私が好きなのは、あなたなんです 中篇

 どうしてこうなったんだろう。

 行こうと思って結局入らず終いだった喫茶店に、三樹ではなくって睦月君とこうして向かい合って座っている。たどたどしく頼んだのは、コーヒーとパンケーキのセットだったけれど、こうやって向かい合っていると、普段だったら美味しい美味しいと食べられるメープルシロップの濃い匂いも、ミルクすら入れていないコーヒーの苦さも、パンケーキ自体のふんわりとした食感も、全てが遠く感じてしまう。

 私がぎこちなくナイフとフォークを動かしている間に、睦月君は私の挙動不審さを眺めながら、ホットサンドを食べて、時折指先についたパン屑をちろりと舐め取っていた。頼んだ飲み物はオレンジジュースだったのが、何だか子供っぽいなとそんな事を思いながら。


「ええっと……」

「ん、何?」


 私を眺めながらのんびりとまた一口、睦月君はホットサンドを頬張る。美味しそうに目を細めて食べる様は、何だかものすごく様になっていて、思わず見惚れそうになってしまうけれど、そうじゃなくって。

 ナイフとフォークを一旦置いてから、私は口を開いた。


「あの、睦月君はその……どうして、こんな……所で。皆と一緒にいなくってよかったの?」

「んー……ライブ終わった後は打ち上げとかだけど、まだそんな時間でもないし。そもそも俺らもまだ酒飲めねえのに、打ち上げとかって言っても大した事しないしなあ」

「あ、そうなんだね……ええっと……」

「うん」


 どこまで立ち聞きしてたんだろう。三樹がすごい剣幕で睦月君にまで八つ当たっていたのが、私にとっては悲しかったんだけれど。多分そう言うのじゃなくって。私は少しだけテーブルに視線を落としてから、睦月君の方に顔を上げた。


「……私と三樹の会話、どこから聞いてた?」

「うーんと、内容はよく分かんなかったけどさ。春待女と春待男が言い争いをしてたとこからはいたかなあ。どうやって介入しようか考えてたけど、なあんかやらしい事しそうになってたから、あ、まずくね? と思って声をかけてた」

「っ……あの、何で?」

「何でって何が?」

「……いたって、見てたって、何で?」


 思い違いをしたら怖い。何だか睦月君の言い方を聞いてたら、まるで私の事探してたみたいって勘違いしそうで怖い。思わず震えそうになりながらそう尋ねると、睦月君は目を瞬かせた。

 こう一つ一つの動作が随分と子供じみた所があるのが睦月君だ。それを可愛い、とは思わないけれど、ああ睦月君だって安心してしまう私はどうかしているんだと思う。

 あばたもえくぼって、こう言う事なのかな……。

 私が聞いた瞬間、睦月君は食べかけだったホットサンドを全部口に突っ込むと急いで咀嚼して、オレンジジュースでごっくんと流してしまった。あんまりにもオーバーリアクションなのに、私は思わず目をぱちぱちぱちぱちと瞬かせてしまう。


「あー……」


 まるで歌を歌う前の発声練習みたいに唸り声を上げるのが、ますます意味が分からなくて、私は唖然としてしまう。ずっと唸り声をあげていたと思ったら、ふいにそれは途切れて、ばっと私を見た。

 まるでライブ会場で歌う時みたいな、ひどく印象強い視線の力に、私は思わず呆然としてしまう。


「俺、何度も何度も考えたけど。春待女の事好きみたいだ」

「…………は?」


 乙女ゲームの主人公って偉大だ。私は本気でそう思ってしまった。天然ボケとかで全部スルーする事も、いわゆるスイーツ脳みたいにそれを即許有する事も、私にはできなかった。だから、こんな素っ頓狂な言葉しか出てこないって訳だ。

 私の言葉に、少しだけ睦月君は唇を尖らせて不服そうな気がする。


「他の反応ないのかヨー?」

「そ、そう、かもしれないけど……だって睦月君、私の事会った瞬間子供扱いしたし……」

「だって、その時は本当にそう思ったんだし」

「……そ、それがどうして好きに……?」

「うん。俺は正直、お前が羨ましいって思ったんだよなあ」


 そう言いながらにかっと笑う睦月君に、私はただただ唖然としていた。

 いくら何でも出来過ぎてる。だって、今三樹に告白された瞬間に睦月君にまで告白されるなんて、そんなのおかしい。

 だって私、何もしてないじゃない。普通に春待六花として過ごしていただけなのに、乙女ゲームの主人公らしい事なんて一つもしてない。自分で言うのも難だけど、身内認定している人以外アウトオブ眼中だし、子供じみているにも程があるし、それがいきなり告白されるなんて、あまりにも出来過ぎている。おかしい。

 頭の中がパーンと弾けそうになり、パニックに陥って視線がうろうろうろうろと彷徨ってしまう。だって、そんな。やっぱり……。

 私がキャパシティーオーバーを引き起こしている間にも、淡々と睦月君は語っている。


「俺、まともな家族がいた事がないから。ずっと施設で育ったし、そりゃ施設出身の奴らは家族みたいなもんだったかもしれないけれどさ、それって友達みたいなもんで、血みたいな濃い関係って言うのがピンと来なかった。けどさ、春待女が春待一家に可愛がられているの見たら眩しくってさ。仲間内からは俺は「ファミコン」って奴らしいけど、本当にそうなのかもなあって」

「……それが、私を好きって?」

「最初はさあ。ただ家族愛に飢えてるからそう思ったのかなあって思ったんだけどさ、さっきの見ててなあんか違うって思ったんだよな。

「……うん」

「何か嫌だって思ったんだよ。お前がさ、他の奴と……家族としてじゃなく一緒にいるのがさ。ちゃんと言いたかったんだ、俺がお前の事好きだって」


 そう言ってにかっと笑うのに、私はくらくらとする。本気で自分の身に起こっている事って実感できないのが半分、嬉し過ぎて身体全体がふわふわし過ぎてよく分からなくなっていると言うのが半分。

 でも……私は三樹の事を思い出した。三樹がどうして私と睦月君を二人にしてくれたのか。その事を少しだけ考えつつ。


「……あのさ、私は睦月君の事をさ。多分……好きなんだと思う。ロッカーとそのファンって思われたら、やっぱりすっごく嫌だって思って。勝手に想像して泣く位には、睦月君の事が好き」

「えっ……! じゃあ、両想……」

「でもさ、ちょっとだけ待ってくれない?」


 私はそう言ってストップをかけた。三樹の事、放ったらかしにして、私だけ幸せになんかなれない。

 でも。少しだけ力が抜けたら、途端にメープルシロップの濃い匂いがひどく美味しそうに思えてきた。人間って、本当に現金にできている。

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