第2話 ヒキコ

人が集まるところ必ずトラブルが起きる。

人と人との摩擦から生まれた悪意は、まるで生き物のように勝手に動き出す。

人ひとりではトラブルはおきない。だから俺はトラブルを生み出す事にした。


第二話 『ヒキコ』



あれから十年経った。


俺は押入れの奥から出てきた日記帳を偶然見つけ、何気なしにパラパラとめくった。

そこには15歳の時の自分がいた。


素直で、真面目で、それでいて恐ろしいほど世間知らずだった。


もうバカがつくぐらいのノータリンの世間知らずだった。

俺はそんな昔の自分を思い出し、体中に虫唾が走った。なんと愚かな少年時代だったのだろうか?

親のスネをガジガジと齧りながら温室でヌクヌクと育ってきた自分は、なんと甘ったれた考えをしていたのだろうか。俺はそんな『昔の自分』に怒りが沸いて腹が煮えくり返った。

「てめぇはアホか!世の中ってのは、そんなに甘っちょろいモンじゃねぇんだよ!このくそガキ!」

俺はそう怒鳴って、日記帳を畳に思いっきりバンっ!と叩きつけた。


閉め切った薄暗い部屋に、レーザー光線のような太陽の光が、カーテンの隙間から差し込んでくる。

外を見るまでもなく天気は快晴だった。昼下がりの午後・・・と言ってもすでに3時過ぎなのだが、この時間帯は、部屋に熱がこもってモワモワと熱く、当然のように体がだるくなってくる。

俺はゴミで散乱した部屋を眺めた。

食べ残しの皿にカビが繁殖していた。気持ち昨日よりカビが増えたような気がするが、それを片付けようと微塵も思わずに、あたりをガラガラと探り、まだ中身が残っているウイスキーを見つけるとそれを厚口のガラスのコップに注いだ。注ぐと言っても、ひと口分ほどしかないウイスキーは、グッと喉に流し込むと一息でなくなってしまった。

「チッ・・・ウィ~・・・・」

喉をたまらなく苦く熱く通過した液体が胃に到着すると、ジンとした感触が胸元で広がる。

それと同時にキュウと締め付けられる痛みが、みぞおちの辺りを圧迫する。なんだか腰のあたりも慢性の筋肉痛のようにキシキシ痛み出す。

「なんだか最近、腰が痛む・・・筋肉痛になるような運動はしていねぇのに・・・・」

意味不明な納得のいかない痛みに、俺はイライラしていた。

「まったく!何で俺がこんな目に遭わないといけないんだよ!世の中間違ってやがる!」

俺はウイスキーの瓶を手に持って振り上げて、瓶の山目掛けて投げつけようとした。でも、瓶を投げつけて、他の瓶が割れてしまったら危ない。もしそれをうっかり踏んでしまったらどうする?

俺が痛い思いをするし、血も出る。だから俺は瓶を投げつけるのを止めた。その瓶を、割れない程度にガランと放った。案の定、その程度の衝撃では、瓶同士がガチコンとぶつかるだけで割れることはなかった。俺は自分の思惑どうりに瓶が割れなかったのを見て、心の中でニヤリと笑った。


なにげなしにテレビのリモコンを探しスイッチを入れる俺。

カーテンの隙間が少し開いていたので、気になってそれをピッチリと1ミリの隙間もないように、少し重ねて閉めた。

別に見たいテレビ番組があった訳でもない。・・何となく。ただ何となく、だ。

強いて言うなら、どこかのニュースで誰か死んだ事件でも起こってないかと思った。誰でもいいから、誰か死んでいるニュースを見たかった。それが有名な芸能人ならさらに面白い。それか残虐な事件なら、さらにもっと面白い。俺はそんなニュースを見ると、何故か心がスカッと晴れ晴れするのだ。

誰かが不幸になる事が、とんでもなく嬉しかった。だってその分、自分よりも不幸な人間が増えるのだから。不幸な人間が増えるって事は、幸福な人間が減るって事だ。それは、全世界の幸福度の絶対位置にいる自分のランキングが上がった事になる。例えるなら、アイドルの歌のオリコンチャートみたいなもんだ。だからみんな、どんどん不幸になって欲しいと思った。俺はリモコンのボタンを押してチャンネルを変えてみるが、イマイチ赤外線の反応が悪く、一度ボタンを押しただけではチャンネルが切り替わらないのでイライラしていた。


今のところたいした事件は起こっていないみたいだ。

(チ・・・つまんねぇな・・・・)

俺は本気でそう思った。それにしても昨日は楽しい事件があったもんだ。


その事件の内容はこうだった。

38歳の男が援交で知り合った16歳の女に本気で惚れ、それで交際を求めたが女が断ると、ナイフとスタンガンで脅して自分のアパートに拉致。ところが女をアパートに連れ込む際に、近所の人に目撃されて不審に思い警察に通報されてしう。そして、女を人質に篭城をキメ込むが、約3時間後に逮捕されてしまったのだった・・・・・


と、ここまではテレビのニュースでやっていた事で誰でも知っているが、この話はそれだけじゃなかった。この犯人が女を人質に立てこもった時の要求は、女の両親を呼ぶ事だった。それに、万が一手出し出来ないように、両手両足を縛った状態でだ。

この犯人は両親を呼んで何がしたかったのだろうか?

それがこの事件のスゴイところだ。普通に考えるなら、この犯人が女との交際を両親に認めてもらう為だと思うだろう。ところが、この犯人は、そんな常識的な考えの一歩先を行っていた。

娘の無事を願う両親は、警察が止めるのも聞かず、犯人の要求通りに従った。

すると、なんと!

身動きできない両親の前で、女を裸にひん剥いてSEXし始めたから驚きだ!

この女は犯人に逆らえなかった。だって男の手にはナイフとスタンガンが握り締められていたからだ。

女は震えながらも犯人のモノをしゃぶっていたそうだ。恐怖でガチガチと歯を鳴らせ、よくもまぁ犯人のモノを噛まなかったもんだと感心した。それでその後は、バックでパンパンと突きまくられたそうだが、その時の両親の表情ってどんなだったんだろうか?もう憤慨と恐怖でワナワナと震えていたんだろうな。

イヒヒ!

そんな様を想像して、俺はつい、「プッ」と噴出してしまった。それでその後この事件はどうなったかと言うと、犯人が女の膣で発射した際につい油断してしまい、女が渾身の一撃で頭突きを喰らわしたそうだ。犯人はそれでKO。下半身裸でチンポ丸出しで気絶だ。まったく情けないったらありゃしない。俺はそれを想像してまた、「プッ」と噴出した。

ところで、何でテレビでも詳しく放送しなかったこの事件の詳細を知っているかというと、インターネットのとある大型匿名掲示板に、その記事が載っていたからだ。この事件を近所の家から一部始終を撮影していた盗撮マニアからの書き込みらしい。ウワサではその動画はほんの数分ほどネット上にアップされたらしい。残念ながら、俺が見た時にはその動画は削除されてしまっていたが・・・しかし、この手の動画はいずれどこかでまた上がるだろう。それまで少しの辛抱だ。とにかくこれで楽しみがひとつ増えたのは確かだ。


それで・・えぇっと・・・

俺がどうして押入れから日記を発見したかと言うと・・・・

あぁ。そうだった。その事件で両親の前でレイプされた女の事を考えてたら、下半身に血が溜まり、元気のよい一本のタケノコがスクスクと育ってきたからだ。俺は急にオナニーしたくなって押入れにあるお気に入りのエロ本を探している途中だったのだ。

ズリネタなんてネットで拾えば?って思うかもしれないけど、何にしても『お気に入り』ってのは存在する。

俺が昔から愛用しているネタは、他人から見たらたいした事もなくて別に興奮しないかもしれない。でも俺がどんな過程でこのエロ本を入手し、どれだけ長い期間ネタに使ってきたか。それは俺だけしか知らない。それは俺だけの『ベストメモリアル』であり、長い付き合いの愛人のようなもんだ。少年期に一度受けた衝撃的興奮は、年を重ねてもいつまでも俺の中で性的興奮となって生き続けるのだ。

だから今回も、そんな安定したネタでオナニーするべく、押入れを探っていたのだ。それを俺はうっかり忘れるところだった。だが、ウイスキーを少し飲み、テレビを垂れ流している俺は、もはやオナニーをする気力さえ失くしていた。俺のモノは小さく小さく縮こまっていた。皮をかぶったその愛くるしい我が息子は、花のつぼみのように次に咲き誇る準備をしているかのようだった。俺はそんな息子を酷使するのも煩わしかったので、諦めてテレビをもう一度見る事にした。


今の時間帯は・・・・えぇっと。

時計を見ると夕方の5時。ちょうど今の時間帯は、再放送のアニメをやっていた。

しばらく見ていたが、このアニメはとても面白かった。ひょんな事から魔法の力を得た主人公の女のコは、この世界を我が物にしようとする別次元からやって来た魔王と戦うことを決意する。そんなベタなストーリーながらも、キャラ同士のかけ合い漫才や、戦闘シーンのカットの格好良さがお気に入りだった。

ふと数年前、仲間たちとこのアニメの同人誌を制作したのを思い出した。

あの頃は若かったから、とにかく自分の好きなキャラに対しては、すごい思い入れのパワーを持っていた。徹夜で寝ずに書き上げた事も、今では良い思い出だ。

そう言えば、どこかにその時に作成した同人誌がしまってあったハズだ・・・・。

そう思って俺は押入れをゴソゴソとまた漁り出した。

押入れの奥にはクモの巣やらホコリの塊がはびこっていた。何やらツンとくる正体不明の匂いもあった。だがそれでこそが『押入れ』の代名詞なのだ。汚い、臭いが押入れの重要なキーワードなのだから。俺は自分でも下らない事を考えているなと思いながらゴソゴソと同人誌を探した。

「ダメだ・・・ない・・・」

見たいと思ったのを見れないと言うのは、精神衛生上とてもよろしくない。

俺はどこにしまったのかを思い出す為に部屋の中をウロウロとした。正確に言うと、俺の部屋は狭い上にゴミだらけなので、それほどウロウロと歩きまわれる程のスペースは存在していなかった。言い換えると『チョロチョロまわっていた』のが正しいのかもしれない。

しかし、記憶というのはパソコンで言えばハードディスクみたいなもんで、一度、削除してしまったらなくなってしまうものだ。とにかく『検索』をかけて、何とかそのファイルを探し出そうとするが、CPUパワーの足りない俺の脳ミソは次第にオーバーヒートを起こしかけていた。

「あーっ!こんちきしょう!ねぇもんはねぇんだよッ!」

俺はかんしゃくを起こして大声で怒鳴った。

でもとなりの住民から文句言われるのにビクついて、ギリギリの声で怒鳴った。

「おっと、こんなことしてる場合じゃなかった!今日は6時からミーティングがあったんだ!」

俺はだいたい昼の2時頃に起床する。だから、ちょっとテレビを見たりぼんやりしてるだけでもう日が暮れてしまう。それで今日は学生の頃の同級生の集まりに顔を出す日だった。

「かんべんしてくれよ!全く忙しいったらありゃしないぜ!」

俺は急いで1階のフロ場へと降りた。居間ではカーテンの閉まった真っ暗な部屋で、オヤジが酒を飲んでつぶれていた。相変わらずの光景に、俺は特別な感情を持たなかった。

俺は普段は不潔なのだが、こと外出するとなると、人一倍に体を綺麗にしないと気が済まなかった。

なので、今回も特に念入りに体を洗い、ヘヤーをセットし爪までも切った。

たぶん俺は、同級生の中では一番のキレイ好きだと評判のようだ。

この前も同級生に会った時に、「あれ、どうしたの?そんなにおめかししちゃって?」って言われたものだ。

でも俺は「これで普通だよ」とアッサリ言ったものだから、同級生は驚いて俺を尊敬に近い眼差しで見ていたのが、心なしか気持ち良かった。やはりどんな些細な事でも、他人から羨望の眼差しで見られるというのは悪い気がしない。


今日も、そんな同級生の羨望の眼差しが向けられるのかと思うと、否応なしにお洒落にも身が入ってしまう。

前髪に整髪料をつけて毛のセットを終え、愛用のオーデコロンを首筋と手首にピュッと一振りした。それを軽く指の先で伸ばして肌に馴染ませた。安物の香水のようにツンとくる強い刺激の匂いではなく、大人の優雅な香りが漂う一品だ。俺はちょっと香水にはうるさいので、安物はとても使えない。だからこの香水は2600円もしたのだ。

やはり高級品はちょっと違うのだ。

それから俺はタンスを開けて服を選んだ。25歳ともなれば、少しは大人っぽい格好が似合ってくる年頃なのだ。だから俺は、ジャージとか刺繍の入ったジャンパーとかは避け、コーディロイという生地のジャケットとジーパンを選択した。俺の思った通り、このコーディネイトはぴったりと似合うなと、鏡の前で全身を映してそう思った。

そうこうしているうちに、約束の時間が近づいてきた。

俺は車は持っていないので、電車に乗るために少し早く家を出なければいけなかった。

でも少し早く出発することぐらい何とも思わない。だって車というのは、本体がバカ高いうえに維持費もかかる。おまけにガソリンも食うし、駐車場の料金もかかる。それに万が一、交通事故でも起こしたら一生を棒に振らなければならない。そんなデメリットばかりのものをカッコつけのためにローンしてまで所持するほど俺はバカじゃない。同級生たちは自分の好きな車を買って改造とかして山道を攻めたりしてるけど、やっぱりバカとしか思えない。まぁ、他に楽しみがないのだから仕方ないのだけど。


俺はそんなことを考えながら、玄関で靴を履いた。少しくたびれた白いスニーカーが俺のお気に入りで、こいつはどんな服装にもマッチする優れものだった。俺はこのスニーカーを5年ほど愛用しているが、未だに現役バリバリでコストパフォーマンスは最高だった。ちょっと汚れが気になるが、それがかえって『味』になるってもんだ。俺は靴紐を結ぶと、飲んだくれのオヤジには一言も声をかけずに家を出た。

いや、一言だけ心の中でこう呟いたかもしれない。「早く死んじまえ」、と。


外に出るのは久しぶりだった。何週間ほどぶりだろうか・・・おそらく一ヶ月前だったろうか?

俺は久しぶりの駅のホームで、乗客の顔をチラチラと見回した。久しぶりの外出で、俺はちょっとばかり緊張しているのかな?と思ったが、どいつもこいつも間抜け面でいたものだから、少しホッとした。

(まったくコイツらには生きる楽しみが少しでもあるのだろうか?疲れて眠たい顔並べてやがって・・・そんなに仕事がイヤならさっさと辞めちまえばいいのに・・・まぁ、そんな勇気もないから嫌々サラリーマンをやっているんだろうな・・・・まったく頭の悪い奴等だよ)

俺は電車に乗って、そのマヌケな面どもを間近で見て更にバカな奴等だと確信した。

俺はそんな見下した目で乗客をキョロキョロと眺めていると、ひとりの目つきの悪い男と目があった。

そいつはたぶん俺よりも若く、髪を茶色に染め、粋がったようなチャラチャラとした服装をしていた。

そいつは俺と目が合うと、事もあろうに眉間にシワを寄せ、俺を睨みつけてきた。

あぁ!なんてバカなヤツなんだろうか?!

ただ目が合っただなのに、「自分の方が強いんだぞ!」と主張でもしたいのだろうか?

目線を外したら負けだと思っているのだろうか?

俺はそんなくだらない脅しには断じて負けない!逆にそいつを睨み返してやろうとした。

だが待てよ・・?

いまコイツと睨み合って俺が勝ったとしてどんなメリットがあるのだろうか?いや、百歩譲ってコイツの勝ちとしても俺には得することなどひとつもない。ということは、全く持って無駄な勝負ではないのだろうか?

俺は軽くため息をついて、その男の視線を外した。

こんなくだらない勝負をして何の意味があるのだろうか?だいたいこういう生きる希望も夢もないちっぽけな奴等は、同等の低いレベル同士の奴等と争うのがお似合いだ。だから俺のような大人が、そんな下らないことに介入すべきではないのだ。しかもコイツらは、怒りに任せてナイフとかで襲ってくることも想定できる。そんな放し飼いの猛獣みたいなヤツはバカバカしくてとても相手にしていられない。

俺は試合を放棄したが勝負には勝ったのだ。今頃ヤツは、自分の犯した罪の愚かさに後悔し、悔しさで打ち震えているのだろう。

ざまあみろ!この低レベルの原住民が!アホはアホらしく間抜け面でコソコソ生きていやがれッ!

もう一度、俺はその男の方をチラリと見てみた。するとどうだ。やはり自分のした愚かな行為に気付き、この場にいられない程恥ずかしくなってスゴスゴと逃げ出したとみえる。

(まったく弱いヤツだ!はははッ!)


ところがだ!

次の瞬間、このマヌケな男は、俺に対してとんでもない卑劣な行為を行ってきたのだ!

俺の視界から消えたと思ったその男は、なんと、俺の真後ろに立ち、俺の顔の真横から睨みつけてきたのだった。

(何しとんじゃ!コイツは!)

俺は思わずそんな声を発しそうになった。あからさまに俺に対する嫌がらせを、この男は公共の電車内で堂々と行ってきたのであった。俺は目線だけを動かしてその下劣な行為を確認したが、そいつの顔が真横にあるので俺の顔を横に向けたらヤツの子汚い顔と当たってしまうではないか!

俺は否応なしに身動き取れない状態に陥ってしまった。

(このズル賢い卑怯者め!)

俺はそいつの方を向いて大声でそう怒鳴ってやろうと一瞬思った。だが俺は大人だし、公共のそんな場所で下らない相手にムキになることは出来ないのだ。だから俺は仕方なく身動きひとつせずに、そいつの下らない陳腐で下劣な行為を耐え忍ぶことにした。

するとどうだ!

今度はそいつは調子に乗って、俺の靴のカカトをコンコンと蹴ってきたのだった!

(この野郎!いい気になってんじゃねぇよ!)

俺はまたしても心の中で大声でそいつに怒鳴りつけてやった。

オマエがこの公衆の面前で大恥かかないように俺が堪えてやっているのをいいことに好き放題しやがって!

もう堪忍袋の緒が切れたぞ!

俺はヤツのネチネチとした攻撃に耐えていた。

(バカめ!そんな攻撃など全然効かねぇんだよ!)

ヤツはこの攻撃が効果的だと思ってやっているのだろうが、悲しいかな、それは空に向かってツバを吐くような愚かな行為だということに気付いていないのだった。

(へん!やるならもっとやってみやがれ!)

俺は、そんな攻撃屁でもないよ!というような態度で無視し続けた。

こんなヤツ相手にしても、俺にはメリットもクソもないのだから。俺はひたすら無視し続けた。

そんな攻撃が5分ほど続いた頃、そいつは自分の降りる駅についたようで「チッ」と負けセリフを吐いて去っていった。


(ハァ、ハァ!どうだ!俺の勝ちだぜ!)

ひ弱でありながらもそのネチネチとした攻撃は、少しずつ俺の精神エネルギーを消費させていた。

悪ぶっているやつの頭の悪い考えなどこんなものなのだ。俺は少々グッタリとしながら、つり革を握った手の平のグッショリした汗をジャケットでぬぐった。

俺にとってはあんなバカの威嚇など屁でもないのだ。どうだ!見たか!これがお前らとは住むところが違うエリートの思考ってやつなのだ!

俺はクソバカ野郎の攻撃に打ち勝った自分を賛美賞賛してやった。社会のゴミどもは即刻排除せねばならないのに、日本の政治家たちはいったい何をやっているのだろうか?サラリーマンどもから高い税金を絞れるだけ取っても、何の役にも立っていないではないか?

俺が政治家になってある程度の権力を持っていたら、さっきのようなクソバカを、その場で射殺しても構わないという法律を作るだろう。だってあんなやつらがいたって社会には何の役にも立たないのは分かり切ったことなのだから。


(おっと!下らないことにエネルギーを消費してしまった・・・)

俺は余計なことで腹を立てている自分を戒めた。

本当のエリートというのは、東大を出た学生ではないし、会社で出世して成功したサラリーマンでもない。

自分の信念を持って自由にのびのびと生活している俺のようなことを言うのだ。

毎日毎日イヤイヤ仕事している人間に生きている価値はない。さっさと自殺でもして死んでしまえばいい。

オマエらのような部品のネジがひとつくらい外れたって社会は何事もなく機能するのさ。それを、さも自分は大事なメインCPUのように大切なパーツに例えるおこがましい人間の多いこと多いこと。

テメェらなんて幾らでも量産の効くプロダクションタイプな人間なのさ。

だが俺は違う。

俺はそんじょそこらの腑抜けのような思考の使い捨人間ではない。

生きている使命と義務を持っているのだ・・・!

そんな事を考えているうちに、いつの間にか俺は集合場所へと辿り着いてハッと我に返った。

(いけない、いけない。つい考え込むと周りが見えなくなってしまう・・気をつけなければ)


集合場所のファミレスには、すでに3人ほど仲間が集まっていた。残りはあと1人。すべて野郎だ。

俺は心の中で、たまにはだれか女でも連れてこいよ・・・と思ったがそれは期待するだけ無駄だと思って口にはできなかった。そんな『女』ごときより、こうして旧友と会えるというのは嬉しいことだしね。


「おう、ひさしぶり。」 「おー、しばらくぶりだーね。」 「最近どうよ?」


そんな当たり前の挨拶のような会話が少しずつ行われ、次第にだんだんと馴染めてきた。

俺はどちらかというと人見知りな方で、少しでも会わない期間があると馴染むのに少し時間がかかるのだった。

とりあえず立ち話もなんだということで、ファミレスに入ることにした。

「そういえばあいつ遅いな?」

俺はもうひとりの、まだここにやってこないヤツのことを聞いた。

すると、他の3人は顔を見合わせてニヤニヤとしていた。

「どうしたんだよ?何かあったのか?」

俺はそいつらの普段見たことのないイヤらしいニヤケ顔を見て、これは何かあると思って探りを入れた。

「それがさぁ・・・」ひとりの友人がもったいぶって話し始めた。

その友人の話を聞いて、俺の心は否応なしに動揺していくのがわかった。

「どうやら彼女ができたらしいよ」

(何だと?!彼女ができた・・・アイツに?!・・・バカな、信じられないッ!!)


ズガーン!・・


ズガーン!・・・


ズガーン!・・・・


この一言で、俺の脳みそは、脳震盪を起こさんばかりに激しく左右に叩きつけられた。

その先は、頭がボーっとモウロウとし、何の会話をしたのかサッパリ憶えてなかった。

そして薄れ行く意識の中で、遅れて来た友人の隣には、見覚えのある女の子が見えた。


それは俺の初恋の女だった・・・

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