ホテルのような豪勢な造りに、ソファーがあって、そこに誰かが座っている。

相手は俺を見て、こう言った。


『まずはようこそ、とでも言うべきでしょうか』


『私は……』


「あー!!」


「うぉっ!何奇声上げてんの」


「……蕨……」


ここは警護官なら誰でも使える道場で、だから同じ警護官のこいつがここにいても何らおかしくはないのに、今の俺はきっと顔が強張って変な顔をしているに違いない。


それが間違いでもないと、あいつの眉が奇妙に歪んだのが証明している。


「どうした?大丈夫か?」


「あ、ああ…」


声がどんな声だったのかは思い出せないし、どんな姿だったのかも覚えてない。


だけど、そこに“いた”という奇妙な確信だけは起きてしばらくした今でもはっきりと残っていて、まるで俺を出られない檻から呼び寄せているかのように思えて仕方ない。


(何が怖いんだよ)


見えないものも見えるくせに、見えているものを相手にこんなに怖がっている自分の気持ちに理由がつけられない。


「頼まれたの、ちょっと調べてみたぞ」


「……」


あの場にいた全員の、不気味な視線のことなのか、あの施設の空気そのものなのか。


今までだって結局最後まで気持ちがわからなかった凶悪犯を扱ったことだってある。

そいつがあの檻にぶち込まれたのかまでは、裁く側じゃないからわからないし、どんな形であれ罪を償ってくれればどうだっていいことだけど、もしかしたら初めてなのかもしれない。


(俺達が捕まえた『犯罪者』の行く末を見たのは)


あそこがきっと成れの果て。


(あそこにいる奴らは…最後なんだ)


「聞いてんのか?大護」


「!」


眉間にめちゃくちゃ皺を寄せながら蕨が俺の顔を覗き込むも、なかなか考えが頭から振り払い切れない。

せめてもと「悪い」と小さく謝れば、呆れながらも床に置いてあったタオルを投げてよこす。


「お前が言ってた『DOLL』、そいつは“王のおもちゃ”って言われてる永久欠番だ」


「やっぱり……」


あいつだけ異様に違うと思っていたが、そもそもの扱いが違うと言われれば納得出来る。


(遠くでもわかった)


あいつは、特にヤバいと。


「特に実行部隊を任されているヤツらしくて、結構そいつは外に出ているらしい」


「は?外?」


「うん」


「……外って言った?」


「うん。その名前の通り、こっち側に出て来ているらしい」


(マジかよ)


ただでさえ入ったら二度と出てくることがないと言われてやっと世間が納得しているような奴らの中でも、ちらりと見ただけでもヤバいと思っていたヤツが堂々と檻の外に出ているなんて、口が裂けても言えないし、そもそもその事態自体がシャレにならない。


徹底的に管理されているみたいで、そいつが絡む凶悪な殺人事件はない。

軽犯罪すらゼロだから安心しろと断言されても、つらつら並べられた言葉が言い訳にもならず全く安心出来る要素にならないのは言ってる本人もわかっているみたいで、無理やり自分自身で納得させようとしているような口調になっていたのは自覚しているようだ。


「そんなこと…誰が許してんだよ」


いくら治外法権が働いている場所だからといっても、あそこにいる奴らの不気味さと異常性は法でどうにか出来るものだと言い切れない気持ちが拭いきれない。


例えそいつらに対して発砲許可が下りているからと言われても、ダメなんじゃないかと勘が告げる。


「俺に言うなよ。……知らねぇよ。しかもおもちゃは後他に『4人』いるらしい。…QUEEN側にも」


「は?側??」

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