普通の出会い

 朝ごはんを食べながら、朝綺はちょっとだけ、かしこまった。


「じゃあ、改めまして、自己紹介させてもらうけど。飛路朝綺、二十一歳。職業は、まあ一応、ゲームレビュアみたいなことをやってる。界人は、おれにとって、響告大学の一年先輩で、一年後輩でもある。年齢はおれのほうが四つ若いけどな」


 ちょっと待って。いろいろ計算が合わないんだけど?

 おにいちゃんが補足した。


「つまり、朝綺は何度も飛び級してるんだ。朝綺は、麗と同じ特異高知能者ギフテッドなんだよ。ぼくが大学二年に上がるときに十五歳で入学してきて、二年で大学を卒業していった」


 朝綺は自己紹介を続けた。


「サークルでは、界人とおれでペアを組んでゲームを作ってた。工学部の研究室も同じだった」

「研究室の序列では、朝綺がぼくの先輩って扱いなんだよな」

「でも、ネットの人物事典では、違うだろ。おれたちは同期生ってことになってるぜ」


 あたしは思わず、ティーオーレを噴き出しそうになった。


「人物事典? おにいちゃんが載ってるの?」

「あれ、麗ちゃんは知らなかった?」


 またしても息が止まりかけた。「麗ちゃん」って、そんな急に、いきなり呼ばないでよ。お姫さまって呼ばれると思ってたのに。


 あたしはしどろもどろになって、朝綺に答えた。


「ぜ、全然、聞いたことも……」


 朝綺はロボットアームでおにいちゃんをつついた。


「ほら、界人。ちゃんと教えてやれよ」

「んー、載っちゃってるんだよな。ぼくはたいしたことしてないのに」

「たいしたこと、してるだろ? おれひとりじゃ、ストーリー校正もCGもキャストも無理なんだぜ」


 おにいちゃんは、恥ずかしそうに白状した。


「朝綺とぼくの共同の名義で、いくつかのゲームのライセンスを持ってるんだ。昔使ってたハンドルネームだから、麗は知らないと思うけど」


 ゲームのライセンス? おにいちゃんって、そんなに本格的に、ゲーム作ってたの?


「初耳よ。いくつかのゲームって、例えば?」


 おにいちゃんが、朝綺に視線を送った。朝綺が、答えた。


「ハコ型のが十二個で、全部RPG系。でも、最大のメガヒットはオンラインRPG『PEERS'ピアズ STORIESストーリーズ』だな」

「ええぇぇぇっ? ピアズ? う、うそっ!」

「ほんと。うそじゃねえよ」


 朝綺は、軽ーい感じで笑ってみせた。

 あたしは頭が真っ白になっている。めまいがしそう。


 ああ、でも、なるほどって気もしてきた。思い返せば返すほど、ラフが開発者なんだって言われて納得できる。


「じゃあ、全部、二人のアイディアなのね? あの音ゲーもどきのめんどくさいバトル様式とか、古典的な剣と魔法のRPG仕立てとか、シナリオの持ち込みが可能なこととか」

「死の概念をユーザサイドから排除しちまったこととか、ね」


 あたしは額を押さえた。頭痛がする気がしてるのと、顔を隠したいのと、両方。


「ピアズが古典RPGっぽいのは開発者の趣味だって噂、聞いたことあったの。だから、開発者は年寄りだとばっかり思ってたわ。リアルタイムで古典ゲームやオンラインゲームをやってたような」

「当時、おれたちは響告大の学生でした。意外?」

「意外よ。ほんと、信じらんない」


 旅の仲間がおにいちゃんとその親友だった。それだけで、十分に衝撃的だったのに。まさかその二人が、ピアズの開発者でもあったなんて。


 朝綺はいたずらっぽく、目をキラキラさせた。


「まあ、あそこまでお堅いゲームになるとは、思ってなかったけど。ガチな倫理審査とか、時間的拘束とかさ。なあ、界人」

「そう? ぼくは、ピアズの規制は、割と緩いほうだと思ってるよ。制限時間はうっとうしいけど、会話には縛りがないし」

「あー、会話関係は緩いほうか。ストーリーもヴィジュアルも、けっこうきわどい部分を許してるよな。アバターの設定も比較的自由だし」


 そうね。アバターの容姿が自由だから、あたしはおにいちゃんを見抜けなかった。それは悔しいわ。


 あたしは、カチャリと音をたててカップを置いた。


「おにいちゃん、ピアズのこと、なんで黙ってたの?」

「だって、もう運営からは手を引いてるし」


「黙ってることが多すぎるのよ! あのちっちゃいニコルがおにいちゃんだとは思わなかったし! だいたい、なんで、シャリンがあたしだってわかったの!?」

「麗はずっと同じハンドルネームだろ?」


「なんで知ってんのよ! おにいちゃんには、あたしのハンドルネームを教えたことないわよ! 何のゲームデータをのぞいたのっ?」

「え、いやぁ……」


「のぞき魔!」

「言いがかりだよ」

「のぞいたでしょ、シャリンの温泉っ!」


 朝綺がニヤッと笑った。


「界人、まだ黙ってることがあるだろ? この際、全部、白状しちゃえよ」

「なにかあったっけ?」


 あたしがにらむと、おにいちゃんは両手を挙げた。

 朝綺が話を続けた。


「ライセンス料の収入は、ちょっとした額なんだぜ。片割れであるおれが、ぜいたくに暮らしてんだ。ヘルパーサービスを利用しながら、定職にも就かずにさ」

「ええっ? じゃあ、おにいちゃんも本当はそうなの? 働かなくても生活していけるくらい、お金あるのっ?」


 おにいちゃんは、ごまかすみたいに笑うだけだった。


 ピアズのことは、それきり話題に上らなかった。照れくさいし。やっぱり、切ないし。


 それに、あたしは恥ずかしくもある。最後まで真相を知らずにいたから。ニコルがおにいちゃんで、ラフがその親友の朝綺。それがわかってれば、あたしは違うことを話した。別の態度をとった。もっと正直だったかもしれないし、逆だったかもしれない。


 おにいちゃんが、ふと言った。


「なんか普通だな」


 なにが、と問うあたしと朝綺の声が重なった。思わず、顔を見合わせる。あたしは、パッと目をそらした。前もこんなことがあったかもしれない。ピアズの中で。


 おにいちゃんは、くすくす笑った。


「妹が兄の大学時代の親友と初めて会う場面って、往々にして、こんな感じなんだろうな。今この場面ってのは、普通な感じだよな」


 朝綺は右のロボットアームで左のアームを指した。


「普通じゃねえよ。おれは、こんなんだぜ」

「いやいや、だからね。朝綺、たまに変ないじけ方をするよな」

「ふん」

「そもそも、ラフの設定だって皮肉が過ぎるよ」


 あたしは朝綺に言ってやった。


「ロボットアームがなによ? あたし、自分のこと、けっこう特別な人間だと思ってるの。だから、このあたしを普通と見なすなら、ロボットアームくらい、余裕で普通の範疇だわ」

「麗、いいこと言うね」


 おにいちゃんが笑い出した。対照的に、ふてくされた顔の朝綺。ロボットアームがウィィと伸びて、おにいちゃんの手の甲をつねった。

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