(13)「そんなこと言ったっけ」

 

 涼宮ハルヒコと出会ってからのことをふりかえると、すべてが空回りで、肩すかしに終わった気がする。

 来るはずのない宇宙人を待ち続ける男子が、普通きわまりない女子を強引に誘って、SOS団なる組織を立ち上げ、それなりのことをする。しかし、劇的な変化が世界に訪れることはなく、地球はあいかわらずの自転速度を保って悠々と回っている。

 そう、宇宙人や超能力者が、やすやすと出てくるほど、世の中は甘くないのだ。

 そんな涼宮ハルヒコの暴走は、いつの間にか私に向けられ、私は防衛本能をいかんなく発揮して、すべてを粉々にうちくだいたのである。

 実に困った話だ。他人に話しても「ふうん、それで」の一言で片付けられそうである。

 あのあと、逃げるように帰った涼宮ハルヒコと、取り残された私のみじめさといったら、筆舌につくしがたい。だが、そんな哀れな私たちをよそに、夜は終わり、朝は明けるのだ。

 翌朝、私はいろいろな試みをしたもののうまくいかず、不機嫌なまま学校に向かった。教室に入ると、彼の姿が目に入る。いつものように、窓をぼんやりと見ている。

 何か言葉をかけようと思ったが、なんと言えばいいのかわからず、無言でその前の自分の席に座った。

 かばんの中身を出していると、後ろから声がする。

「なあ?」

「なによ?」

 私はふりむかずに答える。

「どうして、今日は髪を結んでないんだ?」

「そんなの私の勝手じゃん」

「でも、髪を結わないで来るなんてはじめてじゃないか」

「別にこだわりがあったわけじゃないし」

「なんていうか、しっくりこないんだよな」

「なにが?」

 しつこく食い下がる彼にたまりかねて、ふりかえる。すると、彼は当たり前のようにこう言った。

「そりゃ、おまえのポニーテール、似合ってたし」

「あんた、三つ編みが好きだとか言ってたじゃん」

「そんなこと言ったっけ」

「言った。だから、今朝ぐらいは、そうしようと思ったんだけど、全然ダメだったから、やめたの」

「なんで?」

「なんでってそりゃ」

 いつの間にか、普段と変わらぬ調子でしゃべっている自分がいる。うっかり、涼宮ハルヒコのペースに乗せられてしまった自分が恥ずかしく、私は彼から目をそらす。

「昨日のことは忘れてよね。私も忘れるから」

「ああ」

 そう言って、彼は苦々しく舌打ちをした。

 朝のホームルームで、先生が帰りに席替えを行うと言った。今日は六月一日。はや、入学して二ヶ月がすぎたということだ。

 いろんなことがあった。私にとっては、まったく予想外の高校生活となってしまったけれど。

「ねえ」

 私は声をかけた。後ろに涼宮ハルヒコがいる日は、今日で最後になるかもしれない。そう考えるとなごりおしかった。

「もう二ヶ月たったのよ。入学してから」

「まだ二ヶ月だろ」

「ということは、残り二年十ヶ月しかないのよ」

「なにがだ」

「だって、あんた、宇宙人を私に見せてくれるって約束したじゃん」

「いや、宇宙人だけじゃなくて、未来人、異世界人、超能力者もだ」

「同じようなもんよ。SOS団に許された時間は、あと、たった二年十ヶ月なのよ」

「まあ、そうだけど」

「それまでは、あんたと一緒にいてあげるからさ」

「へ?」

 情けない声を彼は出す。

「てことは、つまり」

 思わず、彼が立ち上がろうとする。果たして、どんな表情をしているのやら。私はそれを確認しないまま、姿勢を戻す。そして、ひとりごとのように、こう付け加えた。

「私、宇宙人は信じてないけど、神様は信じることにしたの」

「なんだよ、それ」

 私はそれに答えず、窓の景色を見る。

 窓の外では、あいかわらず雲がのらりくらりと動いている。いつもと同じ日常と、いつもと変わらぬ教室。だけど、私はそんな世界にいるのがうれしかった。

 

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