第10話 フラグの山盛り(一人前)
それからの十数日間は、目が回るような忙しさだった。
表イベントでは、ユーザー主催イベントを通すためユーザーコミュニティに話をつけに言ったり、混乱が続く職員会議に乗り込んだり……。
裏のイベントでも、『運営』全体での作戦会議が続いた。
しかし、トラの持つ意外なプロデューサーとしての才覚と、賛同者の数にモノを言わせたゴリ押しがなければ多分ユーザーイベント自体潰れていただろう。
辰己は、表の『性別逆転祭り☆女装大作戦』の方にも、裏のイベントの準備にも出ずっぱりだった。ただでさえ、蒼い顔がほとんど白くなっていた。
しかし、イロモノライブとはいえ、手は抜けない。
下手な歌はばっちり矯正させられ、ダンスも足をもつれせさせながらも、なんとか覚えた!
……なんだかんだ言って、辰己は『性別逆転祭り☆女装大作戦』を楽しんでいたのだ。
裏イベントの方が心身ともに苦痛な分、楽しくはしゃげるこのお祭りを辰巳は心待ちにしていた。
だから、ライブ前日の土曜日になって、この仕打ちはあんまりなんじゃないだろうか?
その日は、遅れていた衣装合わせがようやく叶った日だった。
教室は、鏡やら衣装やらが運び込まれ、華やかな即席メイク室と化していた。
順次笑える顔に化粧されていたクラスメイト達が、照れ笑いで化粧鏡の前から出てくる。
みんな大笑いではしゃいでいた。
辰己も順番を迎え、顔に白粉やら、コンシーラーなどをすりこまれる。
……こころなし、メイク係の顔が引きつってきた。
なんとか終わった。終わってしまった――。
辰己はライブ用の化粧を施された顔で、わくわくしながら見守る面々を見回す。
囃し立てようとしていたクラスメイトたちの顔が、
……一斉に『ムンクの叫び』になった。
冗談とは思えぬ苦しみ様! 局地的バイオハザード! 圧倒的ムスカ状態!
「え、……。え?」
呆気にとられたのは辰巳だけで、みんなのたうち回っていた。
悟りきった顔で、床にダイイングメッセージを書き遺している生徒までいる。
『顔に! 顔に!』
地獄となったクラスで、それでも健気にも震える声でお世辞を言おうとした奴がいる。トラだ。
「お、び、美人やな、辰己」
しかし、辰巳が一声出す前に、みるみる目に涙を貯め震えだす。
終いには、トラは辰巳の肩を掴んで揺さぶりはじめた。
「……くっ、どうしてこんなになるまで放っておいたんや! しっかりせぇ、故郷に帰ったら結婚式上げて、コ○ ンくんに会って、田んぼの様子を見に行くんやろ!?」
……これはひどい。
「フラグ満載じゃねぇか! ねぇ、俺、そんなひどいの!? メイクでどうにかできるだろ普通!?」
辰己のメイクを担当した演劇部の部長が、がっくり膝をつく。
この世の終わりがきたような絶望っぷりである。
「……完敗だ。小学生の時から演劇メイク専攻してきた僕でも、これはリカバリー出来ない。確かに、ジャガイモに化粧してもジャガイモでしかないよな。人類の限界がよくわかったよ。すまない先人たち」
「まず俺に謝るべきだろうが! ジャガイモと比較って俺哺乳類以下じゃねぇか! なぁ、ひかるはわかってくれるよな!?」
「え、……。あ、急にカメラが!」
パァァァアン!
ひかるが辰巳の姿をとらえた瞬間、タブレットのカメラが爆発した。
沈黙。
「まさか、リアルで爆発するとか思わなかったよ……」
妙に優しい顔でタブレットを撫でる辰巳。自分の方が破裂したい気持ちである。
その背中に、トラは恐る恐る声をかけた。
「辰己ぃ。お前の顔面死亡フラグ、客席に出すわけにはいかんわ。お前の顔見て、『こんな所にいられるか、俺は自分の部屋に帰るぞ』とか言われたらかなわん」
酷いけど、わかってくれ。これも愛なんや……とトラは涙ながらに語った。……時代劇か。
辰己は振り返って涙目で睨みつけた。
「なんだよ、客が帰るから困るってか」
「いや、フラグ的に大量殺人が起こるかもしれんし……」
「起こらねぇよ!」
そんなに、酷くてたまるか! 俺はメドゥーサじゃねえんだよ。 見ろこの可憐な笑顔!
辰己は、精一杯の笑顔で鏡に微笑んだ。
ッガシシャーーーン!
鏡が、割れた。
きらきらときらめくガラスの破片が降り注ぐ中、辰巳はフッとキザに笑った。
「俺、裏方になるわ……」
「……そ、そうしてくれ」
死屍累々のクラスで、トラが一言上げて力尽きた。
辰己の美しさとは罪だったのだ……。
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