第五話『死闘』(2)-1

AD三二七五年六月二四日午後九時五二分

 

『BM-070クレイモア』、ベクトーア主力M.W.S.。ファフニールはそれを使っていた。

 全部で十二機。囮としては十分すぎるだろうと、隊長は考えていた。

 だが、現実はどうだ。


「バカな……たった一機に八機も食われただと?!」


 隊長の額に嫌な汗が上る。

 たった一機のプロトタイプエイジスが最初の一撃で四機、二撃目でも四機を食った。


 一見ただバカでかい右腕を装備しているだけの機体で、しかもその腕は格闘戦闘用アームだとたかをくくったのがバカだった。

 全く違う。その右腕が翳された瞬間、一瞬で何機も切り裂かれていくのだ。

 攻撃の手段が見えない。


 いや、腕が翳された瞬間に避ければいいのだろうとも思ったがそれは無尽蔵に追ってきて機体をいとも簡単に切り裂いていくのだ。

 その様は、まるで獲物を見つけた『大蛇』の如く。


『隊長、アイン、フォールド、ルイス、カール機、応答ありません……』


 一二機いたはずの中隊は気付けば残り三分の一。ここまでやられたのは初めてだ。

 エイジスとM.W.S.の力はこんなにも違うのかと絶望感に浸る。

 隊長は再び機体を構える。

 目の前の相手の緑に輝くデュアルアイが凄まじく不気味に見えた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 エミリオにとって、ベクトーアの人間を殺すことは、作業以上に大きな意味合いを持っていた。

 血のローレシアで家族は死んだ。目の前で殺されたのだ。三年前には、恋人も戦場で戦死した。ベクトーアとの戦闘でだ。


 何故自分ばかりが失い続けるのか。エミリオは延々とそれを問うたが、その答えは出なかった。

 ただ一つだけ言えたのは、ベクトーアがこの上なく憎いと言うことだけだ。


 しかし、先程から去来するこの妙な懐かしさと熱さは何なのだ。目の前の相手からではない。何かが来る。そんな気がしている。

 しかしそんな感情、今の任務には邪魔になるだけだ。一度頭を振って、頭の中から消し去った。


 狭霧の右腕を持ち上げる。その瞬間、指先からまるで糸のような何かが出現した。

 狭霧は指から出ているそれを指を巧みに動かして波のように動かす。

 そして、右腕が振り下ろされたまさにその瞬間


「何故死んだかもわからずに逝かせてやる」


とエミリオが言う。


 その声に反応するかのように、糸が緑のオーラを浴びて一斉にクレイモアへと向かっていく。

 エミリオがもっとも得意とする武装『鋼糸こうし』。金属の糸だ。指先の動きのみでまるで波のように糸を動かして敵を切り裂く武器だ。

 それを模した『オーラワイヤードシステム』が狭霧の最大にして最強の武器だった。


 糸の大群はその予測不可能に近い動きから避けることも出来ず、いとも簡単にまるで紙のように幾重にもクレイモアを切り裂いていく。

 この兵器が『アイゼンウォーゲ』の由来だ。鉄製の糸を使い、それをあたかも波のように操り敵機を切り裂く。それは対多数戦闘であればより強力な効果を発する。

 一体多数、それを対応できるエイジスが狭霧だ。

 それでありながらパイルパンカーの搭載による零距離戦闘対応、更には開発された二二七三年当時最高傑作フレームとされた『T-18』フレームの最後期開発フレーム『ηタイプ』標準装備と、さすがはプロトタイプの中でもかなり後期に作られた機体だ、完成度が高い。


 エミリオはあらかた片付けた状態でワイヤーを狭霧の腕へと納めた。

 右腕の冷却口から放熱がなされる。


「他愛もない、な」


 エミリオは静かに言った。

 下に散らばるのは見事に幾重にも切断されたクレイモアの残骸。コクピットまで見事に切り裂かれていた。

 気付けば、十二機いたはずのクレイモアは、隊長機残り一機のみとなっていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 先陣を切る。それはスパーテインの役目の一つだった。

 夜叉で先陣を切らせる。オーラリフレクトバインダーが、何者の攻撃も受け付けないからだ。


 スコーピオンの持つ『FM-67』五〇ミリマシンガンの銃弾は確かに夜叉に当たっている。だが、夜叉には傷一つ無い。何発打ち込んだのか、相手にも分からなくなっているだろう。


 重装甲のみならず、オーラリフレクトバインダーをも持ち合わせる完全拠点防衛用兵器、それが夜叉本来のコンセプトだ。

 M.W.S.四個小隊は、なかなかに悪くない戦力だが、一極集中させすぎだ。

 一斉に夜叉に銃撃が浴びせられる。


 だが、銃弾は夜叉のまさに目の前で消された。

 オーラリフレクトバインダーの持つ精神力による防御フィールド展開能力の賜物である。それと同時にオーラリフレクトバインダーの中心部が発光し、拡散式のオーラシューターが一斉に放たれる。その光の刃がいとも簡単にスコーピオンを貫いていき、随所でスコーピオンが爆発四散する音が聞こえた。


 オーラリフレクトバインダーはその名の通り反射するものだ。精神力による防御フィールドによって、かき消された銃弾などの持つエネルギーをAIが計算し、それと同等のエネルギーを持つ精神力をバインダー内に溜め込み任意にそれを解放、拡散オーラシューターを一気に放つ。

 それが反射の名が付いている理由だ。要するに攻撃すればするだけ、そしてその攻撃の際のエネルギーが強ければ強いほど威力が高くなって帰ってくるのである。長期戦では圧倒的有利に持ち込める機体なのだ。


 似たようなコンセプトに、称号『竜』を持つスパーテインの従兄弟であるフェイス・カーティスの操る『七一式気孔兵三型「竜」』がいるが、この機体も本を正せば夜叉の技術を現代にフィードバックさせたものである。

 重火器が叶わないと見るとフェンリル側は接近戦に挑んできた。スコーピオンの一機が腰からヒートナイフを抜いて夜叉へと迫る。


 だが、この機体にも隙はない。

 夜叉のメガオーラブレードが赤く燃えたぎる。


「ぬおおおおおおおお!」


 スパーテインは咆哮を上げると同時に、夜叉はその赤き刃たった一振りでスコーピオンの胴体を切り裂いた。

 一刀両断、その言葉が似合う。

 天然レヴィナスで出来た刃先の強度や切れ味は化け物じみている。

 あまつさえオーラを貯め込めるだけのマインドジェネレーター変換効率、大質量の大剣、そしてスパーテインという男。夜叉が華狼の切り札の一つと言われるのも道理である。


 いくらスコーピオンの装甲がELと言われてもこの素材はそんじょそこらの金属とは比にならない強度を持っている。それを一瞬で切り裂けるのはよほどその刃が洗練されている証だ。

 天然のレヴィナスはここまで違うのだ。

 しかもスパーテインにとって、片目が潰れていてもその長大なリーチと、自分の体に染みついた長さの感覚の前では、距離感の衰えなどない。


「他愛もないぞ、貴様ら! 骨のある者はおらぬのか?!」


 夜叉は一度横へ巨剣を振った後、再び前面へと刃先を向ける。

 すると敵機がじりじりと下がっていく。

 そして、我先にと後退を始めた。

 しかし、後退しようとしても地獄が待つだけだ。


「逃げるか、腰抜け共! 史栄!」

『はっ!』


 史栄のゴブリンが二機を片付けた。重苦しい音を立てて倒れる二機のスコーピオン。

 更に残っていた三機も退却しようとした所を史栄以外の二機のゴブリンに叩き落とされた。

 フェンリル側で残っているのは紫電だけだ。上出来だろう。


「紫電はどうなっている?」

『紅神と戦闘中のようです』


 皮肉なものだ。兄弟同士、機体もパイロットもそれで相争うか。

 これもまた運命なのだろうか。果たしてあの男は、シャドウナイツの頂点に君臨するあの漆黒の男は、これを見て何というのだろう。


「私としたことが。戦場で何を思うているのだ」

『少佐?』

「史栄、準備運動は終わりだ。時間は?」

『はっ! 計算通りに』

「上出来だ。全機、巨鳥を叩き落とす。続け」

『御意!』


 フットペダルを踏み込み加速する。目指すはフレーズヴェルグのいる地区。

 目の借りは返させて貰う、スパーテインはただ一つ、そう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る