あたしだけが知っている。
天乃 彗
第1話
恭ちゃんは、朝7時に起きる。何故なら、あたしが起こすからだ。恭ちゃんに馬乗りになって、耳元で囁く。
「恭ちゃん、おはよ」
「……はよ」
返事をしつつ、恭ちゃんはもう一度布団を被った。それを慌てて引き剥がす。
「また二度寝! 遅刻するよ!」
「んぅー……」
恭ちゃんは寝起きが悪い。でも、そこで折れたら二度寝が始まってしまうので、頑張って起こさなければいけないのだ。
ゆさゆさと体を揺らす。すると恭ちゃんが不機嫌そうに半身を起こしたので、あたしはバランスを崩して後ろに転がった。
「てか、何で、お前、いんの」
「今更? 毎朝こうしてんじゃん。恭ちゃんってば、変なの」
「……そういうこと聞いてんじゃ、」
恭ちゃんが何かを言いかけたその時、一階から声が響いた。
「恭介! 華笑ちゃん! 朝ごはん出来てるよー」
「はーい! ほら恭ちゃん、行こ!」
あたしが恭ちゃんの腕をぐいぐい引っ張ると、恭ちゃんは大きくため息をついた。
恭ちゃんは、あたしの一個上。高校二年生だ。あたしは恭ちゃんのことを追いかけてこの高校に入学した。──恭ちゃんのことが、好きだから。
恭ちゃんはかっこいい。中学の頃からそうだったけど、高校に入ってからますますかっこよくなった。あたしが入学してまもなく、恭ちゃんがおモテになっていることを知って面食らったものだ。でも、無口で冷たい印象から、真正面から近づく女の子はあんまりいないみたいだった。あたしはしたり顔だ。恭ちゃんは無口で冷たいんじゃない。口下手で感情を表に出すのが下手なだけ。周りの人にはそう映らないみたいだけど。
そういう恭ちゃんのこと、あたしだけが知っている。恭ちゃんが何時に起きて何時に寝るのかとか、そんな小さなことから何から何まで。みんなが知らない恭ちゃんのこと、幼なじみっていう特権で、あたしだけが。それが『彼女』っていう特権じゃないのはちょっと残念だけど、それでも、恭ちゃんの部屋に自由に出入りできるのも、恭ちゃんのお母さんから恭ちゃん情報を得ることができるのも、みんなあたしだけなのだ。
今日も、恭ちゃんのお母さんが作ってくれた朝ごはんを食べてから、一緒に学校に行く。優越感とか、幸福感とか、ぜんぶぜんぶ感じるこの時間が一番好きだ。
* * *
「見てたよー、また一緒に来てたね」
「うふふふふ」
「うふふじゃねぇよ幸せ者!」
教室に着くやいなや、友達のなっちゃんにからかわれる。あたしはニヤニヤしながら席に着いた。
「一緒に登下校とかさー。なんで付き合ってないの?」
「そうなんだよねぇ、恭ちゃんからの告白待ってるんだけど、中々言ってくれなくて」
「でもまぁ、幼なじみだしねぇ? 今更言えないってとこもあるんじゃない?」
ここでもまた、幼なじみという壁が立ちふさがる。幼なじみっていうのは、特権でもあり、障害でもあるのだ。
「そうなのかなぁ! 最近ちょっと変だしさぁ。今朝だって、今更何でいるんだよとか言ってきたり」
「あっ! それってもしかしてさぁ、タイミングを見計らってるんじゃない?」
「タイミング?」
「そーそー、告白するタイミング! そのために、今までの関係をちょっと変えようとしてるんだよ!」
タイミング、かぁ。あたしはこのままの関係でもいいし、告白だっていつでもウェルカムなんだけど、恭ちゃん意外に照れ屋だしなぁ。やっぱりシチュエーションとか関係性とか、大切にしたいのかも。
「それにさぁ、誕生日じゃん! もうすぐ、あんたの!」
「あっ!」
「告白するにはもってこいじゃない?」
そっか! そうだよ!
恭ちゃん、そうやって温めてくれてるんだ。16歳の誕生日。女の子は結婚できる年だし。恭ちゃんはまだあと1年あるけど、もしかしたら、ぷ、プロポーズとかされちゃったりして!
「恭介先輩も、あんたの前じゃ隠し事できないかもしんないけどさー。もしサプライズするつもりだったら可哀想だし、怪しい動きしてても知らないふりしないとダメだよ~。男ってプライド無駄に高いんだから!」
「えぇ……!? 知らないふりかぁ、出来るかなぁ」
なんだってあたしは、恭ちゃんのことなら何でも知っているのだ。恭ちゃんが普段と違う素振りを見せたら、すぐにわかってしまう。でも、恭ちゃんに告白されるためなら、頑張って知らないふりしないと。
「されるといいねぇ、告白」
「うん!」
あたしはにやけてしまうのを必死で隠した。すると、予鈴がなって、なっちゃんが慌てて席に着いたのだった。
* * *
恭ちゃんの部活が終わるのを図書室で待つのはあたしの日課だ。何故図書室かというと、ここからなら校庭がよく見えるからだ。
恭ちゃんはサッカー部のエース。これまたモテ男の定番みたいな位置だけど、多くの女の子は遠くから黄色い声援を浴びせるだけなのであたしは心配していない。そんな女の子たちと一緒にはなりたくないから、わざわざ校庭には行かない。
そろそろ終わる時間かな。あたしはカバンを持って校門に向かった。いつもここで恭ちゃんを待つ。読み通り、あたしが校門に着いてから数分もしないうちに恭ちゃんがやって来た。恭ちゃんの姿が見えて、あたしはブンブンと手を振る。
「恭ちゃ──」
思わず声を止めたのは、隣りにサッカー部のマネージャーさんがいたからだ。えぇと、名前は確か、坂下さん。坂下さんがあたしに気づいて、こちらに向かって手を振った。
「えぇと、華笑ちゃん、だっけ? 蓬田の幼なじみの」
「ハイ……」
「いつも偉いねー! こんな可愛い子が待ってくれてるなんて蓬田が羨ましいよっ」
「可愛いなんて、そんな……」
偉い、わけじゃない。これはあたしの日課なんだから、偉いといわれる筋合いはない。でも、可愛いといわれたことは素直に嬉しい。坂下さんの言葉にもじもじしていると、坂下さんはさっきまで押していた自転車にまたがった。
「じゃあ私、行くから! またねー」
そして、颯爽と校門を抜けていく坂下さんの背中を見送った後、恭ちゃんに向き直る。
「何話してたの?」
「何って、いろいろ。相談とか」
「相談……?」
恭ちゃんの言葉をおうむ返しして、ふと、今朝のなっちゃんの言葉が頭をよぎった。誕生日、サプライズ。恭ちゃんにとって一番身近な女の子が自分だっていう自覚はある。でも、そのあたし当人に、サプライズの相談なんてできないよね? だから、その次に身近なマネージャーさんに相談?
だとしたら。恭ちゃんってば、本当に不器用だなぁ。相談してること自体隠さないと、あたしだって気がついちゃうよ? ちょっと抜けてる恭ちゃんを愛しく思いながら、あたしは精一杯『知らないふり』をする。
「あっ、わかった。今度の練習試合のことだ?」
「……まぁ、そんなとこ」
「やっぱり! 恭ちゃんのことならなんでもわかっちゃうねぇ」
それが嘘ってことも、あたしはぜんぶ知ってるよ。長年幼なじみをやって来て、初めてつかれた嘘だった。でも、あたしを喜ばせようとしている嘘なら、どんとこいだ。
「恭ちゃん、恭ちゃん」
「なんだよ」
──大好きだよ。
きゅっと口を結んで、その言葉を押しとどめる。
「何でもなーいー!」
「わけわかんねーな」
誕生日、楽しみだな。ニヤニヤをかくすために、首に巻いていたマフラーをぐっと上に引き上げた。
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