2nd Attack

第七話「nightmere~悪夢の中で~」

AD三二五七年五月一〇日午前九時二一分


 昔の夢を見ていた。

 金髪の少年が二人いる。どちらも背丈はほとんど同じで姿もほぼ同じ。赤の瞳を持つ点もまた然り。年は両方とも四~五才と言ったところか。それぞれ666αと666βと烙印を左手の甲に押されている。

 ただ、一点だけ違う点がある。666βの烙印がある少年には左頬に一本、大きな傷があると言うことだ。


「アベル、また実験だって」


 666αの烙印を手に持つ少年が傍らの少年-アベルに話しかける。


「そうか……。カイン、俺思うんだけどさ、こんな所抜け出さないか?」


 傍らの少年-カインはアベルの言葉に同意したように一つ頷く。何か、彼らにとっては嫌な研究のようだ。


「でも俺達じゃすぐ追いつかれちゃうよ」


 カインの言うことももっともだった。

 相手は大人だ。すぐ追いつかれることなど目に見えている。

 だからどうしようかと、彼らは少し悩む。

 そんな中、カインはこう呟いた。


「……殺そう」


 カインの言葉にアベルはハッとする。

 殺す、即ち人の命を奪うこと。

 それをやるのか?

 アベルは少し悩む。

 そんな時、一人の研究員が彼らの元へと近寄った。


「随分と危ない会話をしているね」


 無精ひげを生やし、少し薄汚れた白衣を着込んだ研究員で、彼らに結構好感的に当たってくれている人物である。アベル達はすぐさま振り向き、少し後ずさる。

 殺される、そう思った。しかし、


「僕がやるよ、博士の抹殺なら」


と、その研究員は決意を秘めたような口調でそう言った。

 アベル達は一瞬戸惑う。

 だが、研究員はしゃがんで、アベルとカインを抱く。そして耳元で小さくしゃべった。


「君たちが手を汚す必要なんてないんだ。これはせめてもの贖罪だよ。何人もの命を奪ってしまったことに対する、ね。君達は出来る限り逃げるんだ。いいね?」


 そう言って、研究員は踵を返した。

 その研究員は自前だった『ガストークM-38』オートマチックピストルを一丁取り出し、更に白衣から爆弾のスイッチを取り出した。

 そして、彼は迷うことなく、爆弾のスイッチを押した。彼の遙か前方にあった白色の研究施設が赤く燃えさかる。

 アベル達はそれを呆然としながら見ていた。

 だが、研究員はすぐに二人の方へと必死の形相で向き叫ぶ。


「早く逃げろ、出来る限り遠くへ!」


 アベル達は、その研究員の言葉に感化され、必死になって走った。後ろの方で銃声が聞こえても、振り向かずに森の中を走り続けた。

 そして、かなり奥の地帯へ来たとき、アベルは転んだ。少し膝が痛む。それが少し苦痛に感じ、その苦痛で一瞬目を閉じた。

 だが痛みを耐えて起きあがり目を開ける。

 するとそこは森ではなかった。

 血の海だ。背景は真っ暗にもかかわらず血の色だけははっきりとわかる。

 しかもそこにいたのは、金髪黒メッシュに赤の瞳、そして頬に巨大な十字傷を持つ左半身を義肢化したアベルの成長した姿、『ゼロ・ストレイ』だった。

 そう、今までのことは全て彼の記憶だ。ナノインジェクション実験を行っていた研究所から逃げ出したときの記憶。ここ最近は見ていなかったのに何故今更そんな物を見るのか、まったくわからなかった。

 しかもこの血の海にゼロは少し困惑した表情を見せる。

 今までこの夢の幕切れは必ず転んだところで穴に落ちてそれと同時に現実世界の彼が目を覚ますというパターンだ。

 だが、今回は全く違う。

 何でこんな悪趣味なんだか。ゼロはふとそう思った。


『お前は血にまみれすぎたな』


 男の声がその空間に響き渡った。どこか暗い感情を持っているような低い声だ。

 だが、その声を聞いたその時、ゼロの表情が凄まじいまでの憤怒に満ちあふれた。


「……この声……てめぇか!」


 ゼロの脳裏にはある男の姿が思い浮かぶ。一〇年前、彼の住んでいたゲリラの村を壊滅にさせた男。それも、仲間だったのに。


「どこにいやがんだ?!」

『そんなことを言うとでも思うか? なぁ、アベル。いや、「力無き者」よ』


 その言葉の直後、ゼロの義手は何かによって折られる。

 ゼロは思わず義手を抑えた。だが、それに逆らうかのように義手はすぐさまねじ曲がっていき、やがて、根本からへし折れた。

 義手に通っていた培養液がまるで血のように血の海へと落下していき、どす黒いその色と同化していく。

 ゼロは膝を折り血の海へと倒れる。

 その瞬間に血の海から液状の腕が何本も出てくる。

 腕はゼロをすぐさま掴み、彼の抵抗も空しくその血の海の奥深くへと誘おうとする。

 この時、彼は前にも味わった絶望的なこの恐怖にデジャビュを見た。

 十年前に味わった、仲間が次々と殺されていった時に感じたあの恐怖に似た感情、それを再び感じた気がした。


 血の池の中。沈んでいく。足掻いてもどんどん墜ちていく。

 死。死なのか。そう、ただ感じたとき、己の心音が聞こえた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「うおあああああああああああ!」


 ゼロは体を瞬時に起こした。

 恐怖が体を支配している感じがする。心臓の鼓動が耳を痛いほどに刺激する。

 少しだけ暗い部屋、そこにある少し堅い仮眠ベッド、自分はそこで寝ていた。

 なんで俺はこんなとこで寝てンだ?

 ゼロは一瞬疑問に思う。


「ゼロ、大丈夫?」


 静かな声、それでいて、優しい声がする。ゼロはゆっくりと、その声の方を向く。

 そこには一人の女性がいた。まっすぐな緑がかった黒髪とダークブラウンの瞳を持つ女性。

 ルナ・ホーヒュニングだった。


 そこでようやくゼロは何故ここで自分が寝ているのか思い出した。

 今から三十分くらい前、給料日だったのに給料から借金を全て引かれ、その結果大赤字で憔悴しきった彼はフラフラになりながら帰ろうとしていた。

 だが、昨日夜に飲んだ栄養ドリンクの影響で寝られなかったツケが回り、自室に帰ることすら出来ず仮眠室にふらふらになりながら入っていきベッドに入ってそのまま寝たのだ。

 そして、その記憶を辿ることでようやく彼は現実に戻れたような気がした。

 西暦三二七五年六月二六日午前一〇時二〇分という時間軸に。


 ここにいるのは、アベルと呼ばれていた少年でも、荒んだ傭兵生活を送っていた男でもなく、西ユーラシアを仕切る巨大企業国家『ベクトーア』の特務部隊『海軍第四独立艦隊「ルーン・ブレイド」』の一員『ゼロ・ストレイ少尉』だ。

 少尉などと言う立派な肩書き、どこで貰ったかと言えば、昨日契約書にサインした際の契約事項に『元傭兵イーグは少尉待遇とする』と書いてあったため彼は今や『少尉』となっていた。


 そのルーン・ブレイドの旗艦『エクスガリバー級四番艦「叢雲」』は補給のため砂漠の中にある中立都市『エルル』に行くところであった。到着までは後三〇分ほど。

 そのためルナはゼロを持ち場に戻らせるために起こしに来たのだ。


「おめぇ、か」


 ゼロは重い口を開く。


「大丈夫? 凄く魘されてたわよ。あたしで良ければ、何か相談に乗ろうか?」


 ルナは少し不安の混じった口調でゼロに聞く。だが、ゼロはここでようやくいつもの調子を取り戻す。


「いや、別にいい」


 ゼロは軽く首の骨をポキポキと鳴らし体の調子を整えた。


「そう……。でも、何かあったら相談しなさいよ。ストレスの貯めすぎは体に毒よ?」


 ルナの言葉にゼロは苦笑した。

 なんだってこいつはこんなに節介焼きなんだか。

 何となくそう思いながらゼロはルナをおいてそのまま仮眠室を後にした。そして扉を閉めた後一言こう言った。


「ったく、なんだってんだあの夢ぁ?」


 ゼロは考え込んだが答えが出るはずがなかった。

 今になって考えてみれば、あの夢は彼に縁深き者達との再会を予想していたのかもしれない。

 とりあえず今回も語り手は私、真実を語る者、トラッシュ・リオン・ログナーが務めさせていただく。

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