3

「何やってんだ。早く入れ」


 ひなこが振り返ると、そこには怪訝そうな顔でひなこたちを見る史月がいた。


「寒いだろう? 入れ。お前たちは茶を持ってこい」

「・・・失礼します」

「「はい、花示様」」


 しっしと女中たちを手で払って史月が最初に部屋の中に入る。今すぐにも踵を返したいがそれをぐっと我慢して、ひなこは謝罪とともに降ろされた腕をさすりながら部屋の中に入る。


 促されるまま、座椅子へと座って史月と真正面から向かい合う。


「なんやねん」

「別に」

「あんた!」

「史月」

「ふ・・・史月、さんは。なんでうちを選びはったんですか?」

「・・・俺が選んだんじゃない。花示が示したんだ」

「は?」


 じろじろと物珍し気にひなこを見てくるから、なんだと言えば何でもないと返され。

 なんで自分を選んだのかと問えば花示が示したんであって自分ではないという。


 あまりの適当ともいえる返事に、ひなこの声がワントーン低くなる。


「どういうこっちゃねん」

「花示は選択肢があれば必ず正解を導き出す。そして花示が示すものは何であれ人の意識は介在しない。つまり、そこに俺の意思はない」

「・・・どゆこと?」

「花祝を示すのは花示だけど、俺じゃない」


 ひなこにとって意味の分からない言葉遊びめいたものにめまいがする。意味を必死で理解しようと腕を組んでうんうん唸っていると。ふいに襖の向こうから声がした。


「花示様、花祝様。お茶とお菓子をお持ち致しました」

「入れ」

「「失礼致します」」


 やはり瓜二つの女中が膝立ちでそこに立っていた。手前の女中が茶を、その後ろに控えているのがお菓子のセットが入った木の器を持って。


 立ち上がって部屋の中に入ってくると、史月とひなこそれぞれの前にお茶を置き、黒い漆塗りのテーブルの真ん中に茶菓子を置いた。


 思わずひなこが頭を下げると、それより深く頭を下げ、仕事をすませるといそいそと退室していった。


 じっといつからかひなこを見ていた史月と目が合う。そらさずに、そのまま見つめ合った。


「で、だからなんやねん」

「俺は花示として、一之瀬一族のために今まで示してきた。だけど」

「だけど?」


 ふいっと史月が視線を逸らす。その顔は心なしか血色がよく赤くなっていて、どうしたのかとひなこは不思議そうに首を傾げた。


「俺は、花示は『俺のために』初めて示したんだ。お前を」

「は?」

「だから絶対、誰にも渡さない。お前は俺だけのものだ」


 そわそわと落ち着かなく茶を飲んでは湯のみを置いてを繰り返している史月に、ひなこはまさかと思い至った。


(まさか・・・照れとるん?)


 決して口にはしなかったが。そう思うと急に目の前に座っている大人びた少女が可愛らしく見えてくるから不思議だ。母性本能とでもいうのだろうか、胸がきゅんとうずくのを感じた。


 なんとなく部屋の温度も上がったような気がする。いや、温かいお茶を飲んでいるから体温が上がっただけかもしれないが。

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