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「放せ! 放せっちゅーねん!」
「ご容赦を、花祝様」
「今放したら、大広間に戻られてしまうでしょう?」
「「花示様は自らのお部屋へと仰せでした」」
綺麗に声を揃えて、顔がそっくりな女中たちは淡々と言った。それが当たり前であるかのように。背中がぞくりとするほどの寒気を感じた。
決して、先頭を歩く少女の部屋へと進む板張りの廊下が冷たいからとかではない。会話の温度差とか、常識の違いとか、そういうものに。
でも、その怖気さでもって、ひなこは前を歩く少女を睨みつけた。
「ちょっとあんた!うちは花祝なんてなる気ないわ! さっさと返せや!」
「・・・あんたじゃない。
「名前なんてどうでも!」
「お前はこれからずっとここで、俺と暮らすんだ。帰れないんだよ」
「なっ」
食ってかかるひなこと前を向いたまま冷静に返す少女・史月。絶句したひなこに、T字に分かれた廊下でぴたりと足を止め、降り返った。その顔はにんまりと笑っていて、昔母が読んでくれた童話に出てくるチェシャ猫のようだとひなこは思った。
「八ツ森ひなこ、今代の花祝。お前はこれから俺のものだ」
そう言うと、史月は手洗いによってから戻ると言い残して1人左の廊下の先へと進んでいってしまった。白い着物を優美に翻しながら。
「な・・・なんやのあれ!? 帰るっちゅーねん!」
「いけません、花祝様」
「一之瀬一族のためにもご尽力を」
「なんでよう知りもせん奴らのためにうちが人生捧げなあかんのじゃ!」
「「それが花祝様の御役目なればこそでございます」」
やはりきれいに揃われる声に、ひなこはぎりっと歯噛みしたのだった。
結局、ひなこは暴れるのをやめ大人しくというには語弊があるが、史月の部屋の前へと到着した。別に屈したわけではない。その細腕のどこにそんな力があるのかと問いたくなるような馬鹿力で女中がひなこを引きずってきただけのことだ。
蝶々の飛び交う襖を開けると、ふわりと香ってきたのは畳の匂いだった。
黒い漆の机に座椅子、床の間には花が活けられ、ちいさな室内用の火鉢の中の炭は赤くなっており、近くに行けば暖かそうだった。
その向こうは雪見障子となっており、窓からは緑がのぞいていた。
桐のタンスの上に古い置時計、漆喰で出来た壁には額に入れられた墨絵が飾られ、左側の金の花が舞っている襖は寝室に繋がっているのだろうと思わせた。純和風の部屋だった。
旅館でしか見たことのないそれにあんぐりと口を開けて立っていると、ひなこの後ろから声がかかる。
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