第二十二話『復讐のために生きて』(1)

AD三二七五年七月二〇日午後三時一五分


 もう少し、考えた方が良かったかも知れないと、今になって思う。

 計画を立案してきたルナのあの時の目は、普段の彼女の目ではなかった。

 何故、あの時止めなかったのか。何故、自分はあの時了承してしまったのか、ロニキスは未だに後悔していた。


 ラングリッサに潜入してわざと捕まり、内通者を使って逃走後、内部から混乱させ、それと同時にレムを救出、混乱している隙に一気に急襲する。それがルナの考えた策だった。

 無謀だとは、止めた。だが、当てがあると、ルナは言った。


 確かに、ベクトーアが放った内通者は多いし、ディスの私兵も、まだ数名残っている。

 それらを使うつもりなのだろうかとも思ったが、どうもルナは頭で物を考えすぎる傾向がある。しかもそこに感情が上乗せされる危険もある。実際、その状態になっていたと、今になって思うのだ。

 レムが心配になって飛び出した、それが先行しているからこういう策になってしまうのだと思ったが、行かせた自分も自分だ。

 あんな無謀な策、何故賛同してしまったのか、悔いても悔やみきれなかった。


 定時連絡の時間から既に十分が経った。大方捕まった頃だと見ていいだろう。

 ロイドは既にバックアップの体制に回っているのか、ラングリッサ近郊の町にディスを再び侵入させた。

 あの劇薬を二度も使わざるを得なかったのは、正直痛恨の極みだと、ロニキスは思っていた。


 帰ってきたとき、あの男は返り血で真っ赤に染まっていた。大鎌も血に塗れ、彼の愛機となった陽炎のシートやコンソールまで返り血でぬれていた。

 そして、ディスが降りてきた瞬間に、ブラッドが問答無用でディスを殴り飛ばしたという。レムを何故護ってやれなかったと、詰め寄ったそうだ。


 あの兄弟は最初に出会ったときはそこまで感じなかったが、ここ二年で関係が異常なほど冷めた。ホーヒュニング姉妹とはまるで真逆の人間関係としか言えない。

 そして、殴り飛ばされたディスもディスだった。何も言わず、一別もくれずにその場を去り、返り血だけ洗い流してそのまま陽炎と共に出ていった。

 他人と群れるのを嫌うと言うより人と話すこと、いや人そのものが嫌いであるように、ロニキスには思えた。


 一時期、彼をルーン・ブレイドから外し、完全に諜報の道へと進ませることを考えたが、ロイドは


「あの男を他の人間が御しきれるとはとても思えない」


と、いつになく真剣な表情で言ったために断念した。

 実際、あの男はロイドだから手綱を握っていけるのだ。あの静かな凶暴性と異常なまでの残虐さは、他の指揮官では預かりきれると思えないが、このままでは隊の和を乱しかねない。

 難しいところではあった。


 鋼が敵と遭遇したことをオペレーターが告げたのは、そんな時だった。


「艦長、鋼が敵機と接触しました」

「下がらせろ。紅神こうじんまで失うわけにはいかん。通信遮断されているとすれば、無理矢理にでも繋ぎ直せ」


 空破はルナが持って行った。例え体内のレヴィナスを抜かれたとしても駆動キーを別の場所に閉まってあるためなんとかなると、ルナは言っていたが、最悪の事態はいつ起きるか分からないのだ。

 プロトタイプを一機欠いた状態故にただでさえ戦力がダウンしているのに、この上に紅神まで捕縛されたら間違いなく負ける。


「か、艦長! は、鋼の交戦相手が判明いたしました!」


 急にオペレーターが立ち上がった。声も裏返っているし、何より、震えていた。


「落ち着け。誰とやっている」

「き、機体識別コード、XA-004蒼天……! シャドウナイツ隊長、ハイドラ・フェイケル!」


 言われたその瞬間、ロニキスは艦長席から立ち上がり、艦内に放送を入れていた。


「各員、鋼がターゲット、並びにフェンリルナンバー2『ハイドラ・フェイケル』と接触した! イーグ各員は鋼を援護するべく出撃! 第四M.W.S.大隊に通達、機体の半数をこちらに回させろ!」


 自分でも信じられないほど、熱くなっている。

 ハイドラ。あの男を討ち取れば、間違いなく逆転できる。危険な賭けではあるが、やってみる価値はあるだろう。

 後は、相手がどう出るか、だ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 紅神を一気に疾駆させた。

 目の前の機体が、同じプロトタイプだろうと、伝説の機体だろうと関係ない。

 ただあれには、ハイドラが、否、エビルが乗っている。

 左半身を裂いた男。仲間を殺した男。


 俺は、その復讐のために生きていると、ゼロは改めて感じていた。


 召喚したデュランダルの銃口には、気の炎が赤く迸っている。

 一方の蒼天そうてんの持つ妙に巨大な銃剣の剣先には、対照的に青白い気の炎が揺らいでいた。


 十数年も前になるか、あの機体を初めて見たのは。あの当時からエビルはこの機体に乗っていた。これで当時の華狼ファロウの主力機である『60式歩行機動兵器ベヒモス』を寸断していったのを、何度も見た。時には、たった一機で大隊を全滅させたことすらあった。

 そんなことだったからか、子供心に何処か禍々しさがあるように感じてはいたが、今はそれが余計に際だっているように、ゼロには思えた。


 相手もまた一気に機体を疾駆させる。

 一合、互いの武器を一度すりあわせ、はじいた。はじくやいなや、相手はすぐさま剣先を返し、横一文字に首を狙って刃を向けたが、デュランダルでどうにか防いだ。

 しかし、返しが早い。なるほど、昔から腕は衰えていないらしい。


 だからこそ、殺し甲斐がある。もし弱い奴に殺されたとすれば、それこそ仲間の無念さも計り知れない。

 防いだ刃をはじき、振りかぶって一閃しようとしたが、それよりも前に相手の刃の方が早かった。すさかず、左腕のスクエアブレードをXの形に展開してシールドモードにしてそれを防いだ。


 隙。これで巨大銃剣も使えまい。すかさずデュランダルを突き立てようとするが、蒼天は左手を銃剣から離し、左手にあるオーラシューターの銃口を紅神に向けた。

 珍しい三連型のオーラシューターだった。他のプロトタイプエイジスにはない、独特のタイプである。

 舌打ちをし、銃剣を左手ではじき返して一度距離を取った。


 汗が額ににじんでいるのがよく分かった。たった四合の打ち合い全てが先読みされていた。

 ルナと同じように予知能力でもあるというのだろうかとも思ったが、ただ単に自分の打ち込みが甘いだけなのかも知れない。


『俺に読まれるようでは、まだ甘いな、ゼロ。太刀筋が甘いと、何度言えば分かる。昔から俺はそう言っているはずだ』


 なんてことないように、エビルから通信が入ってきた。

 殺したい。この声を聞く度にそういう感情が高ぶってくる。


『しかし、お前の紅神は何故姿を変えていない。俺の計算が誤ったか?』

「何わけわかんねぇこと言ってンだ? てめぇの計算なんざぁ知ったこっちゃねぇんだよ」


 計算だかなんだか知らないが、付き合う気はさらさら無い。

 何を考えているのか、何をやろうとしているのかは分からないが、そんなことに興味を持とうとも、特に思わなかった。

 だから、再び刃を蒼天へと向けた。


「てめぇがどうするかなんざぁ知ったこっちゃねぇ。だが、今の俺はてめぇが気にくわねぇ。戦う理由はそれ以外にねぇんだよ」

『故に、俺を殺す、か? それがお前の戦う理由か、ゼロ』

「あぁそうだ。てめぇを殺すために、十年かかった。そのためだけに俺は生きながらえたんだ」

『そうか。お前は、まだ仲間というものがなんであるのか、分かっていないようだな』


 失望した。エビルはそう付け足し、そして、一気に機体を疾駆させてきた。

 早い。先程よりも明らかに早い。ならば、こちらも勝負に出ざるを得まい。


「冷却フィン全解放! ジェネレーターが焼き付いても構わねぇ! いくぞ!」


 了解、AIがそう言うと、紅神の体中に設置されていた冷却フィンが展開した。

 元々デュランダルをガンモードにした際の冷却用に展開される冷却フィンだが、高い冷却力を利用して機動力を更に底上げする、ないしは武装の出力をより上昇させることは、ゼロもよくやっていた。


 赤く光る気の粒子が、フィンから洩れている。

 デュランダルの刀身が燃えさかっている。力が、いつもより余計に多く吸われていくのがゼロには感じられた。

 紅神を疾駆させる。蒼天と互いにはぜあった。


 斬れる。そう思った。だが、相手は絶好のタイミングでこちらの剣劇を防いでいる。

 既に十度、互いの位置が入れ替わっては反転し、また入れ替わるように剣を交えることを繰り返した。


 さすがにそう簡単に沈まない。いや、むしろ一撃の重さは、一合交える毎に重くなってきているし、あの銃剣の先端にある刃の気は、より青みが増し、気炎が大きくなっている。

 この男、やはり気の量の桁が違うと、ゼロは唸らざるを得なかった。

 汗がにじんでいる。


 十一度目の交差を終えた後、一度、機体を止め、互いに対峙した。

 呼吸を一度整えた。一合交える毎に、何故まだ生きていられるのか、不思議で仕方なくなってくる。それくらい、刃が重い。


 紅神は持つかもしれんが、果たして俺が持つのか。

 いや、諦めてどうする、ゼロ・ストレイ。そうだろ、俺は、諦めが悪ぃ男だろ。


 IDSSを強く握った。

 また、駆けさせた。フットペダルを一気に踏み込む。

 十二度目。デュランダルを振るった直後、蒼天の銃剣の剣先と鍔迫り合いになった。

 赤と青の気の粒子が、目の前ではじけている。


 しかし、何故、エビルの剣先からは僅かに哀しみが洩れているのだろう。

 直後、レーダーが機体の接近を告げた。機数一六。

 犬神竜三の『XA-024風凪かざなぎ』を先頭に、ルーン・ブレイドの残ったエイジス三機と、それに追随する形でクレイモアが一二機。恐らく、竜三が今いるという第四M.W.S.大隊の旗下だろう。


『邪魔が入ったか』


 エビルはそう言い出すやいなや、鍔迫り合いを弾き返し、そのまま蒼いスコーピオンと共に退却していく。竜三達はそれを追跡していくが、ゼロにはそれに付いていく体力もなかった。

 どっと汗が出ていた。思わずヘルメットを脱ぎ捨て、耐Gスーツの首元をゆるめる。

 一人、原野に残った。機体の足が擦れ合った故に出来たであろう跡で原野が抉られている。


 コクピットを、開けた。通信に対する応答が求められていたが、無視した。

 日は、既に西の方に沈みかけている。

 失望したと、奴に言われた。それが、何故か無性に自分の心をかきむしった。


「俺は、俺は……」


 負けたのか。その言葉だけは、口から出てこなかった。

 ただ、悔しかった。左の拳を握るが、感触はない。それがまた、悔しくて仕方がない。

 そして、叫んだ。いつの間にか、叫んでいた。

 ただ、叫んでいたかった。

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