第二十九話『心を持つ者達』(5)-1

AD三二七五年七月二一日午前四時一四分


 動きが、急に鈍くなった。

 自分が戦闘しながら、レムのホーリーマザーが心配だから眺めていたが、何故かこの数分間、異様に動きが悪い。左手も、既にフィリポに破壊された。


 何があったのか、通信をつなごうとしても、あちらから完全に遮断されている。

 しかし、増援に行こうとしても、ここにいる機体に、あんな高高度戦闘は出来やしない。

 歯がゆい思いを、ルナはかみしめていた。


 既にアイオーンを自分だけでも二五は屠った。だが、まだいるのだ。

 多分、フィリポとか名乗ったあの十二使徒をつぶさない限り、延々増え続けるだろう。

 肩で、息をしていた。レーダー全体に埋まらんばかりのアイオーンだ。これを相手にし、しかも全員生き残らせるのは至難以外の何者でもない。

 竜三が、方陣を敷いて一気に突っ込んだ。なぎ払うように、アイオーンを殲滅している。


「エド、弾薬は?」

『かなりやべぇな。どちらにせよ、まだ死ぬ気はねぇけど、ちと厄介だな』


 どちらにせよ、こちらも残弾は少ない。

 そう思った直後、今度はホーリーマザーが右足を破壊された。

 姿勢制御能力が、明らかに落ちた。


 このままでは、やられる。

 思った直後、熱源反応。アイオーンが、真後ろにいた。


『ボサッとすんな! ルナ!』


 イレブンテイルに、押された。

 転倒した直後、イレブンテイルの胸部を、ケテルの腕のソードが貫いていた。


「エド!」


 直後に、別のクレイモアも、足がやられた。生体反応はあるが、まずい。

 死、と言う言葉が、脳裏をよぎった。


『生かすも殺すも、お前次第だ』


 竜三は、そう言ったのだ。

 そうだ、ここで殺すわけにはいかないのだ。

 レムも、エドも、竜三も、そして殿の連中も、皆生かす。

 それが、自分の拳ではないか。


 そして、今はいないが、奴は言ったのだ。

『諦めねぇ』と。


 ならば、最後まで諦めるか。ユルグだかなんだか知らないが、そんな奴はたたきのめす。


「だから、こんな所で死んで、たまるかぁっ!」


 直後、コクピットのモニターに『Guardian System Provisional Edition Ready』と表示された。

 体が、滾りだした。

 気が、体の中で溢れてくる。


 咆吼を上げながら、突っ込んだ。拳を突き出す。オーラブラストナックルの先に付いている刃のオーラが、未だかつて無いほど巨大な気炎で燃えさかっていた。

 貫いた。そのまま、それを盾にしながら一直線に駆けた。十体、二十体、何体でもいるだけ蹴散らした。

 なぎ払うように、アイオーンの陣営を斬り進み続けた。

 後ろから、竜三が率いる部隊が追撃を行っている。


「生き残る、絶対に、生き残ってやる!」


 咆吼を、上げ、フットペダルを踏み込み、IDSSを更に強く握った。

 敵がいるだけ、たたきつぶし、そして全員を生き残らせる。

 それが、自分なりの『諦めない』ということだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 何故か、自分の気が滾りだした。

 本当は、戦いたくはなかった。母親を自分の手で殺すなど、出来るわけがない。

 それをやらなければ、生き残れないと言う事も分かっている。


 だが、このまま死ぬべきなのかと、何かが告げるのだ。

 左手はなく、右足もない。

 しかし、まだだ。


 一度、集中するために、目を閉じた。

 セラフィムから、気が流れている。自分の気も、それに釣られて滾っているのだと分かった。

 頸骨が、唸り始めた。


 そういえば、ずっと封印していた。巨大な羽が、自分の背中に生えている。左半身も、光り出した。

 フィリポと、共鳴しているのかもしれない。


「……レム?」


 声が、静かな声が聞こえた。

 もう十二年聞いてなかった、声。

 母の、声だった。同時に、フィリポの動きが、完全に止まった。剣も、跳んでこなかった。


「幻聴、かな?」

(いや、確かに、今、レムって言葉が聞こえたわ……。やはり、あなたの思った通りなのね)

「レムなの?! 何故、あなたエイジスに?!」


 やはり、母の声だった。もはや母であることが分かるのは、声だけしかないが、十分だった。

 涙が、少し出た。そっちはそんな体になったのに、まだ自分のことを心配してくれるのか。

 下も、戦闘が一時的に止んでいた。急に、周囲が静寂になった気がした。


「ちょっと、色々あってさ。それに、私、コンダクターでもあるし、色々と引き返せない所に来ちゃってるんだ。お母さんが死んじゃってから、色々とあったんだよ」

「そう、だったのね……。ごめんなさい、色々と心配かけさせちゃって。あなたには、母親らしいことは、何もしてやれなかった。それに、あなたが乗っているとは知らずに、傷つけてしまって」

「そんなこと、ないよ……」


 死んだ人間と、本当に言葉を交わす機会が巡ってきた。

 それだけ、自分は幸運なのだろう。

 そして、母は、アイオーンになっても、昔から変わらず優しかった。


 思わず、空中だということも忘れて、コクピットを開けた。

 母に、自分を見てもらいたかった。せめて、せめて、見せたかった。


「お母さん、これが、今の私です」


 風で、髪と、背中の羽が揺れた。

 フィリポが、いや、母が、泣いていた。


「大きく、なったわね、レム」


 大きく、一つだけ、頷いた。

 フィリポが、ゆっくりと戦闘態勢を解いていく。


「レムが、大きくなったのを、見ることが出来た。それだけで、お母さんは満足よ」


 優しく、フィリポが微笑み、僅かにだが、少しずつ消えていっている。


「行くの?」

「もう、この世に未練は、ないもの」


 これで、母も苦しむことはないのだ。

 ならば、最期くらい、笑顔で送ってやるのが、娘の勤めだ。

 何か、邪気がした。フィリポが、消えるのをやめた。


(干渉……?! まずいわ、レム!)

「え?」


 反応が遅れた。

 フィリポから殺気が漂った後、急に羽がブレードに変形してこちらに向かってきた。

 右肩と脚部にブレードが突き刺さり、頭部は貫かれた。その間に、フィリポが急速に接近し、そして、巨大なクチバシで一気にホーリーマザーを掴みに掛かった。

 思いっきり捕まれた。しかも、コクピットを開けっ放しにしていたから、衝撃ももろに来た。


 母の、気ではない。別の、邪気に侵された、何かだ。

 視界がレッドアウトしそうになる。


 死にたくない。死にたくない。死にたくない。


 咆吼を、上げていた。

 胴体は、既に潰れかけている。モニターにも、ヒビができはじめた。ミシミシと、音を立ててホーリーマザーが破壊されようとしている。


 死ぬのか。ここで。


 思ったとき、何かが、弾けた。

 破れてはならない、何かが破れた気が、レムにはしていた。

 真っ赤で、獣の瞳孔をした、自分の目が、見えた気がした。

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