神代の終わり

 カイの槍は、クーナと数回打ち合っただけで折れてしまった。クーナの当て身に、カイは吹っ飛ばされる。


 ラフがクーナに突進する。


「くらえっ!」


 全身で横向きに旋回しながら、斬撃。


“stunna”


 クーナは長槍を振るった。変幻自在な軌道。ラフの双剣が巻き上げられて、弾き飛ばされる。


「マジかよ!」


 隙のできたラフの側面に、クーナの蹴りが叩き込まれる。寸前、ラフが防御をとった。ダメージは深くない。


「ラフ、援護入るよ!」


 ニコルはツタの鞭を繰り出した。ツタの鞭がクーナの左腕をからめ取る。

 クーナは冷たい目でニコルを見下ろした。腕を引く。ニコルの体が引きずられる。


「あらら? 最大まで重量アップしてるのに、この重さでも動かせるの? そのキャラデザで馬鹿力とか、やめてよぉ」


 カイは、折れた槍でクーナに打ちかかった。クーナは片腕だけで、無造作に長槍を操った。カイが肩口に大ダメージを受ける。戦闘不能が表示される。


 ニコルはクーナの左腕を封じるので精一杯。二度、三度と、ラフが攻撃する。


 ラフの攻撃は、大剣に体重を乗せて繰り出される。一撃一撃が重い。それなのに、クーナには余裕がある。右腕だけで長槍を繰り出して、ラフの攻撃を受け流す。


「ひっでーな、このバトル。お姫さまが入れねえ上に、このウナギ、強すぎんだろ」

「ここにヒナの補助魔法が入ってたら、ヤバかったね。何か攻略法はあると思うんだけど」

「動きは速いわ、皮膚はぬめるわ、厄介だな」

「一般論で言えば、ウナギは目打ちしてさばくんだけど。そうそう、軍手が必須だね」


 ラフとニコルには、クーナの姿は、やっぱりウナギにしか見えないんだ。


 ヒナの悲痛な叫びが洞穴に響き渡る。


「やめて、やめてくださいっ!」


 クーナは、ニコルのツタに囚われたヒナを見た。にっこりする。青い肌をした、キレイな男の姿で。


「案ずるな、ヒナ。ふさわしい結末が用意されているから」


 ラフがクーナから間合いをとった。


「気取ったセリフ吐いてんじゃねえよ。ウナギの化け物のくせして」


 ニコルが口を挟む。


「あのねー、ラフ。南太平洋の伝説や神話では、ウナギ、よく出てくるんだよ。ウミヘビとかヘビで語られることもあるけど、ヘビがいない島ではウナギのほうが一般的みたいで」


「だあぁっ、もう! 今はそんな豆知識、どーでもいいだろ! ってか、さっさと片付けねえと、タイムオーバーになるぜ」

「そういえばそうかも。今日はボス戦まで行くつもりなかったのに、カイの暴走に引きずられちゃったから、四時間制限のタイムリミットが近いんだよね」


 ラフが、だらりと両腕を垂らした。


「じゃ、まあ、仕方ねえか。さっさと終わらすには、これがいちばんだよな」


 アタシはハッとする。


「待って!」

「どうして?」

「使ってほしくない」

「しゃーないだろ? お姫さまはそこから動けないんだし」


 ラフの黒髪がザワリと波打った。ブーツの足下から不穏な風が湧き立つ。


 ミシリ。


 一瞬、ステージそのものが軋んだ。稲光が走ったように見えた。

 画像の乱れ? 胸騒ぎがする。


「なによ、今のは?」


 ラフがざらついた声で答えた。


「オレの存在がフィールドのCGに干渉シたンだ。バグだかラさぁ……オレのスキル。呪いって、本当ハこノ世界で承認サレチゃイケネェんだヨ」


 ラフは目を閉じた。


 ミシリ。


 ステージのCGが再び軋んだ。バトルのBGMが流れを止めた。クーナやヒナやカイが数秒、フリーズする。


 これって、本格的にヤバいんじゃないの?


 ラフが身じろぎする。稲妻みたいな白い光が無数に走る。ザラザラとした雑音が聞こえる。AIキャラたちの動きが飛び飛びになる。


 アタシは叫んだ。


「ねえ、待って、ラフ! もう少しだけ待っててよ! アタシも戦うから、この束縛が解けるまで持ちこたえてて! 呪いを発動させないでよ!」


 ラフは目を開いた。


「……遅ェヨ」


 黒いはずのラフの目が、まがまがしく赤く光っている。ラフの端正な顔が、変わる。狂気的に開いた口元。牙がのぞく。


 首筋からお腹まで、びっしりと、赤黒い紋様が燃えるように輝いた。


 ラフは笑った。野獣の雄叫びみたいなノイズが、重なって聞こえる。再開したばかりのBGMが掻き乱されて、濁った。


 ミシリ。


 ラフの全身を、パリパリと小さな稲妻が包んでいる。違う、稲妻に見えたけど、あれは違う。画像のひずみが光って見えるだけ。


 壊れかけてる。


 二本の大剣が重さを失ったかのようだった。ラフは跳んだ。高い高いジャンプから、二つの刃を打ち下ろす。


 斬撃を長槍で受け止めたクーナは顔を歪ませた。双剣の勢いを防げない。ラフの剣がクーナの肩に傷を付ける。


「ラフ、グッジョブ!」


 ニコルがツタの葉っぱを投げた。ツタがクーナの傷口に入り込む。メリメリと音をたてて、ツタは宿主に寄生する。


「やめてぇっ!」


 ヒナが泣き叫んだ。


 ラフが暴れる。右から左から、無秩序な斬撃。らんらんと赤く光る目。狂気的な高笑い。


「ハハ、アハハハッ……!」


 巻き添えを食いかけて、ニコルがバトルフィールドから下がった。


 クーナが傷付いていく。ダメージ判定。ヒットポイントの減少、減少、減少。

 長槍の穂先が飛ぶ。二の腕に斬撃が入る。胸の筋肉が裂ける。脇腹を刃がこする。


 血しぶきの代わりに、青い光がクーナの全身からこぼれる。ニコルの植え付けたツタが、肩の傷を押し広げながら、つるを伸ばす。つるがクーナの首を絞め上げた。


 穂先を失った長槍が黒岩の地面に転がった。クーナの胸の傷口から、輝く球体がこぼれ落ちた。ホクラニだ。


「オレは、まだ……」


 クーナはホクラニに手を伸ばした。ニコルのツタがホクラニを横からさらった。


「もらってくよ。後はクーナを倒すだけだ」


 ニコルのつぶやきに応えるみたいに、ラフは吠えた。吠えたっていうか、何かしゃべったのはわかった。でも、ノイズがひどくて聞こえなかった。


 ラフがクーナを追い詰めていく。ラフのスタミナポイントも、クーナのヒットポイントも、あっという間に減っていく。


 拘束されたアタシは、ただバトルの行方を見つめている。ボロボロになっていくラフとクーナを見つめている。


 唐突に実感した。ピアズの世界にも死という概念は存在する、ということを。一般ユーザが使うアバターに死が訪れない、というだけで。


「こっちの世界でも、死ぬんだ」


 ストーリーに編み込まれたクーナは最初から、死すべき存在としてここにいる。そして、ラフは死を背負ってる。どうしてだかわからないけど、ユーザがそれを望んだから。


 ただのゲームなのに、目の前にチラつく死が、アタシにはつらくてたまらない。


 クーナの目が、震えながら見開かれた。クーナはヒナを捜す。まなざしに、悲しく寂しい色をたたえて。


「ハハ、死ネ! ァハハハッ!」


 濁った声で笑って、ラフはクーナの体に双剣を突き立てた。幅広の刃をぐりぐりと動かして、一息に引き抜く。青い光が、どうしようもなくあふれ出る。


 クーナの体がくずおれた。静かな目がヒナを見つめる。男の唇が微笑んで、動く。あ・い・し・て・る。


 海精クーナは死んだ。


 アタシの束縛が解けた。そして、アタシは見た。人間の身長の五倍はありそうな、巨大なウナギの姿を。


「まやかし、だったの……?」


 ニコルは、疲れ果てたように座り込んだ。


「特定のイベントを目撃したら幻術にかかっちゃうっていう仕組みだったのかもね。何か見たんでしょ? 運が悪かったんだよ、お姫さま」


 ラフはウナギの体に足をかけて、大剣を引き抜いた。反動で尻もちをつく。


「でぁー、けっこうキツかった!」


 いつものラフだった。


 ツタから解放されたヒナは、大ウナギの頭のほうへ駆け寄った。


「ああ、クーナ……」


 クーナの姿は、ヒナの目にはどんなふうに映ってるんだろう? ヒナはためらうことなく、大ウナギの頭を抱きしめた。静かな涙がとめどなく流れる。


 ぐにゃり、と世界が歪んだ。ラフの呪いみたいな乱れじゃなくて、キッチリとプログラムされた歪み方で。


「元の時代に戻るのか?」


 ラフの問いかけに、どこからか、ヒイアカの声がする。


「皆さま、お疲れさまでした」


 アタシたちは時空の歪みに放り込まれた。



***



 下弦の月までに二日足りない夜、海精クーナは滅んだ。巫女ヒナは、愛するクーナの肉体を切り分けて土に埋めた。


 クーナの頭からはココヤシが生えた。心臓からはパンノキが生えた。性器からはバナナが生えた。尻尾からはカロイモが生えた。


 ヒナは村を去った。


 村は海精と巫女を失った。その代わりに、大地の恵みの豊穣を知った。名を持たなかった村は、フアフアと呼ばれるようになった。フアフアとは、ホヌアの言葉で「豊穣」を意味する。


 それが、神代の終わりに起こった伝説のてんまつだった

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