男子高校生と電脳少女たちが挑む《第6次バレンタイン戦争》

北斗

第1話 電脳少女とデスマーチ


 前略

『運営』所属の台詞監修者、デスマーチの末夜中に暴れて、自宅の机の角に頭ぶつけて昏倒。

 なお、安らかな死にg……寝顔のもよう。


 □ □ □


 翌朝。

「はッくしゅ」


 くしゃみと共に目が醒めてみれば、そこはとっ散らかした自室でした。

 盛大にめくれ上がったカーペット、床に散らばる筆記用具。

 椅子は、なぜかドアの近くで所在なく転がっている。


「昨日何が……、頭痛くて思い出せない」


 呆然と座り込んだまま、辰巳は頭を抱えた。

 なぜか、床で寝ていたので体が痛い。頭にはたんこぶまでできていた。


「きのうは、ご乱心でしたね……」


 見上げると、壁に掛けられたタブレットから拗ねた声がする。


 辰巳の【study buddy】の黒田ひかるだ。

 彼女たち【study buddy】は、生徒達の勉強をサポートするために開発された疑似人格を持つ人工知能である。

 私立磯上高校の生徒一人ひとりが、入学時に相棒として選ぶことになっている勉強のパートナーだ。

 ちなみに磯上高校は男子校なので、【study buddy】はほぼ女子となっている。


 数年前、当時の在学生が開発した【study buddy】は、今は紆余曲折を経て生徒有志による『運営』の管理下にあった。

 その数250種。依然イベントごとに増え続けている。

 全員のキャラが違い、好感度も個々の生徒の行動にきっちり反映していた。


 勿論、【study buddy】は学習支援のAIなので、そのへんも抜かりない。

 デイリー任務と称して、英単語の暗記をこなすことが求められたり、遠征と称して部活の出席が実績になったりする。

 また、実績に見合った報酬があり、衣装の解禁や持てる【study buddy】の数が増加する報酬があった。


 ……生徒もノリノリでこなしているとはいえ、『運営』もやりたい放題である。

 開発者の顔が見てみたい――いや、辰巳の幼馴染の先輩なので顔は知っていたが。ぶっとんだオタクだった。ちなみに、今はアメリカに居る。

 何はともあれ、【study buddy】の高度な感情パラメータシステムのおかげで、もはや、学校では【study buddy】は、ヒトと同じように扱われつつあった。


「ひかる。これ全部俺がやっちゃったの?」


 部屋の惨状を指さす、辰巳。


「えぇ、そうです。真夜中に辰己さんが変なテンションになっちゃって、こんなことに。それから、気絶するように寝ちゃうんですもの。気が気じゃありませんでした」


 ジト目で拗ねられた。

 口をとがらせるのすら可愛かったが、それを言うとますます拗ねるのがわかっていたので辰己は素直に謝った。


「ごめん。校正の締切近くてテンパった。早くやらないと俺のせいでイベントが詰んじゃうし」


 辰己の声は、疲れで沈んでいた。

 ほとんど、デスマ中のプログラマーに近い。


「そ、それを言われると、【study buddy】の私としては、応援するしかないのですが……。いやいや、それで辰巳さんが体調を崩されては困ります。私も心配ですし」


 モゴモゴと口ごもるひかるをよそに、辰巳は緩慢な動きで立ち上がる。

 机にはイベントのプリントが積み上げられていた。

 表紙にはこんな文字が。


 《2015年期末テスト 通称:第6次バレンタイン戦争》企画書(極秘)


 ――あと1ヶ月後に迫った『運営』の定期イベントである。

【study buddy】が実装される以前から、毎年2月14日には磯上高校の期末テストがあった。

 勉強を盛り上げるための『運営』としては、このテストを見逃す手はない。

『運営』は、試験をイベントに仕立てあげるためにありとあらゆる手段を講じた。

 その結果、期末テストは、テストの結果次第で【study buddy】からチョコをもらえる、通称バレンタイン戦争というイベントにすり替わってしまったのである。

 一体、この学校はどこまで『運営』に浸食されているのか。

 ……弱みでも握られているのかもしれない。


 一方、辰己は、このイベントをどうやって凌しのぐかで頭がいっぱいだった。

 なにを隠そう、辰己も『運営』の一員だ。

 担当は、キャラクターのセリフの監修。【study buddy】のイラストの一部も担当している。

 昨夜書いていたものは、勉強に励む生徒達に送るキャラクターの限定ボイスのセリフだった。

 ……勿論難航している。そもそも、250種のキャラを全部一人で書き分けるなんてどう考えても無茶だった。

 更に、テスト問題の文章を改変してキャラクターの口調に変える仕事も残っている。

 これも、回答率にもろに影響するのだ。手は抜けない。


 イベントに追い詰められた精神。そして、タブレットの中で心配そうな声で諭すひかる。

 とうとう辰己は逆切れした。


「だって、だって、しょうがないだろ! 俺だってもうやだよ……。あったかいお布団でぐっすり寝たいし、カロリーバーにももう飽きたよ!」


 顔を覆ってめそめそと泣く辰己。女々しくて色々つらい。


「う……。その、心中はお察ししますが……」


 ひかるは、怯んでそっと目をそらした。

 そこまで、手が足りないなら誰かに代わってもらえばいい――とは、ひかるも言えない。


 辰己は、創成期の開発メンバーの一人だった。

 卒業した前リーダーに後を任されて、それを引き受けてしまった過去がある。

 どのみち他人に任せても監修は自分でやらなければいけない。仕事は尽きなかった。


 ふらふらと、辰巳は机の上のノートを見下ろした。

 ミミズがひきつけを起こしたような字が並んでいる。

 字をなぞる指ですら、こっくりさんをやっているかのようにおぼつかない。

 辰己は、震える低音のデスボイスで読み上げた。


「頑張ってお兄ちゃん(ハート)」


 たちまち死にたい気分に襲われた。


「ほんと、何やってんだろうねー、俺。傍からみれば、高校生がはぁはぁしながらエロゲのシナリオ書いてると思われても仕方ないわ」


 死んだ目でブツブツつぶやく。口からエクトプラズムが出かけていた。


「え、エロゲって……」


 一瞬絶句したひかる。赤い顔のままうろたえたが、咳払いするとビシッと敬礼して見せた。


「コホン。不肖、黒川ひかるが保証します! 大丈夫ですよ。辰巳さんの努力のおかげで皆さんの成績が上がっているんです。これは、すごい事ですよ! そんなに卑下しちゃだめです」


 ひかるの優しい言葉にほだされて、辰巳の恨み言がボロボロとこぼれる。


「俺にこれを任せた先輩を、恨みたい……」


 さめざめと泣く辰己。徹夜のダメージがもろにキていた。


「辰巳さん……。そうだ、朝ご飯にしましょう。お腹がいっぱいになれば、落ち着きますから、ね? ひかるの特製レシピをお教えしますから」

「はい……」


 辰己は、ひかるのタブレットを抱えたまま階段をフラフラと降りていく。

 今日も長い一日になりそうだった。

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