焉(いずくんか)

しょもぺ

第1話 レンタン


高校一年の時、暇つぶしで読んだ小説の文の中に、ボクは今まで見た事もない漢字を見付けた。

それは、『焉(いずくんか)』という言葉だった。

字の形もそうだったが、発音がとても不思議だったのでとても気になってしまった。

辞書で調べてみたら、『どこに。どこへ。』とか、『どうして。なぜ。』という意味だった。

ボクはこの『焉(いずくんか)』という言葉を何故かとても気に入ってしまった。

でもしばらくしたら、それもいつの間にか忘れてしまっていたが。


そしてその半年後

ボクは自殺を決意した




第一話 『レンタン』


最近の自殺のトレンドは『練炭』らしい。

昔、田舎のおばあちゃんの家で使っていたのを一度だけ見たことがある。10本くらいの穴が開いていて、まるで『レンコン』のように見えるので『レンタン』という名前だと思っていたが、どうやらその解釈は違っていたようだ。

とにかくボクの自殺を手助けしてくれるアイテムである事に間違いはないようで、とりあえずそれを購入するべく、自転車で近場のホームセンターへと足を運んでみた。


ホームセンターまでの道のりは実にすがすがしいものだった。

雲ひとつ無い青空に、10月はじめの少し乾燥した涼しい空気。ボクはそんな天気の中をトロトロと自転車で走るのが好きだった。たぶんボクの表情は、「何か良い事でもあったの?」って誰かに聞かれてもおかしくないくらい晴れ晴れしていたのだと思う。そのくらい気持ちが良かった。まさかボクが今から自殺するために、『練炭』を買おうとしていることなど、誰も夢にも思わないだろう。でもボクはこれから、間違いなく自殺するために、『練炭』を買おうとしているのだ。


ボクが自殺しようとしているなんて誰も知らない。


これはボクだけの秘密なのだ。だから誰にもバレちゃいけない。

自殺ってのは極秘にひっそりと行うものなのだ。最近じゃぁインターネットで自殺志願者の同士を見付け、集団で自殺してる人がけっこういるけど、ボクから見たらアレはなんとも『情けない自殺』だと思う。

自殺ってのは、自分で自分を殺すことだ。例えるなら、『武士の切腹』と同じと考えて良い。

『武士の切腹』ってのはどこか男らしくてカッコイイ。普通だったら自分で自分のお腹を刀でズバッっと切るなんて出来ないことだ。だから手首を切るリストカットなんてカッコワルイ。リスカなんてよく切れるカミソリでちょっと傷をつけるだけで、血がピュウと出てお終い。それもなんだかカッコワルイよね。

まぁボクも『武士の切腹』ってのを真似して自殺したいと思ったんだけど、アレは介錯するひとがいて後ろから首をバサリと切ってくれないといけないので、ボクみたいにひとりで自殺しようとしている人間には残念ながら出来ないのだ。それに自殺するのを手伝ってもらうなんて何だかカッコワルイ。自殺ってのはスマートにやらなきゃいけないとボクは思っている。だから『武士の切腹』はカッコイイんだけど、あまりスマートじゃないから選択肢から外させてもらった。

もう一度言うけど、『武士の切腹』はカッコイイ。だからとても残念だ。うん残念だ!


そんな事を自転車に乗りながら考えていたら、いつの間にかホームセンターの駐車場に着いていた。

ボクは少し暑くて汗が出てきて喉が渇いたので、自動販売機でジュースを買をうとした。

なんと!

そこでボクの『自殺計画第一弾』は終わりを告げてしまったのだった。

ジュースを買おうとしてポケットに手をいれるとサイフを忘れたことに気が付いた。

いくらなんでも自殺の必須アイテムである、『練炭』を万引きするわけにもいかない。

自分の人生の最後を飾るためのものを、万引きして使ったとなってはカッコワルイ。


そういう訳で、ボクはそのままホームセンターを後にして、いつも自転車で通る川沿いの堤防へと向かった。ここの道は川を見下ろして公園などがあるのでとても見晴らしがイイ。

ボクはこの場所が好きで、用事もないのによくひとりで遊びに来ていた。

この場所で自転車を停めて、ぼーっとしている時間が好きだった。ここにいる時間だけは、イヤな事を頭からスッキリ忘れさせてくれる。ボクはいつまでもここにいたかった。


ここに家を建てて、引っ越そうと思ったこともある。でも引っ越すとなると、いろいろとお金が掛かるので、お母さんに頼んでもそんな大金は出してくれないだろう。家を建てるということは、きっと沢山のお金が必要となるだろうことはボクはちゃんと知っている。


この世の中の中心はやっぱり『お金』なのだ。お金のない人間は贅沢できないし、美味しいものを食べることも出来ない。それにゲームだってマンガだって買えない。お金がないというだけで、そんな苦労をしないといけないなんてボクには我慢できない。


出来るなら、将来はいっぱいお金を稼ぐサラリーマンになりたい。それで部下をたくさん引き連れて、バリバリ仕事のできるサラリ-マンになりたいのだ。それってちょっとカコイイと思う。

今の社会は不況だ不況だと言うけど、それは仕事のできない能力のないダメな人間だから、会社に雇ってもらえないだけだと思う。だって実力さえあれば誰かが良い評価をしてくれるハズだから。学校の先生だって見てるところはちゃんと見て評価してくれるからね。それと同じ。


たぶん、今、就職できないって騒いでる人は、高校のときから先生に叱られていた不真面目な人間じゃないのだろうか?たぶんそうだと思う。だってマジメだったら会社の社長がちゃんと見ていて評価してくれるハズ。怠けている人間がちゃんと仕事できるハズがない。だからバリバリ仕事しないとけないんだ。


そうならないためにもボクは学校でもマジメに勉強している。

どちらかというと成績は良くないけど、授業中の態度や、先生や友達に挨拶したりとかはしっかり出来る。それに、みんなとケンカしないように出来るだけ仲良くしているから協調性もある。だから成績はあまり良くないけど、その他の評価は良いと思う。それは小学生の時からずっとそうなので、ボクはひょっとしたらそういった才能があるんじゃないかと、最近気付いて自分でもビックリしている。だからその分野をもっと伸ばしてみようと密かに思い、実行しているんだ。


それに先生に反抗したりしないし、家でも宿題はしっかりやっている。たまにTVゲームに夢中になってお母さんに怒られたりするけど。でもお父さんはボクのことを絶対に叱らない。それはたぶん、ボクがみんなの知らないところで頑張っているのを分かっているからだと思う。だからお父さんはボクに怒らないのだ。さすがお父さんだ。ボクの一番の理解者だと思う。

・・・だから、お父さんには悪いと思う。

だってこのボクが自殺を考えているのを知ったらきっとビックリするだろうから。出来るならボクも自殺なんてしない方が良いなとは思う。でもボクは自殺をしないといけない理由があるんだ。その理由は誰にも言えないボクだけの秘密だ。もしボクが自殺したいなんて誰かにバレてしまったら、きっとお父さんの耳にも入ってしまうだろう。そうしたらお父さんは会社で仕事をする気力をなくしてしまうのは間違いない。それにいつも怒ってばかりいるお母さんもきっと心配するだろう。やっぱり親を心配させることはしちゃいけないと思う。だってそれが親孝行ってモンでしょ?ボクと同じ年代で、親孝行しようとしてる人なんてなかなかいないんじゃないかな?これはちょっとスゴイかも!もっとみんな親孝行すればいいのに。


そんな事を考えて芝生に横になって寝そべっていたら、いつの間にか夕暮れになっていた。

今日はとても充実した日だったと思う。だってボクは自殺するために『練炭』を買いに行ったのだから。

そして、いろいろと人生について深く考えてしまった。我ながらちょっと大人びた考え方をしてるかもしれない。これだとまわりの友達が、「あいつは大人すぎる!」って言われるかもしれないので注意しないとね。

とにかく一歩前進したことは確か。

さって、そろそろ家に帰るとするか。あんなお母さんだけど、ボクが遅く帰るときまって怒り出すんだから。家に帰って安心させてやるのもひとつの親孝行だしね。


ボクは夕焼けの空を見上げながら自転車を漕いだ。

「今夜の夕飯はなんだろう?」

そう思いながら、ボクは少し早めに自転車を漕いだ。


1995年10月3日 晴れ

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