俺のひな

 かと言ってすぐに行けるわけもなく。


「庭に出るぞ」

「え・・・いや、別にええけど」

「こっちだ」


 座椅子から優雅な所作ですいっと立ち上がると、史月はそのまま雪見障子をすすーっとわずかに音をさせて開けた。

 完全に開き切ると12月の冷たい風が部屋の中に吹き込んできて寒かった。


「来い」

「あ、うん!」


 いそいそと立ち上がりひなこは史月の横まで行くと、そっと外をのぞき込んだ。雪見障子の向こう側は木目の美しい縁側で、石で出来た段差の上に草履が2ついてあった。


 顔を上げると、まるで高い壁でも築き上げているかのように、背の高い椿の生け垣が視線を遮っていた。赤白入り乱れに咲く椿の花が美しい、椿の壁だった。

 身長が低いひなこにとってはそれは、まるで巨人と対峙しているかのような圧倒感があった。


「たっかいなぁ!」

「そうか?」

「史月、背ぇ高いもん」

「ふみ」

「ふ、ふみは背ぇ高いから気にならへんのやで」


 縁側に降り、真っ白な足袋に草履をひっかけて、史月は庭に出た。あわててそれに続くひなこ。タイツに草履ってええんやろかと思いながら、ひなこは生垣の側にふらふらと寄っていった史月に近づく。


「何しとんの?」

「俺の椿は毎日ここで取るんだ」

「へー」

「だから」


 すっと日に焼けたこともないような白い手が伸ばされる。赤い椿の首元に指をかけた。そのまま史月は椿の花の首元に力を込めた。ぺきっと音がして、花が取れる。

 それを持ったまま、何をしているのかと見ていたひなこの方を振り向き。


 ツインテールにくくられているひなこの髪、その耳の上に真っ赤な椿を挿した。


「なっ・・・」

「似合うぞ、俺のひな」

「なななな」

「どうした?」


 口もとに着物の袖を当て、史月はいぶかしげな顔をする。それに応えられず、ひなこは顔が熱くなっていくのを感じた。

 その顔を椿にも劣らないほど、真っ赤になっていた。


(男子にもされたことないのに・・・!)


 男子よりも妙に様になる女の子からされてしまった。しかも「俺のひな」。花祝とかいう役名ではなく「ひな」と。どきどきと高鳴る胸を押さえて、ひなこは羞恥に潤んだ眼で史月を見上げた。


 うう・・・ともれる声がひなこの完敗を示していた。

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