第二十九話『心を持つ者達』(6)-2

 編成作業は、思ったよりも早くに済んだ。

 叢雲に帰還すると同時に、ルナには招集命令が来た。

 防衛部隊の編成会議を、リアルタイムのテレビ中継で行ったのだ。


 何処に人員を配置するか、最終的な調整は本部に任せることにしたが、ルーン・ブレイドは戦力の消耗が少々激しいこと、そしてプロトタイプエイジスを温存するという考えから、首都防衛部隊に編入された。エドの部隊は、遊撃隊として回ることになっている。

 信じがたいことに、エドは機体だけはやられておきながら、本人は頭に少し擦り傷をおっただけで済んでいた。あの男は無駄に悪運が強い。しかも擦り傷と言うが、あの頭のそり込みだから何処が傷なのかちっとも分からなかった。


 ただし、こちらとしても、陽炎だけは独自行動を認めさせた。ああいった闇の部隊は、こういった戦場では役に立つし、外の情報は出来る限り仕入れておきたい。

 それに、会議をやっていれば、ゼロのことも、レムのことも考えずに済んだ。

 あの二人のことは、考えるだけで重くなる。


 ゼロの部屋に一度行ったが、綺麗に片付いていた。

 何故一人になろうと思ったのか、考える時間も惜しかった。


 ホーリーマザーは、ウェスパーの判断でほぼ廃棄が決まった。代わりに、ここから肩が破壊されている空破の補修を行うと決まったのだ。

 事ここに来てこの戦力の喪失は痛い。


 ただ、幸いしたのは、傭兵のうちアナスタシアだけは残ることが決定した、ということだった。流石にマクスは値段が高すぎた。あれを雇い続ければ、逆にこちらが破産する。

 一人でも戦力が欲しいときにこれは素直にありがたかった。


 しかも、アナスタシア自身が残ることに積極的だったのだ。なんでも、ブラスカとは恋仲らしい。

 それに、エミリアも残ると言い出した。幼なじみを戦線に出したくなかったし、降将である故風当たりも厳しいだろうが、状況が状況だったので、仕方が無く受理した。

 これがどう転ぶかも、全ては己次第だ。


 廊下を歩いていると、医務室の前に来ていたことに気付いた。

 医務室の扉を開ける。

 レムの、ベッドの横に座った。


 気を失っていたのと、少し傷があった程度で済んだのは、正直ホッとした。

 そのまま、どれだけ時間が経ったのか。


 レムが、ゆっくりと、目を開けた。

 エメラルドグリーンの、レム本来の目だった。


「ここは……」

「叢雲の医務室よ」

「叢……雲……?」


 少し、いぶかしんだ。

 レムにしては、解答がはっきりしない。起き上がった直後だからだろうか。


「あなた、割と軽傷みたいよ。それは良かったと思うけど」

「軽傷……? あの、何処で、私、怪我をしたんですか?」


 何か、変だ。

 何故、そんなに他人行儀なのだ。


「あの、本当に、本当にすみません。一つ、教えてください。私は、誰、なんですか?」


 心臓の鼓動が、聞こえた。


「レム……? な、何を、言ってるの……?」

「レム、というのが、私の名前、なんですか」

「まさか、あなた……」


 記憶を、失ったのか。思わず、尻餅をついていた。

 そうだ。レムは、母を殺さざるを得なかったのだ。

 それによる精神的なショックで押しつぶされても、不思議ではない。


 レムは、自分と同じ、悪いクセが一つあった。

 全てを、一人で強引に背負い込もうとする。

 常に、笑顔を浮かべるだけだ。


 何故、その奥の表情を、見てやらなかった。

 何故、自分はこうなる前に、レムを戦線から撤退させなかった。

 何故、何故、何故。


 考えれば考えるほど、後悔しか浮かばない。

 辛くなり、病室から駆けだした。

 走ったところで、遠くへはいけない。

 ここには、教えてくれる空もない。

 ただ、異常に走った気がする。肩で、息をしていた。


 汗と、涙が入り交じった液体が、廊下に垂れていく。

 壁を、思いっきり叩いた。何度も、何度も、拳から血が出るまで、たたき続けた。


「あたしの……大馬鹿野郎……!」


 そして、泣いた。

 大声で、泣き叫んだ。

 ただ、泣いていたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る