第9話 【study buddy】自身の手で幕を。
辰己の予想に反して、運営長は難しい顔で辰巳の説明を聞いていた。
何としてでもこのイベントを通さなければならないのに、反応が悪い。
だが、リカバリーしようにも何が悪いのかわからない。
しまいに辰己は、頭を下げて懇願した。
「お願いします! なにより【study buddy】のことを考えている作戦はこれ以上ありません。 ユーザーの士気は、俺たちしだいですが、必ず結果を出しますから……」
う~ん、と唸ったっきり運営長はぷにぷにの腕を組んだ。
「難しいね。反対派の意見に、学校の風紀が乱れるというのがあった。女装となれば風紀が乱れるってもんじゃないし……」
「運営長!」
運営長は、辰巳の目を見て滔々(とうとう)と諭さとした。
「辰己、勘違いしちゃいけない。俺たちが相手にしなければいけないのは、廃止派だ。確かに【study buddy】とユーザーのためというならこれ以上ない作戦だと思う。しかし、廃止派を納得させられないなら、【study buddy】の男体化はずっと続き、下手をするなら【study buddy】自体が消えるかもしれない。……優先順位を間違えちゃいけないよ」
辰己は、ぐっと言葉を詰まらせた。
普段、”たっつー”呼びの運営長が、”辰己”と名を呼んだ。これは、本気の証だ。
だが、辰巳もやすやすと引き下がれない。
この作戦を意地でも通さなければ、ひかるたちは傷ついたままだ。
「……廃止派は他に何と言っているんですか? 言われたところ、全部直しますから!」
縋るように尋ねた辰巳に、運営長はため息を吐いた。
「言い分は様々……リアルとの区別がつかなくなる。女の子に興味が持てなくなる。あぁ、学業に差しさわりがある、っていうのには笑っちゃったな。【study buddy】のおかげで、磯上高校は進学校に数えられるまでに偏差値が伸びたのにさ。酷い話だ。……まぁ、俺が思うに、彼らの言い分はほとんど言いがかりだよ」
「言いがかり……?」
「多分、教師たちは怖いんだと思う。自分が理解できない熱気が、学校全体を取り巻いていること。【study buddy】が授業にも使われだして、どんどん自分の居場所が浸食されている気がすること。恐怖心というのは理屈じゃないからね。実力行使してまで、原因を取り除きたくなるのも無理はない」
辰己は、押し殺した声でぽつりとつぶやいた。
「勝手だ……」
「そう、だけど切実だ。そんな中【study buddy】の有用性を示すには……教師に出来ないが【study buddy】が出来ること。それでいて教師の領分を侵さないこと。この二つを提示しないと、廃止派は納得しないだろう」
そんなことが出来るとは到底思えなかった。
しかし、ここで俺たち『運営』が諦めるわけには、いかない。
俺たちは【study buddy】を守る。
……そう、たとえ、どんな手を使ってでも。
ずっと前に思いついていたけど、あまりにもむごいので捨てたはず策が、辰巳の脳裏によぎった。
「反対に言えば、その二つさえどうにかできればチャンスはあるわけですね」
低い声で静かに呟く辰巳を、運営長は訝しげに見つめた。
「うん。廃止派も引っ込みがつかなくなっている。彼らのメンツを保たせて、うまく幕を引かないと……あるのかい。そんな方法が」
神妙に頷いて、辰巳は身を乗り出した。机にドンと両手をつく。
「運営長、二面攻勢でいきましょう。ユーザーと【study buddy】向けのイベントはうちのクラスがやります。ただし、これは陽動です。裏では、対教師および、ユーザー向けのイベントを『運営』が進めます。うまくいけば、【study buddy】の有用性を廃止派に示せる」
「デメリットは?」
真剣な面持ちで、聞き返してくる運営長に、辰巳は一瞬口ごもった。
一つ息を吸うと、決意に満ちた声で、宣言した。
「……『運営』が今まで以上の非難を被ることになります。だから事態の収拾には、全責任者として俺を突き出してください。【study buddy】システムには運営長が必要だ」
驚いたように運営長は目を見開いた。
しかし、一拍置いて、運営長はくつくつと笑った。
「甘く見てもらっちゃ困るよ。俺一人が倒れて終わるほど、うちの『運営』は脆弱じゃない。責任なら俺が――といっても辰己は責任取りたがってるって目してるなぁ。じゃあ、運命共同体ってことにするか。刺激的だねぇ。重圧ってのは分け合うもんだ。潰されないように俺にも少しよこしなさい」
「運営長……」
「まぁ、責任云々は概要を聞いてからの話だけどね。さぁて、どんな作戦だい? なんだかわくわくしてきた」
いたずらっ子のような声をしながらも、運営長の目は真剣だ。
辰己は、目に力を込め、静かに作戦を告げた。
「――【study buddy】自身の手で幕を。彼女たちの最期の言葉を、ユーザーに届けます」
運営長は、絶句した。
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