呪いのチカラ

 うっそうとした木々が、途切れた。ぽっかりと開けた広場。広場の周囲には、黄金色のタケが茂っている。


 広場の中心に、一本の巨大なタケが、立っている。タケの内側から、黄金色の光がにじんでいる。


 アタシは進み出て、先頭だったニコルに並んだ。


「どうやらここがオヘの住み処のようね」


 ニコルはフキの葉から飛び下りた。フキの葉は、ひょこひょこと走って森へ帰っていく。ラフはアタシとニコルの間に立って、さらに一歩、先へ踏み出した。


 ザワザワと、広場を囲むタケが一斉に葉を揺すり始めた。風はない。


 中央のタケが黄金色の光を明滅させた。明滅は、心臓の鼓動みたいなリズムだ。どくん、どくん。だんだん光が強くなっていく。


「オヘって、タケの中から現れるのね? かぐや姫?」


 ニコルが知識を披露した。


「タケの中に人が住むっていう発想は、太平洋の島々の伝説らしいよ。かぐや姫伝説も、そのうちのひとつ。もともと南洋から入ったんじゃないかって説があるんだ」

「変なこと知ってるのね」

「趣味だよ。伝説や神話、好きなんだ」


 黄金色のタケの茎に、スッと亀裂が走った。亀裂はねじ曲がって、左右に広がる。


「おっ、出てくるぜ」


 黄金色の女がタケの中から現れた。女は長い脚で、苔むした地面に降り立つ。女の背後で、タケの茎が元通りに閉ざされた。


「招いた記憶はないけれど、お客さまかしら?」


 タケそのものみたいな、硬そうな肌。黄金色の全身は、ボディスーツでも着てるような印象。裸なんだけど、裸っぽくない。スタイルはすごくいい。


 ラフは、コンピュータ制御のその女にウインクしてみせた。


「アンタがオヘかい、グラマラスなおねえさん?」


 アタシはラフの束ね髪をぐいっと引っ張った。


「敵キャラまでナンパしてんじゃないわよ」

「痛てて、マジでダメージ入ってる! ボス戦の前にそれはやめてくれ!」

「ふんっ」


 タケの色をした女は、眼球のない目でアタシたちを順繰りに見た。


「ワタクシの名はオヘ。アナタたちが何者かは知らないけれど、アナタたちからは敵意を感じる。去りなさい」

「ずいぶん高飛車なかぐや姫ね」


 オヘは色っぽい感じに笑って、プログラムされたセリフを吐いた。


「ヒイアカが結婚? おめでとうと伝えてちょうだい。でも、ホクラニは返さないわよ。ワタクシにも幸せになる権利はあるはずだもの。ワタクシは誰よりも美しくなって、あのかたを振り向かせるの」


 ニコルは眉をハの字に開いて、困った顔をした。


「こういう流れじゃあ、やっぱりこの人自身がボスだよね」


 オヘは腰に手を当てた。


「あら、見逃してあげようと思ったのに、帰らないのね。ホクラニを返せって? だったら、力ずくで奪ってみなさい!」


 タケの小枝のような髪が、ミシミシと音を立てて逆立った。オヘの胸が淡く発光している。


「あの光がホクラニか。戦神クーの星、だっけ?」


 オヘの胸の谷間の奥に輝きが埋まっている。冴え冴えとした、透明な光だ。風圧を放つほどの魔力。剣の間合いより遠い地点に立っていても、その風が感じられる。 


 バトル開始のカウントダウンが表示された。アタシは剣を抜き放った。隣でラフが双剣を構える。


 3・2・1・Fight!


 そのとたん、四方八方から不吉な音が聞こえてきた。地鳴りがした。殺気に取り囲まれた。広場を取り巻くタケの茂みが、一斉に立ち上がった!


「ちょっと、なによ、あれ! 全部モンスターだっていうの?」


 ものすごい数だ。一体一体の戦力は、たいしたことないと思う。でも、あれだけの数が一度に襲いかかってきたら?


 ニコルが、自分の背丈よりも長い杖を掲げた。詠唱される呪文がウィンドウに表示される。すごい速さ、すごい長さ。これは、かなり難度の高い魔法。


 小さなニコルの体から力があふれ出した。おかっぱの銀髪が燃え立つ。エメラルドの目と、杖の先端を飾る緑の珠が、澄んだ光を放った。


「せーのっ!」


 ニコルは杖を地面に突き立てた。突かれた大地の一点を中心に、衝撃波が広がる。猛烈な魔力。アタシの体も揺さぶられる。


 立ち上がったタケの茂みがビクリと震えた。雷撃を受けたかのようにこわばって、動かない。

 オヘが地団駄を踏んだ。


「このっ! オマエたち、ワタクシの命令を聞きなさい!」


 ニコルは歯を食いしって、小さな体で仁王立ちしている。噴き出す魔力が緑色のローブをはためかせる。


「使役魔法では負けないよ」


 ニコルとオヘの魔力がぶつかり合っている。


 でも、ニコルのほうが不利だ。だって、ここはもともと、オヘのための力場だ。それをニコルが強引に分捕ろうとしてる。すごく無茶なことしてる。優劣はひっくり返らない。

 その証拠に、オヘは動ける。ニコルは術を使ったきり、身動きがとれない。


 ラフが先に飛び出した。


「シャリン、続け! 波状攻撃をかける!」

「わかってるわよ! アタシに命令しないで!」


 ラフが間合いを詰め、長身を沈める。全身で横ざまに旋回。円運動する勢いのまま、二本の大剣が斬撃を繰り出す。


“stunna”


 攻撃はヒットした。

「うふふ」

 オヘは笑ってる。ダメージが浅すぎるんだ。


 ラフがオヘから跳び離れた。交替で、アタシの攻撃。七連撃する得意技。


“Wild Iris”


「硬い……!」


 オヘは平然と立っている。


 ラフは両腕を開いて構えた。双剣を持った両腕をハサミの刃に見立てて、勢いよく閉じる。


“chill out”


 ガキン。硬い音をたてて、オヘの体はラフの双剣を受け止めた。


「うそだろ?」


 肉弾戦の間合いで、オヘが微笑む。オヘの脚が、双剣ごとラフを蹴り飛ばした。


「なにやってんのよ!」


 アタシは地面を蹴って低く跳んだ。剣に力を込める。細い剣身が、ぶわりと、巨大な槍になる。


“Bloody Minerva”


 オヘのくびれた腰に剣を突き立てた。刃が通らない。


 アタシはオヘから跳び下がった。ラフは、よろめきながら立ち上がった。放り出された双剣を、一本ずつ拾う。


「なんだよ、あの守備力? チートかよ?」

「鼻の下伸ばして油断してんじゃないわよ、バカ」

「伸ばしてねえよ。揺れない胸とか硬すぎる肌とか、そそるわけねえだろ」

「そういう問題か!」


「マジでやんなきゃヤバそうだな」


 ラフの黒い両目に、不意に、赤い光がともった。襟足でくくられた黒髪が、ざわりと波立つ。

 ……なんなの? 何かが、変。何かが……ラフの何かが、おかしい。


「ちょっと、ラフ?」


 オヘがなまめかしい仕草でアタシを見た。攻撃対象は、アタシひとり。

 アタシは身構える。


 オヘは無造作に腕を振り上げて、振り下ろした。

 遠すぎる間合い。でも、遠すぎなかった。


「は、反則っ!」


 オヘの腕が伸びた。しなうタケの強靱な一撃。思いがけないスピード。


 アタシは剣を叩き付けた。オヘの腕の勢いを相殺できない。剣もろとも、アタシは吹っ飛ばされた。


 ダメージ判定。脳しんとうは起こしていない。コマンド入力。言うことを聞いて!

 ぶざまに転がる寸前、アタシはネコのように身をひるがえして着地した。


 と。


「……ウ……ア、ア、アァッ……!」


 低い唸り声に、アタシはゾッとした。振り返って、画面にアイツを表示させる。


「ラ、ラフ?」


 シルバーメイルの内側に隠れていた、赤黒いまがまがしいイレズミが、くっきりと発光している。しゅうしゅうと煙を上げている。


 イレズミじゃないんだ。なんなの、この赤黒い紋様?


 ラフの肌の上に増殖するように、赤黒い紋様が徐々に広がっていく。割れた腹筋にまで、紋様が及ぶ。


 黒いはずのラフの両眼が、ギラギラと赤い。度を超えた闘志は、むしろ、狂気だ。


「ハ、ハハ……ァハハハッ……!」


 ラフは笑った。牙がのぞいた。上下の牙の間に唾液が糸を引いて光った。


「ど、どういうことっ?」

「驚クな、シャリン。こレガ、オレの、スキルだかラ」


 耳障りな野獣の唸りがラフの声に混じる。


「もしかしてアンタ、『呪い』を……?」

「ゴ明察」


 ラフは楽しそうに、野獣みたいに、笑っている。


 呪いは、一種の異常ステータスだ。ゲームの製作過程で生じたバグ、らしい。修正しきれずに、削除もできずに、残ってしまったもの、らしい。


 噂だけは聞いたことがあった。でも、実在するとは思ってなかった。


 呪いを発動すれば、そのバトルの間、チートになる。通常時をはるかに上回る能力を手にすることができる。


 一方で、呪いの対価もある。一定の法則に従って、操作性が失われる。つまり、コマンドが利かなくなる。下手をすれば、アバターが暴走する。


 呪いを設定した最初のうちは、まだコマンドが利く。そのぶん、引き出せる能力は低い。呪いを発動させればさせるほど、強い能力を手にできる。同時に、次第に操作不能になっていく。


 操作性が完全に失われたとき、そのアバターのデータはデリートされる。これはつまり、死だ。ピアズにおいて、おそらく唯一の、死。


「噂は本当だったの?」

「ああ、正しイよ。オ姫さまも知っテルとおり、オレは、どんどん、呪われテイク」


 なによ、それ。コイツ、ほんとのほんとにバカ?

 怒鳴ってやろうかと思った。でも、やめた。アタシは笑顔をつくってみせた。


「アンタみたいにクレイジーなやつ、初めて出会ったわ。おもしろいじゃないの」


 返事の代わりに、ラフは獣の声で大笑いした。

 ニコルが声を高くした。


「シャリン、ラフ、聞いて! タケはね、横にいじゃダメだよ。タケの繊維は縦方向に走ってる。だから、横じゃなくて縦に、攻撃を加えなきゃ」


 オヘがタケの両腕を伸ばした。標的は、アタシとラフ、両方。


「させないわよ!」

「ガァッ!」


 アタシとラフの合計三本の剣が、同時にひるがえった。タケの繊維と同じ方向に、刃を滑らせる。


 パシン!

 小気味よい手応えがあった。ヒット判定。オヘが悲鳴をあげる。


「よし、割れたわね!」


 ニコルが、アタシとラフに発破を掛けた。


「じゃあ、今から反撃開始だよ!」



***



 攻略法がわかってしまうと、バトルの難易度は一気に下がった。ホクラニを体内に取り込んだオヘは、異様にヒットポイントが高かった。でも、それだけだった。


「いやぁぁぁっ!」


 甲高い悲鳴とともに、オヘは倒れた。


 黄金色の肌が強烈に発光する。オヘは、自分の体を抱きしめた。光はオヘに反発するように弾ける。オヘの胸元から、キラキラと、ホクラニがこぼれ落ちた。


「もらってくわよ」


 アタシはホクラニを拾い上げた。


 オヘがアタシを見上げた。呆然とした顔。その輪郭が歪む。みるみるうちに、オヘの背丈が縮んだ。シャープすぎる顔立ちが、子どもっぽく丸くなる。バストが、ぺたんこにしぼんだ。


「え。ガキかよ」


 それがオヘの本性だった。十歳くらいかしら。黄金色をした大きな目が、うるうるとにじんだ。


「えーん!」


 オヘはピョコンと跳び上がった。泣きじゃくりながら、巨大なタケの中へ引っ込んでいく。


「一つ目のミッションは、これでクリアね」


 アタシは手のひらの上でホクラニを転がした。ピンポン球くらいの大きさだ。装備できないアイテムだから、重さを感知できない。


 あとはフアフアの村へ帰ればいいだけだ。

 でも、帰り道は、悲惨だった。


「なんなのよ、この迷路!」

「おい、ここ、さっきも通っただろ?」

「通ったわよ、バカ!」

「オレにキレるなって」


「さっきは右の道を選んで行き止まりだったから、次は左よ」

「シャリンって記憶力はバツグンだけど、勘は最悪だよな」

「うっさいわね!」

「あ、ほらそこトラップ」

「わかってるわよっ!」


 さっきのバトルで、ニコルはスタミナポイントを消費しきってしまった。だから、迷路みたいな熱帯雨林に使役魔法をかけることができなくて、ラフの背中におぶさるだけのお荷物になっちゃってる。


「ごめんね~」


 ニコルは謝るけど、その笑顔、絶対に反省なんかしてないわよね?

 長い長い迷路の道のりを、アタシとラフはひたすら根気強く歩き続けた。

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