(3)「いつからこんなことやってるの?」

 

 涼宮ハルヒコは、中学時代にモテていて、いろんな子に告白されたらしい。彼はそれを断らずに、必ず、一度デートをした。しかし、デートといっても、映画を見たり、ショッピングに付き合うというような、女の子を楽しませることをまったくせず、自分本位に街を歩きまわるだけだったらしい。

 相手のことを考えずに勝手きままに歩く彼と、それを追いかけるだけの女の子。彼の背中に従うことしかできない彼女は、かわいく見せるために、精一杯おしゃれな格好をしている。でも、彼はそれを一瞥しただけで、何も言わない。もし、彼女が足をくじいたとしても、彼は気づかないだろう。しばらくしてふりかえったとき、うずくまっている彼女を彼がどんな眼差しで見るか、私にはありありと想像できる。

 こうして、へとへとになった女の子に向かって、彼は最後にこう言うのだ。

「ごめん、俺、やっぱり、普通の人間に興味持てないんだ」

 しかし、私たちはそんな関係ではない。そりゃ、涼宮ハルヒコは、もうちょっと女心を知るべきだとは思う。みつる先輩みたいに、さりげなく服装をほめたり、相手に合わせて歩いたりしてほしいものだ。

 とはいえ、そんな物分りのいい涼宮ハルヒコになってほしくない気持ちが私にはある。涼宮ハルヒコらしさとは、他人を無視してひたすら突き進むところであり、それがためにわけのわからないものを見つけてしまったりする。そんな意外性に期待して、私は彼と一緒にいるのだと思う。

 まわりから見れば、私は新たなる涼宮ハルヒコの犠牲者だと思われるかもしれないが、決してそうではない。これまで彼の犠牲になった女の子に心から同情した後で、私は声をかける。

「ちょっと、あそこの公園に寄らない?」

 彼は立ち止まって、不機嫌そうに言う。

「なんでだよ」

「だって、歩きまわるだけなんて、一人でもできるし」

「まあ、そうだけどさ」

「だから、計画をたてるために、ひとまず休憩」

 彼はそんな私の言葉に、明らかに面倒くさそうな表情をする。ちょっとは、私と一緒に歩くことに恥じらいとか見せてほしいものだが、やはり、私はそういうポジションにいるわけではないらしい。いったい、私は彼にとって何なのだろう。友達? 仲間? それとも、それ以外の何か?

 彼をベンチにおとなしく座らせたあとで、自販機でお茶を買う。彼に声をかけるが、何もいらないと答えた。

「なあ、いつも疑問なんだが、女子のバッグって何が入ってるんだ?」

 戻ってきた私に、彼はそんな声をかける。

「あんたこそ、何持ってきてんの」

「そりゃ、懐中電灯とか地図とかコンパスとか……」

 彼はバッグの中をゴソゴソしてそれを見せようとする。わかったから、と私はすばやく制止する。おまえのも見せろよ、という話になると困ったことになる。

「なんだか、いろいろ入れてるみたいだけど、飲み物すら入ってないんだろ? 実用性に欠けるじゃないか」

 いやいや、女の子というのは、いろいろ大変なんだ。男子にはわからないだろうが、いざというときに備えてだな。まあ、実用性には疑問があるものもいっぱい入っているけれど。

「それよりも」

 彼は携帯電話を取りだして何やら操作する。すぐさま、近くで着信音が鳴る。それにあわてる音と、なんでマナーモードにしないのよ、という女子の声。

「って、あんたたち、なんで、こんなとこにいるの?」

 私の言葉に、きまりが悪そうな顔で茂みから出てきたのは、みつる先輩とイツキ。ちゃっかり木陰には、長門くんの姿もある。

「いや、まあ、たまたま」

「おい、ちゃんとしろよな、みつる」

「ほらほら、みつる君、団長命令よ。さっさと街の不思議を探しに行かないと」

 調子のいい声で、イツキがみつる先輩を引っぱって、遠くに去る。長門ユウキも無言で後を追う。

 こうして、三人が視界から消えたあとで、涼宮ハルヒコがため息をこぼした。

「だから、みんなで仲良くっていうのがイヤなんだよ。一人でやるよりずっと疲れる」

 反論できる言葉が見つからない。やはり、涼宮ハルヒコに集団行動の大切さを教えるなど、どだい無理な話だったということか。

「それにしても、いつからこんなことやってるの?」

 ふと、私はそんな質問をする。

「こんなことって?」

「街の中を歩きまわって、何かを探したりすることよ」

「そうだな。レオがいなくなってからだな。こんなことやってるのは」

「レオって?」

「ああ、飼っていたシェパードの名前。白かったから、レオって名づけたんだ」

 そして彼は空を見上げる。

「レオは俺にとって、もっとも親しい家族だった。決して、ペットと飼い主だなんて関係じゃない。言うなれば、レオは俺にとって、弟であり、兄だった。俺とレオとの間には、二人にしかわからない、いろんな会話があった。言葉なんて必要なかった。一緒にごろごろ寝転がってるだけで幸せだったんだ。俺にとって、それぐらい大切な存在が、レオ」

 私はペットを飼ったことがないので、犬を自分の家族と見なす感覚がわからないのだが、口をはさまずに、彼の言葉を耳をすませる。

「小学六年のとき、そんなレオがいなくなったんだ。俺にとっては、兄弟が行方不明になったのと同じことだ。何かの冗談だろうと思ったが、夜になってもレオは戻ってこなかった。探しに行こうとしたら、暗いから危ないと止められた。だから、ポスターを作ろうと考えた。小六の頭で思いつくことなんて、それぐらいしかない」

 私はお茶を口に運びながら、そんな話を聞いている。こんな真剣な彼の口調は、もしかすると初めて聞いたかもしれない。きっと、私よりもずっと大事な存在なんだろう。そのホワイト・シェパードのことが。

「それから、いろんなヤツを頼って、ポスターを駅で配ったり、店に貼ってもらったりした。あまりにも俺が必死だったからだろうな、数日後、親父にこう言われたんだ。『信じたくないかもしれないが、おそらく、レオは死んだんだ』。俺は泣きわめいた。そんなはずがない、と。でも、そうだよな。もし、生きてるんだったら、俺のところにぜったいに戻ってくる。どんなことがあっても、俺には必ず何かを伝えてくれたはずなんだ。だから、その次の日から、俺はもうポスターを配ったり、そういうことはやめることにした」

「つまり、レオが死んだことを受け入れたってこと?」

「いや、実はレオが死んだとは俺は信じなかったんだよ。なんていうか、普通のやり方じゃダメなんだと考えたんだ。でも、死んだと信じるふりをしないと、親は悲しむし、手伝ったヤツらにもしめしがつかない。そこからは、一人でやろうと思った。レオが生きているか死んでいるかを、俺自身が納得するために」

「じゃあ、宇宙人とかを探してるんじゃなくて、レオを探してたってわけ? それがSOS団とか立ち上げた本当の理由?」

「そういうことじゃないんだ。俺だってさ、今でもレオがどこかでピンピンしているとは思っちゃいないよ。ただ、そういう事実も起こりえることに気づいたんだ。当時の俺にとって、レオがいなくなるなんて、世界の半分がなくなるのと同じことだったからさ。それに比べりゃ、宇宙人や未来人、異世界人、超能力者を信じるなんて、ずっとたやすいことだ。俺の世界の見方が変わったんだよ。レオがいなくなってから」

 うーん、それだったら、レオをよみがえらせるために、生き返りの秘術を学んだほうが、まだ現実的のような気がするだけど。私は首をかしげながら聞いている。

「例えばさ、おまえ、地球が丸いってこと、証明できるか?」

 不意にたずねてきた彼の言葉に、私は少しばかり戸惑いながら答える。

「そりゃ宇宙から撮った映像があるわけだし」

「それが、本当に地球の姿だとおまえには言いきれるか」

「でも、教科書にはそう書いているし、テストに『地球が丸いだなんて僕には信じられません』と答えたら点数もらえないじゃん」

「そりゃそうだ。テストなんて、暗記力を試しているんだからな。だけど、それで納得できるかとなると、話は別だ」

「でも、そうやって信じないと、ついていけなくなるじゃん。この世界のことなんて」

 そう、私のまわりには、すでにわけのわからないものに囲まれているのだ。例えば、電子レンジ。扉の中でどんなことが行われているか、私にはさっぱりわからない。でも、電子レンジの使い方はわかる。いちいち、疑問を感じていたら、きりがないじゃないか。

「実は、地球が丸いと証明する方法は、いろいろあるんだ。海から船を見てりゃわかるし、影の長さを南北異なる場所で測ってもわかる。そういうことを知ろうとせずに、ただ『地球が丸い』ことを常識として受け入れるのが嫌いなんだよ、俺は」

 これが好奇心というものなのだろうか。意外にも、科学的に物事を考えていることに驚かされる。すっかり頭の中は、宇宙人や超能力者のことでいっぱいなのかと思っていたが、いちおう、科学というのも信じているのか。

「ニュートンはリンゴが落ちるのを見て、万有引力に気づいた。俺が同じ光景を見て、同じ真理に達するとは思えない。つまり、俺は世界のことを全然知らないということだ。だからこそ、俺は世界の怪奇現象を、ウソっぱちだと決めつけようとは思わない。もともと科学だって、錬金術みたいな怪しい学問から発展したものだ。俺だってあきらめなければ、いつかきっと、誰も知らない真実を見つけることができるはずなんだ。それって、とても面白いことだと思わないか?」

 そんな調子だと、死ぬまで宇宙人を追いかける羽目になるのではないか。自分が納得しないと認めないなんて、大変な生き方だと、他人事ながら思う。

 いや、だからこそ、彼は、バカなことをやり続けているのだろう。私が公園のベンチを求めて歩いているとしたら、彼は太陽に向かっているようなものだ。そりゃ、他人にペースを合わせる余裕がないはずだ。

 もしかすると、こういうヤツが、将来、ノーベル賞をもらうのかもしれない。とすれば、人類の未来のためには、彼にとっとと宇宙人をあきらめさせて、学究の道へと向かわせるのが、私に与えられた使命なのだろうか。

「で、あいつらはどうしてるのかな」

 いろいろ話をして機嫌よくなったのか、彼は軽快に携帯電話を操作して、それを耳にあてる。しかし、予想に反して、私のすぐそばで「ひゃん!」という色っぽい声が聞こえる。ちょっとちょっと、という男子の声とガサガサ動く音。まさか。

「おい、おまえら、なにやってんだよ」

 てへへと笑いながら、みつる先輩とイツキが顔をだす。いつの間に、ここに戻ってきたんだ、あんたら。

「あれ、長門は?」

 涼宮ハルヒコの声に、みつる先輩はまわりを見わたす。

「さっきまでいたと思ったんだけど」

「だよね。トイレにでも行ったんじゃないの?」

 いったい、この二人は何を期待していたのだろう。私と涼宮ハルヒコとの間に交わされる会話なんて、面白味もなんにもないものばかりだぞ。たぶん、これからも。

「もしかして、長門君、誘拐されちゃったりして」

 おどけたみつる先輩の言葉に、私は笑う。

「高校生を誘拐するなんて、そんなのあるはずないじゃん」

「でも、メガネ君の家って、大金持ちなんだよね」

 イツキが口をはさむ。

「うん、あの製薬会社オーナーの息子だからね。誘拐する価値はあると思うよ」

「だったら、北高じゃなくて、どっかの良い私立に行けばいいのにね」

「まあ、長門くんは次男坊らしいから。いろいろ金持ちなりの理由があるんじゃないかなあ」

 なんと。さりげなく出てきた長門くん情報に、私は驚きを隠せない。近寄りがたい雰囲気がある男子だと思っていたが、金持ちの御曹子だったとは。そりゃ、文芸部室の棚をSF小説にぬりかえることなんて、わけないことだろう。

 そんな彼が、なんでSF小説なんてものを読んでいるのだろう。経営学とか帝王学とか、もっと読むべき本があるんじゃないか。

 いや、だからこそ、彼はSFみたいな荒唐無稽な本を読んでいるのかもしれない。きっと、長門くんの身の回りでは、庶民にはわからない血みどろの権力争いが繰りひろげられているのだ。札束を見慣れているからこそ、奇想天外なSFでなければ、満足できなくなったのだ。私みたいな普通の女子高生だったら、ただのラブストーリーで感動できるというのに、金持ちというのも大変だな、と彼に同情する。

 なかなか姿をあらわさない長門くんに、涼宮ハルヒコのいらだちが積もっているようだ。まったく、これだから、みんなで仲良くっていうのはイヤなんだよ。そんな彼の声が聞こえたような気がした。

 

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