涼宮ハルヒコの憂鬱(キョン子シリーズ Part1)
佐久間不安定
第一章
(1)「ただの人間には興味ない」
幼稚園年長だったときのクリスマスイブかそれに近い日。うちの園にサンタクロースが来ることになった。私は他の子と一緒に「わーい」と騒いだ。子供が笑顔だと、大人たちは気前良くなるものである。
ところが、私の隣の席で異変が起きていた。
「サンタさんは、いるもん!」
その金切り声に、私たちの「わーい」が、たちまち消えうせたのは言うまでもない。
その子は男子にちょっかいを出されたらしい。「サンタを信じてるなんてバカだな」とでも言われただろう。彼女はムキになって反論したわけだが、そのあとで隣の私に同意を求めてきたのだ。
「そうだよね? サンタさんはいるよね!」
私の人生の中でこれほど難しい局面はそうはない。ベスト3に入るといっていい。私はまわりを見わたした。誰もが私のことを見ていた。だから、私はこう答えた。
「うん、いるよ」
彼女は念を押す。ゼッタイに、ゼッタイよね。私はうなずく。うん、うん。
言ったあとで、私は恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。実は私だって気づいていたのだ。サンタクロースなんかいるはずないってことに。
世の中には、科学的に「いない」と思われるものがいろいろある。神様とか、幽霊とか、天使とか。私はそれらを「いない」とは言いきれない。でも「いる」と自信を持って答えるほどの確信はないわけで。
つまり、そういうものを「いる」「いない」と、はっきり答えを求めるほうがまちがっているのだ。神様を信じることで幸せな人がいたら、それでいいじゃないか。
だけど、私は「いる」と信じる側には立ちたくなかった。このときのように「いないんじゃないか?」と問われたとき、どうすればいいのかわからない。だったら、信じないほうがいいのだ。
こんな結論に漠然とたどり着いた私は、それから、良くいえば現実的、悪くいえば夢のない子供になった気がする。
もし、いつの間にやら部屋にいる猫がいきなりしゃべりだして、このステッキをふれば魔法が使えますよ、と言われたところで、私が無邪気に「えいっ」と杖をふるかどうかは、はなはだ疑問である。私はアニメや漫画を見ても、そのヒロインになりきることが、どうしてもできなかった。
そんな私だが、占いはそれなりに信じているし、ゲンかつぎだってする。ただ、それはみんながやっているからそうするだけで、うっかり朝の占いコーナーの内容を忘れても「ま、いいか」と思って、学校に行った。実際、それで何とかなった。
だから、高校に入学するこの日、自分の運勢が何だったかとか、ラッキーカラーが何色だったかとか、そういうことはさっぱり覚えていない。もし、「ハッピーな一日を送ることができるでしょう」と放送していたら、私はその番組の占いを二度と信じることはなかっただろう。なぜなら、この日こそ、私の15年間のありふれた日常を粉々に打ち砕く出会いが待っていたからだ。
入学式が終わってから、私たちは新しい教室に入った。同じ中学の子がちらほらいて、これなら高校生活も安泰だと思ったものだ。目立つことなく、普通の高校生活が送ればいいと思っている私は、前の人と同じような自己紹介をして、それなりの拍手でむかえいれられた。
ところが、私の後ろにいる男子、生涯忘れえぬであろう名前を持つその男は、一呼吸おいたあと、こう言い放ったのだ。
「東中出身、涼宮ハルヒコ。ただの人間には興味ない。宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、俺のところに来い。以上!」
私は驚いた。と同時にあきれた。心底あきれた。ここは小学校でも中学校でもなく、高等学校であり、かつ、地元では名の知れた進学校なのである。そんな冗談とは無縁の場所に私はいるはずだった。
しかし、思わずふりむいたときに見た彼の眼差しを、今でも私はありありと目に浮かべることができる。腕を組み、瞳を見開き、クラス全体をにらみつけるような視線を投げかけていた。まちがいなく、彼は本気だった。冗談のカケラもなかった。
不覚にも、私はそんな彼の表情をカッコいいと思った。言葉の内容を抜きにすれば、これほど堂々と自己紹介をする男子を、それまで私は見たことがなかったからだ。
やがて、彼は私に気づき、不審そうな目を向けた。私はあわてて首を戻す。ちょっと動悸が激しくなった。いやいや落ち着け、と自分に言い聞かせる。おそらく、彼は変なヤツだ。高校生になったんだから、クラスに変なヤツが一人ぐらいいてもおかしくない。少なくとも、彼が私の平和を乱すようなことはないはずだ。
残念ながら、それは大誤算だった。入学してから一ヶ月かそこらもたたないうちに、思い描いた高校生活とはまったく別の方向へと、私は追いやられることになるのである。この涼宮ハルヒコのせいで。
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