葉月先生の恋
水菜月
夏のものがたり
第1話 トマトの朝
夏休みがはじまったばかりのさわやかな朝。
木の枝にいる蝉の声が、にぎやかに鳴り響く。
おはよ。今日も一日、暑くなりそうだよ。
*
私の中学には、クロード葉月先生という理科の先生がいるの。
先生は去年の春から赴任して来たのだけど、かなり変わり者だという評判なんだ。
だって、虫や動物と会話しちゃうなんて、ね、信じられる?
二階の窓から、お隣の野菜畑をのぞいてみると。
あ、葉月先生、早起きして庭の野菜を収穫しているよ。
私のなまえは「山藤律子」といいます。古風な名だねってよく言われる。
そうなのです。私と葉月先生は、お隣同士なの。
私は新聞を取りに行って、先生にあいさつをします。
「葉月先生、おはようございます」
「りっちゃん、おはようございます。ああ、これ少し持っていって。朝採りトマトです」
今朝、丹精こめて栽培している庭のトマトが真っ赤になったから、はさみでちょきんと切って、かごに並べていとおしそうに見つめている。
ぷるぷる、つやつやなキューピーのあたまのようにとんがったトマトたち。
そのうちの三こ、うちの家族分を渡してくれた。
「すこしだけトマトは残しておくんです。鳥に分けてあげましょう」
また固い緑色のピーマンの横に、真っ赤なピーマンができていて、これも一緒に収穫。赤いピーマンは、一つの枝に一つくらいしか成ってない。
緑と赤のピーマンは別の品種なわけではなくて、同じ枝に成るって、先生が教えてくれたの。だから、緑から赤に変身中の不思議色もあるんだよ。
葉月先生って、背もすらっと高くて、はしばみ色の瞳がすてき。
お父さまは日本人で、お母さまはフランス人なんですって。
銀縁の眼鏡をかけていて、前髪がそっとかかるたびに、人差し指と親指でレンズのすぐ横の弦の部分をくって上げるのね。
その時に、中指ですっと前髪を払うの。その仕草がなんだかすきで、ついつい見つめてしまうんだ。すてきな横顔。
でもね、そんな葉月先生を見つめている女の子はたくさんいるの。なのに、当の先生ったら、そんなことぜんぜん気づいていなくて。
もちろん、隣の家に住む私が、先生を観察していることも知らないだろうな。
「ひとつ、今食べますか」
先生のトマトは、そのままかじりついてもおいしい。
すこしだけあたたかいトマトはお陽ひさまの味がして、しあわせになる。
朝って、庭に咲く薄紅色の朝顔にも、すべり台みたいなつゆ草の葉っぱにも、水玉のような水滴がついていて、指ではじいてしまいたくなる。
そんなものにも命があるって、先生は言いそうな気もする。
先生は理科の先生だけど、或る人は哲学者みたいだっていうの。
哲学ってなんだろう。中学生の私にはよくわからないけど、難しいのかな。
先生、トマトありがと。
ママ、葉月先生とこのトマトもらったよー。
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