日本封鎖編

 いつもどおり朝日が昇り、いつもどおり月が入れ替わろうとしている。

 人々もいつもどおりの一日を過ごし、またいつもどおりの明日を迎える。

 街もいつもどおりで何も変わらない。

 人も、街も、世界も、いつもどおり。

 ―――だが、何の前触れもなく、その「いつもどおり」が崩壊した。


「やっと会えるよ、カオル」




 西暦二二二二年十月三一日、日本の人口が三分の二も激減した。

 茜色に街が染まる時、突如人が人を襲い始めた。

 聞こえてくる悲鳴に、狂ったような嗤い声。目の前の恐ろしい光景に人々は逃げ惑うが、人の姿をした獣から逃れることはできない。

 転がる屍は誰なのか。人を喰らう人間は人間なのか。

 助けを求めようとも己以外に信じられる者はいない。

 ただただ人々は恐怖に陥った。




 そんな凄絶な光景を一人楽しげに眺める少年がいる。

 少年は美しい演奏を奏でる指揮者のように腕を拡げ、世界が奏でる音を自らの指揮で演奏する。

 月明かりに少年の顔が照らされ、左右別の色を宿す瞳が月明かりを反射している。

 幼く美しい顔が笑みを浮かべるが、それが微笑なのか嗤笑ししょうなのかわからない。

 少年はまるで表情を崩さない飾られたドールの様に見えた。


「人間はどんな生き物よりも欲深くて汚い。掃溜めのようなこの国の一斉清掃だ」


 少年の言葉に返事をするものはいない。聞こえてくるのは壊れる世界の旋律だけ。

 だが、突如響き渡っていた旋律が変わった――――。

 飛び交う黒に金色。

 目を凝らせば、それは黒の衣を纏い、金色の武器を振るう人間であることがわかる。

 謎の黒き者達は、次々と狂った人間を鏖殺おうさつしていく。

 助けられた人間は、ようやく恐怖から逃れるのかと涙を流した。

 そして、誰かが口にした。


「国つ神だ」――――と。


 その言葉が人々に伝染すると、逃げ惑う人々は口々に「国つ神様」と叫んだ。

 せ返るような血の匂いも忘れ、目の前に転がる屍も忘れ、人々はただ「国つ神」に助けを求める。

 差し出された救いの手をつかんだ人々は、一時の安心を手に入れた。

 だが街には大量の屍が転がり、目はその情景を容赦なく映し、人々の脳に消えない記憶を刻みつけた。

 



 気が付けば終えていた惨烈な現状。

 この世界に静寂が訪れたのは三日目の黄昏時だった。

 生き残った人々は憔悴し、悪夢を思い出すたびに狂い自我を失う。

 忘れたくても、夢だったのではないかと思っても、目を開ければ残酷な現実が突きつけられる。

 壊れた人間。壊れた街。そして、壊れた国。

 日本は世界から隔離され、国の外へ出る事も国の内へ入る事も赦されなくなった。

 世界から置き去りにされた国は、人々は、絶望し、立ち上がる術を失った。

 世界から見放された政府は呆気なく崩れ去り、日本の統制を行う者がいなくなると、さらなる崩壊が日本を襲う。


 だが、人々は忘れていなかった。


 あの悪夢から救い出してくれた「国つ神」を。


 人々は神の名を呼んだ。


 悪夢から国を救い出した彼らの名は「黒祇こくぎ」。


 そして、世界はこの日を「ハロウィン・ホラー」と呼んだ。


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