第1章:シャリン
新しいステージへ
LOG IN?
――YES
PASSCODE?
――****************
...OK!
ALOHA, SHA-LING!
こんにちは、シャリン!
このステージは「ホヌア」。
南海に浮かぶ、大きな島です。
ホヌアとは、この島の古い言葉で「大地」を意味します。
さあ、お進みください。
新たなる冒険のステージへ!
***
「ふぅん。シケた場所ね」
荒野の只中に、アタシは立っている。
殺風景なフィールドだ。黒っぽく粗い土。白けた色の雑草がまばらに生える。薄曇りの空に、昼下がりの太陽が丸く透けている。
マップを表示してみる。
ここは、島の中央部にせり上がった台地。これより北には、高い山がある。南側に向けて、ゆっくり下っていく地形。ぐるりと広がる荒野の行き着く先には、霧。見通しが利かない。
強い風が吹いている。アタシのオーロラカラーのツインテールが好き放題に、風に遊ばれている。
アタシはウィンドウに全身を表示した。小さな顔に、ローズピンクの大きな目。細身の体に、長い髪。
装備品は軽さ重視で、ビキニタイプのメイル。シースルーの魔法布でできたマントとスカート。武器は細身の剣。素早い動きで敵を翻弄するのが、アタシの戦術。
ふと、パラメータボックスに、赤い文字が表示された。
“WARNING!”
モンスターが接近しているらしい。
「早々に、お出ましかしら。少しは楽しませてもらわないとね」
アタシは剣の鞘を払った。あごを引いて、脚を肩幅に開く。
南側の斜面からこっちへ向けて駆け上がってくる土煙。パラメータボックスを見れば、アタシと敵との体積比は一:五とあるから、ずいぶんデカブツみたい。
逃げも隠れもできない荒野の真ん中だ。取るべき手は正面突破だけ。
突然、パラメータボックスに妙な表示が現れた。
“SOMEONE COMING”
「
力場が発生し、空間が歪む。ブォォン、と低く唸るような効果音に、アタシは理解した。この音は、アバターが表示されるときの効果音。
この地点は、ログインポイントだ。誰かがホヌアに入ってきたらしい。
「珍しいわね。他人と出くわすなんて。ハイエストクラスの、しかもこんな
アタシはずっと一人旅だった。誰かとログインの待ち合わせをしたことがない。だから、他人がログインするシーンを、初めて目撃している。
鈍い金属質の輝きが、足のほうから頭のほうへ、人の輪郭を形づくる。
「戦士タイプ?」
アバターに色彩が定着する。
スラリと引き締まった体つきの男だ。襟足でくくられた長い黒髪。肩と胸を覆うシルバーメイル。むき出しのお腹には、形よく割れた筋肉。背中には、交差に装着された二本の大剣。
「メイルの内側の赤黒い紋様は、イレズミ? ちょっと趣味悪いわね。でも、ピアズのキャラデザって、やっぱ整ってる」
双剣の戦士は目を閉じている。浅黒い肌と右頬の一文字傷が野生的。顔立ちは、端正だ。繊細っていえるくらい、キレイ。
このアバター、アタシと同じで、ユーザ自身の3D投射で作ってあったりして。だったら、実物はけっこうな美形だ。
男のくせに長いまつげを震わせて、彼はまぶたを開いた。
「お、美少女発見! お姫さま、お名前は?」
発声の感じからして、人工音声ではないみたい。たぶん、ユーザ本人の肉声だ。姿も声も悪くないけど、チャラいセリフに興醒めしてしまう。
「人の名前を尋ねる前に、自分が名乗りなさいよ」
「こいつは失礼。はい、オレの名前」
ぴろりん、と効果音。双剣の戦士は、パラメータボックスを開示した。
name : Laugh-Maker(♂)
class : highest
peer : Nicol
「ラフ・メイカーっていうの?」
「ああ。ラフって呼んでくれ。んで、こっちがオレの相方」
もう一人、アバターが浮かび上がってくる。
魔術師らしい緑色のローブをまとった子どもだ。年齢は、設定可能な下限である十二歳にしてあるんだろう。
銀色の髪はサラサラのおかっぱ。緑色の目はこぼれ落ちそうに大きい。ピンク色のほっぺたがかわいらしい顔つき。男の子なのか女の子なのか、パッと見にはわからない。
「初めまして! ボク、ニコルです」
コンピュータ合成の子ども声も、やっぱり性別不詳。ただ、そいつのパラメータボックスに答えが書いてあった。
name : Nicol(♂)
class : highest
peer : Laugh-Maker
「ボクっ娘かと思ったら、普通に男の子なのね」
「そうだよ。よく勘違いされるんだけどね。で、おねえさんのお名前は?」
「呑気に自己紹介なんかしてる場合じゃないわよ。面倒くさそうなやつが迫ってきてるの」
アタシは剣先でモンスターを示してみせた。大トカゲだ。地響きと土煙を立てて爆走してくる。
「バカでかいトカゲだな。南国系ステージらしく、爬虫類型モンスターがお出迎え役ってわけだ。ニコル、情報を」
「了解」
ニコルはローブの袖から、ペンくらいのサイズの小枝を取り出した。ニコルが小枝をサッと一振りする。小枝は、ニコルの背丈よりも長い杖へと姿を変えた。
杖のてっぺんに付いた緑色の珠が淡く光った。ニコルが何かの魔法スキルを発動させたらしい。魔力を帯びた風が、ニコルの小さな体から湧き起こっている。
「モオキハって名前のモンスターだ。バシリスクタイプではないから、石化魔法は使わないよ。炎の属性も毒の属性も検出されないし。ヒットポイントが高いだけの、ただの力押しキャラだ」
「透視? アンタ、妙な能力を持ってるのね」
「見たところ、おねえさんも力押しキャラ? 意外と攻撃力の数値が高いんだね。敏捷性がすごい。そんなに速くて、自分についていける?」
「当たり前でしょ。反応速度には自信があるの。透視や索敵みたいな補助系の魔法なんて必要ない。初めての敵でも、戦いながら属性を見破れるわ。アンタたちと一緒にしないで」
ラフが両手に一本ずつ、大剣を構えた。
「頼もしいもんだ。で、お姫さまに相談があるんだけどさ」
「なによ?」
「このホヌアってステージをクリアするまで、オレたちのピアにならないか?」
ピアっていうのは、つまり、ともに戦う仲間のこと。ピアという単語は、ゲームタイトルにも冠されている。
『
ソーシャルネットワークを利用した
でも、アタシは鼻を鳴らしてやった。
「ピア? 結局どんなメリットがあるのかしら? こっちの人数が増えれば敵も強くなるように設定されるんでしょ?」
「難易度上昇は事実。でも相対的に見て、協力プレーのボーナスのほうがおいしいぜ。つまり、三人でバトルをワンミニッツクリアした場合、一人で三分かけるよりも、経験値とゴールドが多く稼げるってこと」
ニコルが口を挟んだ。
「あのトカゲはもっと楽だよ。ハーフミニッツを狙える。ボクたち三人なら、ね」
「協力ボーナスがお得かどうかは、アンタたちがアタシについてこられることが前提でしょ。アタシの足を引っ張らないって保証できるの?」
手を結ばないのであれば、あの大トカゲは、先に手を下した側の獲物となる。遅れをとった側はバトルから弾き出される。
ラフとニコルを
「頼むよ、お姫さま。ピアになってよ。ひとまずこのバトルで様子を見てくれ」
「うるさい」
「協力して三十秒を切れなかったら、別行動してくれてかまわないからさ」
「ずいぶん自信がありそうね」
「もちろん。ほらほら、バトル開始まで時間がないぜ。どうする?」
取り引きや駆け引きは苦手。言葉を返すのが面倒くさくなってきた。
「わかったわよ。とりあえず、アンタたちをアタシのピアと認めるわ」
アタシは、初めてのその操作をする。
name : SHA-LING(♀)
class : highest
peer : none
Here come new peers.
Will you accept them?
――YES
Laugh-Maker became your peer!
Nicol became your peer!
これで、ラフとニコルはアタシのピアになった。
「サンキュ、お姫さま」
「シャリンよ」
「シャリン姫さまね。これで百人力だ」
モオキハが、爆走を止めた。砂をかぶった全身は、おおよそ緑褐色。でも、喉元から胸にかけて、毒々しい鮮やかなピンク色。赤く裂けた口から、尖った長い舌と凶悪そうな牙がのぞいた。
「ハーフミニッツで決められるって、本当でしょうね?」
アタシの言葉に、ニコルがうなずいた。
「ボクが保証する。援護するから、シャリンとラフは大暴れして」
「アタシは速いわよ。ついてきてよね」
ラフが双剣を打ち合わせた。
「疑ってくれるなよ。オレたちだって、だてにハイエストやってるわけじゃねえよ」
「ふぅん。そう」
「なあ、お姫さま。ハーフミニッツは当然として、クォーターミニッツでやれたらさ、ご褒美にキスしてくれる?」
「はぁ? なに言ってんのよ、バカ!」
「つれないねぇ。まあ、いいや。とりあえず、一発目からコンボ狙おうぜ」
「BPM300の鬼譜面、いける?」
「出せる出せる。敏捷性はお姫さまのほうが高いから、一番槍は任せる」
「遅れずに入ってよね」
バトル開始のカウントダウンが表示される。
3・2・1・Fight!
BPMとかっていうのは、ユーザとしての会話。シャリンとしてのアタシは、華麗に剣を構える。
ニコルの全身がポゥッと光った。
「攻撃力強化、っと! じゃ、行ってらっしゃーい」
アタシが、一番槍。行けっ、と叫ぶ。
“Wild Iris”
七回連続の斬り技が炸裂する。
次にラフが飛び出した。
“kick ass”
縦回転しながら左右の大剣で斬りまくる。
ニコルが、後ろのほうから魔力を飛ばす。
「敵さんの防御力ダウン! ……って、まだ硬いな。もう一回やっとくかな」
アタシとラフで波状攻撃をかける。休みのない斬撃を受けてモオキハは動けない。
「案外やるわね」
ラフの双剣は一撃一撃が重い。表示される技の名前は英語のスラング。ちょっと感心できない言葉ばっかりだけど。
「防御力、下がれー!」
ニコルがガンガン補助魔法を使うたび、モオキハに与えるダメージがおもしろいほど大きくなる。
ラフが笑った。
「すっげー! 息ピッタリじゃん! ここまでうまくハメれるって、すげーよ!」
そう。ほんと。
「うん、気持ちいい!」
ニコルが葉っぱのチャクラムを飛ばした。
「押して押してー! クォーターミニッツ切れるかもよ!」
つまり、十五秒でこんな強敵を撃破できるってこと。爽快!
ラフがモオキハに突進した。
「とどめだ!」
“stunna”
ラフは横回転しながら左右の剣で攻撃した。モオキハが断末魔の悲鳴をあげて、光って消滅する。
勝利のモーションで、ニコルがぴょんぴょん跳ねた。
「十三秒〇二って、すごいね! ほんとにクォーターミニッツ切ったよ!」
バトル勝利に加えて、各種ボーナスが加算される。十五秒以内でのモンスター撃破のボーナス。それと、ノーミスクリアのボーナスがおいしい。
「アンタたち、相当やり込んでるの? BPM300の鬼譜面がパーフェクトなんて」
最高難度の技を平気で繰り出してた。アタシと息を合わせて、完璧なタイミングで。
ラフが双剣を鞘に収めた。
「今回の技はショートコマンドばっかだったからね。これくらいなら余裕だよ。ま、オレは多少ミスっても、ニコルがカバーしてくれるし」
「このバトルでは、ボクの出番は少なかったけどね」
でこぼこコンビって感じ。背が高くて細身で、顔に傷があって、ワイルド系のラフ。小柄で、子どもっぽくて、女の子みたいにかわいいニコル。
二人とも強い。というか、二人セットだと強い。
なんてね。やすやすと認めちゃうのは
ラフが傷のある顔でアタシに笑いかけた。
「お姫さま、オレたち合格だろ?」
「まあ、そうね。合格にしてあげる」
「よっしゃ! このホヌアってステージの間、よろしく頼むぜ」
差し出された手を、握る。
「繰り返すけど、アタシの足を引っ張らないでよ」
「了解了解。そうそう、それと、さっきの約束」
「約束?」
「ご褒美のキスはいつでも受け付けるよ」
「ぶっ飛ばされたい?」
ニコルは、呑気ににこにこしている。
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