(5)「わかるけど、答えない」
我々SOS団が目指す「おとこ岩」は山の中腹にある。いっぽう、私が毎日通う北高は丘の上にある。二ヶ月足らずの登下校を経て、すっかり健脚になったと自分では思っていたが、その見こみは甘かったようだ。丘と山では、坂道のきつさが全然ちがう。
目的のバス停に降りて、二十分ほど遊歩道を歩く。私とイツキの女子組は、たちまち先頭集団から遅れ、SOS団の潤滑油こと朝比奈みつる先輩が、私たちにつきそってくれるようになった。
涼宮ハルヒコと長門くんは、すでに視界から消え去っている。あの長門くんが、涼宮ペースについているとは驚きだ。インドア派だと思っていたのだが、意外と体力あるのか。
「ここだよ」
少し前を歩いていたみつる先輩の声がする。私とイツキは、その言葉に元気を取り戻し、あわてて遊歩道を走る。
そこは、平地になっていて、展望台になっているようだ。粗末なベンチがあり、その近くに、例のおとこ岩はあった。
「キョン子ちゃん。これが、おとこ岩!」
調子のいいイツキの声を聞きながら、私はあきれ顔で納得する。ああ、そういうことか。
その岩は、天に向かってそびえ立っていた。といっても、高さは私の身長と同じぐらいである。そして、その形状は、男性のとある部分に酷似していた。
「キョン子ちゃん。おとこ岩には、別の名前があるんだけど、なんだと思う?」
「わかるけど、答えない」
きわめて平板な声を私は返す。まったく、なんでこんなものが存在するのだろう。弟のいる私ならともかく、例えば、いたいけな小学生の女の子が、この岩のことで男子にからかわれる光景を想像すると、私は胸が痛む。存在自体が悪である。撤去するように市役所に申請書を出してもいいぐらいだ。
「やっと着いたか」
奥のほうから、涼宮ハルヒコと長門くんが出てくる。
「この近くにある防空壕跡なんだが、入口が崩れていて、中に入れそうなんだ」
「まさか、団長、これからその中に入るっていうんじゃないよね?」
さっきまで私をからかっていたイツキの顔が青ざめる。
「俺はそのつもりだ」
そして、私たちを見まわして、こう言う。
「怖かったら、ここで待っていればいい。全員行く必要ないしな。なあ、長門?」
「そうだな。中は狭いから、せいぜい三人までだろう」
三人まで? エレベータじゃあるまいし、なぜ、定員を決める必要があるのかと思いつつ、私はとっさにみつる先輩を見る。
「ちょっと、みつる君はここにいてくれなきゃ」
そんな私よりも先に、イツキが声を出していた。
「えー。僕だって男なんだから、ここは入るべきでしょ?」
「実際にユーレイがあらわれて、外に出てきたらどうするのよ。あたしとキョン子ちゃんじゃ、とても太刀打ちできないし」
そんなイツキの言葉に、みつる先輩は安堵のため息をもらしたようだ。男ぶってみたものの、どうやら、あまり行きたくなかったらしい。
「わかったよ。僕はここに残ってるよ」
「じゃあ、俺と長門の二人だけってことか。まあ、そっちのほうが気楽でいいんだけどな」
「彼女はどうするんだ?」
涼宮ハルヒコのセリフに、長門くんが予想外の反応をする。そして、私のほうをじっと見る。あれ? 私、何か期待されている?
「キョン子? こんなヤツ、ついてきても足手まといになるだけだし」
しかし、涼宮ハルヒコは私の返事を待つことなく、当たり前のように、そう口にする。
おそらく、この涼宮ハルヒコの言い方が問題だったと思う。私はカチンときたのだ。
「私、行くから」
そんな私の言葉に、みつる先輩とイツキは驚く。
「ちょっと、キョン子さん」
「ユーレイ出るわよ。本気なの?」
「私、霊感はないほうだし」
そう言ったあとで、私は考える。どうせ、防空壕といっても、中はそれほど広くはないだろう。戦争が終きたのは遠い昔の話。今さら変なものが転がっているとも思えない。
それよりも、涼宮ハルヒコの物言いが許せなかった。せっかくみんなが集まっているというのに、一人で何でもしようとする彼の姿勢が。
「そんな身なりでだいじょうぶか、キョン子」
「まあ、中は広そうだから、その心配はないと思うが」
二人の言葉に私は、問題ない、とうなずいてみせる。
こうして、涼宮ハルヒコと長門くんと私の三人が中に入り、みつる先輩とイツキが外でお留守番となった。
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