(7)「みつる、それは俺が言うべきセリフだ」
「あの地下室の存在は、先生たちも知らなかったんだって」
歩きながら、みつる先輩が話しかけてくる。
後ろでは涼宮ハルヒコが長門くんの肩を借りながら歩いている。私が肩を貸そうかというと断られた。男の意地、というものらしい。
「五年前の体育館拡張工事のときに、新しく用具室が作られて、地下室はなくなっていたはずなんだ」
「つまり、五年前に、秘密の地下室ができたってこと?」
「あたしもウワサには聞いてたんだけどさ」
イツキが会話に加わる。
「学校七不思議みたいなものだと思ってたんだよね。ところが、団長が秘密の地下室の存在に気づいちゃったんだ。一人で学校探索しているうちに怪しいことに気づいたのよ」
なお、私が降下した用具室にある穴は、下から開けることしかできない仕組みになっている。それとは別に、体育館管理室にその入口はあった。普段はその上に机を置いてある。つまり、先生の中に共犯者がいるということだ。
「たいてい、管理室には先生がいるから、なかなか入ることはできないけど、鍵があいたまま、誰もいなくなるときがあるんだ。そのときを見計らって、僕たち、中に入ったってわけ」
「誰もいなかったけど、あからさまに怪しかったのよね」
「それで、ハルヒコ君が、何が起こるかを目撃しようと考えて」
「長門くんが飛び箱の中に入ってた、と?」
私の問いに、みつる先輩がうなずく。
「こんな事態になるとは思わなかったけどね。そして、長門君は彼らと一緒にひそかに外にでて、それから先生たちに報告したんだ。長門君が脱出できるチャンスはそのときにしかなかったからね。後はごらんの通りさ」
あれ? 長門くんって、ずっと飛び箱にいたわけじゃなかったんだ。ナイフを持ったあの子と二人きりになったとき、ひたすらアイコンタクトをしていたのだが、まったく無意味だったということなのか。
「その後の作戦については、ハルヒコ君がたてたんだけど」
「団長が注意をひきつけて、倒されたらあたしたち二人が同時に動いて、場を静める。おそらく、誰かが逃げるから、そのときまでに、メガネ君が先生を連れてくる、とこんな感じで」
まさか、オトリのつもりでべらべらしゃべっているとは思わなかった。単に格好つけていたのかと思ったが、あれも全部計算ずくだったというのか。
「相手に主導権をにぎらせないためには、あのやり方しかなかったんだよ」
後ろからそんな声がする。
「どうせ、朝倉に正面きって挑んでも、かないっこないんだからさ」
「しかし、この作戦には不確定要素があった」
長門くんがめずらしく会話に加わる。
「そうだな、キョン子が何かしでかしたら、どうしようもなくなったからな」
「彼女はよく耐えた。軽率な行動を取らず、我々を信じてくれた」
「たいしたもんだ。いつものプッツンが飛びだすかと思ったものだが」
そりゃ、飛び箱の中にずっと長門くんがひそんでいると信じていたんだからさ。ちょっと恥ずかしいので、かんちがいしていたことは秘密にしておこうと、私は話題をかえる。
「それにしても、先生たち、こんな話よく信じてくれたよね」
「そりゃ、長門君が説明したからね。ハルヒコ君だったら、どうなったかわからないけど」
「なんで、長門くんなの?」
「だって、長門君といえば……」
「ちょっと待って!」
気づけば、文芸部部室のドアノブに手をかけたみつる先輩の後ろで、無意識のうちに中に入ろうとする自分に気づいた。私はまわりを見わたす。そんな私を見て、チッとイツキが舌打ちをした。
「もうちょいだったね」
「うーん、うまくいくと思ったんだけどなあ」とみつる先輩。
おいおい、これも作戦だったのか。いつの間にか、私を部室に入れさせるための。
「ねえ、ちょっといい?」
私は涼宮ハルヒコに話しかける。どうやら痛みはやわらいだようで、苦悶の表情ではなくなっていた。
「あんたは、私を部に戻すために、私を助けたんじゃないよね」
「まあ、そうだな。あくまでも名誉団員その1を救出すべく、自主的に活動をしただけだ」
「うん、わかった」
そして、私は力強くノブを回す。
「私、みんなに助けてもらって、すごくうれしかった。だから、もう一度、入部していい?」
「もちろんだよ、キョン子さん」
「いや、みつる、それは俺が言うべきセリフだ」
そして、彼はえへん、と咳払いをした。
「これからキョン子は、名誉団員その1から、団員その1に格上げとする!」
ええと、それは格上げなんだろうか。そんなことを言われても、全然うれしくないんだけど。そう戸惑う私に、横からイツキが抱きついてきた。
「もう、キョン子ちゃん、そんなわかりにくいことは抜きにしてさ。一緒にいろいろ楽しいことして遊ぼうよ」
「いろいろって、なによ」
ひょっとして、イツキちゃん、また私に何かをするつもりなのか。ちょっと後悔してきたぞ、この選択。
「まあまあ、中に入って。はたから見たら怪しいよ、二人とも」
そんなみつる先輩の言葉を聞きながら、私はふたたび文芸部室、いやSOS団本部に足を踏み入れたのだ。涼宮ハルヒコに手をひかれてではない。私の自身の意志によって。
たしかに、涼宮ハルヒコは変人で、みつる先輩は変態で、イツキは自分勝手で、長門くんは得体が知れない。でも、私はそんな彼らと一緒にいるのが楽しかった。たとえ、彼らにふりまわされる毎日になったとしても、かまわなかった。私はそんな毎日が好きだった自分に気づいたのだから。
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