第4話 君谷ほたる その2

 君谷ほたるはクラス内でいわゆる変人として認識されている。

 その純白とも言える髪が目立つこともそうだが、それをまた教員が誰ひとり注意しないのが不思議な話だった。先天的なアルビノとも違うらしい。クラスメイトに尋ねられると、子供の頃に事故で薬品工場の薬品槽に落ちてこうなったと答えるのだ。

 どこかで聞いたような話だ。嘘くさい。

 授業中は非常によく寝る。授業が始まるとともに、静かに眠りに落ちる姿がしばしば見受けられる。しかしこれまた教師達が注意するのを見たことがない。

 一方でテストの点数は常に学年総合3位以内に入っている。授業中寝ていて成績は抜群ともなれば、なおさら教員たちの反感を買いそうであるが、どうもそういうわけでもないらしい。むしろ教員達からは『腫れ物に触らないようにしている』という印象が強い。

 これまたクラスメイトに尋ねられると、両親が他界してており生活費を稼ぐために夜の仕事をしていると答える。学校側にも事情を説明してあるからお情けで注意されないんだとか。

 そんなバカな。中学生だぞ。

 部活に入っているかは優也はよく知らない。少なくとも運動系の部活ではないことは確かだ。どうも日光が苦手らしい。昨年の夏のプール授業ではブレることなく全日程を見学で貫き、その勇姿に全女子が喝采を贈った。彼女答えていわく、体内に悪魔を飼っていて海に嫌われているため、プールに入ると必ず溺れてしまうのだという。

 嘘だ。今までで一番嘘だろう。

 そんな大嘘を、彼女は眉ひとつ動かさずにつく。

 どんなときも慌てず、騒がず。つねに落ち着いた振舞いを崩さない。

 そして年に似合わない妙な風格がある。

 そんな変人が優也のクラスメイト、君谷ほたるであった。



 その変人クラスメイトが、なぜか優也の家の前へと来ていた。

 なぜかというか、言われるがままに優也が案内したからなのだが。

「あら、お話通りのとてもとてもご立派な日本家屋ね」

「まあ、古いけどね。どうもありがとう」

「素敵だわ。私も幽霊ならぜひこんな家に化けて出たいもの」

「……そう……どうもありがとう」

 やっぱりこの子どこか――おそらく頭の付近が――おかしいんだな、ということを再認識しつつ優也は答えた。

 家までの帰路を二人で歩く間、今回の一連の出来事に関しては一通りの説明を終えていた。彼女は意外にも聞き上手で、的確に質問を挟みながらかなり細部に至るまで聞き出してしまった。なんでも実はこういった不思議な話に関わることに慣れている、つまり彼女流の言い方をすれば“経験豊富”なのだという。

「どうぞどうぞ」

「お邪魔いたします」

 彼女はすすいと靴を揃えると、優也の家へと上がった。現在は優也しかいない家――人間以外は何かいるかもしれないが――にごく平然と入って来るのを見て、優也としては複雑な心境となる。漫画や小説の中だと、両親がいない家に年頃の女子が訪ねるのはもっとためらうべきこと、あるいは素敵なこととして描かれていることが多い気がするのだが。現実はこんなものなのだろうか。

 ともかく家族で居間として使っている部屋へ、優也は長い廊下を案内する。

 その途中で優也は彼女に尋ねた。

「今のところどうかな?」

「ん、どうって?」

「え、つまり、その、何かこの家から感じたりするの?」

「うーん」

 彼女は回りをしげしげと見回すと、

「古い木造建築独特の香りがするわね。好感度高いわ」

「あ、どうも……って、いやいやいや。そうじゃなくてさ。たとえば悪しき気配がするとか、不吉なものが見えるとか、そういう霊的な何かは感じないかなって」

「ああ、そういう意味ね。期待させて悪いけれど、私、全然霊感無いの」

「無いのっ!?」

「無いわ。完全に霊感ゼロよ」

「な、無いんだ。なんかそういうのすごく得意って雰囲気出してた気がしてたから。てっきり霊感少女が事件を解決に導いてくれる流れかと思ってたんだけど」

「あら、期待を裏切って申し訳ないわ」

「え、いや、申し訳なくはないけどさ……」

 もちろん勝手に期待しただけなので責めるのはお門違いだというのは自覚していたが、意気消沈という感は隠せない。

 しかしそんな優也に対して、彼女は平然と言った。

「大丈夫。霊感なんかなくても怪奇現象は解決できるわ」

「そうなの?」

「私はむしろ霊感なんかより人生経験のほうがずっと役に立つと思うわ」

「それは心強いお言葉だけど……」

 自分がなんでこの子を家に案内しているのか、だんだんよく分からなくなってしまう。保健室にいたときはその場の妙な雰囲気に『当てられて』案内することになってしまったが……。せめて自称でも霊感があるというのなら、家に招いて意見を聞く意味を見いだせそうなのだが。

 それでも居間に着くと座布団を彼女に勧め、優也は作りおきの麦茶を出した。

「これはご丁寧に。ありがたくいただきます」

 暑い中歩いて喉が渇いたのか、こくこくと美味しそうに飲む。 

 クーラーをつけると、優也も座卓の反対側に腰を下ろす。

 それを待って彼女は話し始めた。

「改めてだけれど、お招きいただきありがとうございます」

「え、あ、うん」

「大きなお世話かとも思ったのだけど、山岸君もとても困っているようだし、首を突っ込ませていただいても良いかと思って」

「うん、もちろん。本当に助けてもらえるのならありがたい限りだよ」

「では遠慮なく解決させていただくわ」

「……うん、ありがとう」

 解決できることが大前提となっている彼女の言動に、優也としては逆に戸惑いが隠しきれない。普通こういうのって「私の力が及べばいいんですけど」とかいう触れ込みで始めるのが普通という気がするが……。

 けれど優也の戸惑いなどどこ吹く風。彼女は第一声でこう言った。


「お祖父様はたぶん念能力者ね」


 そう言った。

「え、ね、ねんの……? え、なに?」

 優也の戸惑った反応を見て、彼女は逆に不思議そうに首をかしげた。

「あら。ご存知ないかしら、ハンターハンター」

「いや、知らない。なにそれ」

「ジャンプで連載してる……連載してない……少年漫画だけど」

「してるの? してないの?」

 優也はさらに混乱した。

「その漫画の中に『念能力』っていう超能力が出てきて、それを知っててくれると非常に説明が簡便だったのだけれど」

「ごめん。全然その漫画知らないや」

「そう……。ならまあ簡単に言うと、武道でも芸術でも『道』を極めると常識を逸脱した『通常の世界観』ではありえない『力』を得ることがあるの」

「……?」

「『その力』を生まれたときから持つ人もいる。『それ』は世界観によっては超能力とも、霊感とも、気とも呼ばれる。でも本来『それ』に名前はない。『それ』は哲学とも言える。『悟り』とも言える」

「う……ん……?」

「それで話から推理するに、君のお祖父さんも陶芸を極めた末に『独自の世界観』にいたり、『非常識な力』を会得したのだと思うわ」

「なるほ……ど……?」

 と言いつつ、全然理解できない優也。

「納得してないって顔ね。でもまあ、まずは雰囲気だけ分かってくれれば良いわ。とりあえずお祖父さんが実は霊能力を隠し持っていたと理解してもいいし」

「僕からしてみると、ごく普通のお祖父さんだったけどね」

「まあ、家族にとってはそうでしょうね。オリジナリティの高い『世界観』ほど人に理解されないものだから、波風立てないように隠すものだわ」

「そういうものかねえ」

「それで私の推論から言うと今回のストーリーは『お祖父さん霊能力で蔵の中に「ナニカ」を閉じ込めていた。だけど現在はお祖父さんが病気で弱ってるから「ナニカ」は出ようとして声を出している』だと思うわ」

「ちょ、ちょっと待って何でそこまで言い切れるの!?」

 そもそもお祖父さんが霊能力者という時点で、優也としては納得しかねる内容であるが。それにしても内容が限定的すぎだ。

 そのツッコミに対して、彼女は軽く肩をすくめた。

「まあ、経験からくる推論ね。細かい傍証はあるけど、あくまでただの推論だからあまり目くじらを立てないで欲しいわ。ところで『出シテ』が聞こえるのはいつ頃なの?」

「えっと、昨日は夕方家に帰った頃からもう聞こえたよ」

「だんだんと声が聞こえる時間帯が広がっているのね。お祖父さんの能力がますます弱ってるのかも。お祖父さんの体調が心配ね」

「うん……そう、だね」

 事実、昨日母親からもらった電話でも祖父の体調が芳しくない旨は伝わってきた。

 彼女の推論は、確かにその点では合致している。

「能力がさらに弱まる前に、真相を究明しておいたほうが無難ね。……となると、この後することはひとつね」

「え、なに?」

「取り壊した蔵に入っていたものは、今どこにあるのかしら」

「えっと、今は家の納戸の中に移動してあるよ。お祖父ちゃんの陶芸道具類とか作品の売れ残りとかだけど」

「ではそこね」

「そこねっていわれても……」

 だが彼女は既に立ち上がっていた。

「お納戸にご案内頂けるかしら」

「え、そりゃ、まあ」

 すると彼女は言った

「なら、これから解決編を始めましょう」

 当然のようにそう言った。

 凄まじい自信だった。



      ●        ●



 納戸の扉の前で優也は言った。

「声が聞こえてからも納戸は何回か見てるんだ。特に変なものはなかったよ」

「でもその時は特に詳しく調べたわけではないでしょう?」

「うん、まあね」

「けれど私は『ここ』と確信してここに立っている。それはとても大きな違いだわ」

 そして納戸の扉を開けながら彼女は言った。

「納戸の扉には鍵はついてないし、なんの変哲もない。やはり納戸自体に閉じ込められているわけではないのね。蔵のときもきっと、蔵自体に封印されてたわけではないのね」

「本当は納戸にも鍵を付けるべきなんだろうけどね」

「お祖父さんの作品も置いてあるのだものね」

 中は十数畳ほどの板張りのスペースで、棚がいくつも並んでいた。日光による劣化を防ぐためか窓はなく、代わりに天井に照明といくつか換気口がある。置いてあるものはダンボール箱がいくつかと、陶芸に使う道具類。そして一番多くを占めているのが優也の祖父の作品であった。

「そこにあるダンボール箱は僕たちの洋服とかで、もともとここに置いてあったものだから、今回の君谷さんの推理には当てはまらないものだね」

「じゃあ、そちらは違うわね」

「……」

 相変わらず凄まじい自信だと思ったが、優也は口には出さなかった。これぐらい自信があると、生きていて見える風景も違うのではないかと少し羨ましくなる。

「まずあちらの道具類を調べさせて頂いてよろしいかしら」

「もちろんどうぞ」

 言われるが早く彼女は道具類を調べ始めた。大型のろくろから小さなヘラに至るまで手際よくチェックをし、取り出したデジカメで適宜写真をとっていく。

 もちろん道具箱やら木箱やらもパカパカ開けていく。

「あ、あのさ。なんのためらいもなく怪しい箱とか開けてってるけど、もし中から出てきちゃったらどうする? その、出してはいけない『ナニカ』がさ。いや『ナニカ』が化物だとか妖怪だとか決まったわけじゃないんだろうけどさ」

「あ、でも今回そういう怨霊とかの可能性高いと思うわ」

「じゃあ、出てきたらどうするのっ!?」

「倒すわ」

「倒せるのっ!? さっきからだけどその凄い自信どこからくるのっ? 霊感無いって言ってたよね。なんで当然のように倒せる前提なの!?」

「山岸君。霊能力なんかなくても悪霊は人生経験で倒せるわ」

「いや、信じられないっ。さすがにそれは信じないっ!」

「大丈夫よ。私、こう見えても経験豊富なの」

「いやいやいや、さっきからたまにそれ言ってるけど、それなんなのっ? どんな経験があったら君谷さんみたいに自信満々に仕上がるのっ!?」

 すると彼女は指でバッテンを作って、悪戯っぽく睨みつけた。

「や、何言わせようとしてるの。山岸君のえっち」

「違う。絶対そういう経験じゃない!」

「くすすす、冗談よ。そうね……まあ、それは置いといて、こっちの道具類は見たところ怪しいものはないわね」

「さらりと流したね」

 彼女は調べていた道具箱を下の棚に片付けると立ち上がった。

「やはり怪しいのはこちらだわ」

 そう言って彼女が見るのは、祖父の作品が並ぶ棚であった。

「陶芸品と聞いて、壺とかお皿だと思っていたわ」

「祖父は陶芸は陶芸でも、近代陶芸の巨匠として有名だったからね」

 棚に並ぶのは、様々な動物達の姿をした陶器であった。

 熊、猫、犬、猿、鳥、うさぎ、その他沢山。本当に種類が多い。

「でもなんとなく作風は一貫しているわね。なんとなく鳥獣戯画を思い出すわ」

 動物たちは写実的になりすぎず、むしろどこか人間臭さを漂わせている。

 老いた犬はごろりとだらしなく寝転んでおり、跳ねようとしているウサギからは無邪気さが伝わってくる。熊は一見するとその腕を振るって鮭を捕まえる勇姿だが、よく見ると鮭を逃して「あっ」とでも言ってそうな間抜けな表情をしている。毛づくろいしている鳥は背中が痒そうだ。

「凄まじい描写力。陶器でこれを表現できるのは純粋に恐ろしい技量だわ」

「よく分かるね。そこが味があるって評価されてたみたいだよ」

「触って調べさせていただいてよろしいかしら」

「もちろん。こちらからお願いするよ」

 彼女は二十数点ある陶器の一つと一つを手に取って調べる。細部に至るまでしげしげと眺め、眺め終わるとデジカメで撮影し記録していく。

「ここにあるものは、どういった由来の作品なのかしら」

「特にいわれがあるわけではないよ、基本売れ残りでずっと蔵に残っていたものなんだ」

「売れ残り……そうかしら。素晴らしい出来だと思うけど」

 彼女はそう言って首をかしげながら作品を検分していく。

 そんな彼女を見ていて、優也は質問する。

「あのさ。調べてもらえるのはすごく有難いんだけど、どうやって問題の『ナニカ』を特定するの? 君谷さんだって別に霊感があるわけではないんでしょう」

「霊感がなくたって分かることはあるは、例えばこれ」

 そう言って彼女は熊の置物を持ち上げて、下の面、つまり普段は底として隠れている面を見せてくる。

「わかるかしら?」

「いや……特に何も特徴ないと思うけど」

「これがさっき『売れ残り』と聞いたときに、私が首をかしげた理由の一つ。こっちの作品と比べてみると、一目瞭然ね」

 そう言ってもう一つ、うさぎの陶器の底面を見せた。

「あ、なるほど」

「ね、分かったでしょ。熊の方には落款がないのよ」

 落款、つまり芸術作品につける作者特有の印が、熊の方にはついていないのであった。

「普通だったら贋作を疑うところだけど、ここは製作者の家にあったものだもの。それは考えにくいわ。むしろお祖父さんはこの作品に、自分が製作した印をつけたくなかったのではないかしら」

「出来が悪くて満足いかなかったのかな」

「絵や掛け軸なら完成したあとで落款を押すから、それもありえるわ。でも陶器の場合は落款を押すのは窯で焼く前だから、それは考えにくいわね。焼く前から気に入らないぐらいなら、そもそも焼かなければ良いのだもの」

「あ、そうか。なるほど」

「そしてここにある作品のうち半数は、落款が押されていないわ。だから私はここにある作品は、全てが売れ残りではないと思う。おそらく落款がない作品はもともと売る予定がなかった作品だわ」

「あ、じゃあ、もし問題の『ナニカ』に関わる品があるとしたら」

「ええ、落款がない作品が怪しいということになるわ」

「なるほど!」

「ね、霊感がなくたって分かることはあるわ」

「うん。凄いよ。さすがだね」

 優也は素直に感心した。話半分に聞いていたけれど、経験で事件を解決してみせるという彼女の言葉がだんだんと信憑性を帯びてくる。

「それにね。霊感がなくたって私達には優れた五感があるのよ」

 彼女は棚から熊の作品を選ぶと、包み込むように胸に抱きかかえた。

「私達の五感は無意識下で常に大量の情報を入手しているわ。山岸君、例えば陶器を調べるとき君はどの感覚を最も使うかしら」

「それは……やっぱり視覚かな」

「そうね。でもこうして熊の置物を持てば、意識していないだけで私たちは視覚以外の様々な情報を得る。陶器の匂い、その温度、その重さ、硬さ……」

 彼女は熊に顔を近づけると、ふんふん、と匂いを嗅いでみせた。

「たとえばほかの作品より少し温かいとか、重いとか、重心が偏ってるとか。そんな些細な違和感。その無意識下の違和感はときに『虫の知らせ』として私たちに真実を伝えてくれる。まるで五感を超越した第六感のように――まるで今みたいに」

「今みたいに?」

 優也は聞き返したが、彼女は口を閉ざした。

 目を細め、じっと腕の中の熊の陶器を見つめる。

 1秒、2秒、3秒……。

 熊と少女が見つめ合う、無音の時間が過ぎる。

「…………」

「どうしたの?」

「反応ないわね。この熊が怪しいからプレッシャーをかけたのだけど、違うのかしら」

 彼女は棚の作品たちを眺めながら、眉根を寄せる。

「おかしいわ。いつもはこの範囲まで絞り込めば、だいたいの感じで見抜けるのだけど」

 悔しそうな雰囲気が口調に滲む。

「今日は調子が悪いわ。なんだかピンと来ないというか、これと定めきれない。あえて言うならばこの熊だと思うけど、絶対とは言い切れない……」

 しばらく考え込んでいたが、やがて彼女は優也の方を振り返って言った。

「山岸君」

「なに?」

「叩き割っても良いかしら」

「は?」

「ここにある作品片っ端から全部割ればさすがに真相がわかると思うの」

「いやっ、いやいやいや」

 さすが変人というか、この子はやはり少し頭がおかしい。

「無理だよっ。親に怒られるって」

「そうよね……じゃあ、この熊だけでも割って良いかしら」

「いや、えー、いや、どうだろう」

 それだって普段なら言語道断だが、熊の置物一個を割ってあの怪現象が解決するのなら……とここ数日で疲れきってしまった優也は心惹かれる。

「う、うん、全部はともかく一個ぐらいなら……」

「悪いわね。ありがとう。では手が滑ったということで」

 そう言って熊を振りかぶる彼女。

「ただ祖父ちゃんの作品って、一つ五〇〇万円ぐらいするんだよね」

 振りかぶったまま、彼女はぴたりと動きを止めた。

 そしてそのままソロリソロリとした動作で熊を棚に戻した。

「手は滑らなかった」

「何を言っているの、君谷さん」

 彼女はその長い白髪をひるがえすと、びしりと宣言した。

「諦めましょう」

「そんな格好良く諦めないでよっ!」

「ごめんなさい。言葉が足りなかったわ。今日のところは諦めましょう。さすがにおひとつ五〇〇万円の作品をノリだけでバコバコ叩き割れないわ」

「黙ってたらノリだけでバコバコ叩き割る予定だったんだ……恐ろしい……」

 知らずに最悪の事態を回避したことに震える優也。一方そんな優也のことは気にもとめず、彼女はいつもの落ち着いた口調で言った。

「大丈夫よ。きちんと次善策は考えてあるわ」

「ど、どうするつもり」

「非破壊検査をしましょう」

「……」

 非破壊検査。超音波、X線などを用いて対象に物理的な負荷をかけず内部構造等を分析する科学検査。原子力発電所から歴史的建造物、重要文化財に至るまで様々なものを調べるために行われる。

「非破壊検査で解決できちゃうんだ……」

 彼女さっきまで悪霊とか怪異とか言っていた気がするが。

 それでいいのか……。

「大丈夫。今から手配すれば明後日にはX線透過装置車がこの家に来る。検査費用のことは気にしなくていいわ。私にコネがあるの」

「コネあるんだ……。今までどんな生き方をしてきたら非破壊検査のコネができるんだか」

「私、こう見えても経験豊富なの」

「いや、もうそれじゃ誤魔化されない」

 と言いつつ、優也もそろそろ彼女が何を言っても驚かなくなっているわけだが。

「でも明後日の午後ってことは、今晩と明日の夜はまだ声が聞こえるわけか」

「残念だけど、そういうことになるわね」

 優也はもうんざりとした顔になる。だがしかし、

「そっか……いや、でも解決もらえる目処が立っただけありがたいよ。壊されるよりは全然ましな解決法だし。あと二晩ぐらい我慢するよ」

「そうね。申し訳ないけれど……と、そう言えば、今日はまだ声が聞こえていないのかしら」

「あ、そう言えばまだ一回も聞こえてないね」

「惜しいわ。声が聞こえるなら、もう少しヒントが得られたかもしれないのに」

 そうして彼女は少し考えていたが、そのうちふと思いついたようにこう言った。

「そう言えば、山岸君のご両親って今は家に居ないのよね」

「うん」

「ご兄弟もいないわよね」

「うん」

「山岸君一人よね」

「うん」

 そして彼女は言った。


「なら私、今晩泊っても良いかしら?」


 凄い爆弾発言をした。


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