親切な悪魔

ヤケノ

親切な悪魔

「願いをかなえてやったぞ」

親切な悪魔が僕にそう告げた。


「何のことですか? 僕は何もお願いなんてしてはいませんよ」

青年はアルバイトの帰りだった。彼の両親はギャンブルに熱中して彼の学費を払ってくれていないからだ。


「お前の願いじゃない。

お前の両親が俺と契約したのだ。

奴らの願いは、自分たちの息子を別の優秀なのと取り換えてくれという願いさ」

そいつは黒い服を着て悪魔的な角としっぽの生えた姿をしている。


「別にお前の知らせる義務はない。

どうせお前たちはこれから記憶ごと取り換えられて、その交換先のそれぞれを、元々そうであったと疑いなく信じて生きるのさ」

悪魔の口角がほんのわずかだけ吊り上った。


そう言われた青年は、急に目の前が真っ暗になった。




気が付けば、見知らぬ部屋にいた。

見知らぬ中年の男女がこっちを見ている。


「いや、何を考えているんだ、僕は。

これは僕の家で、二人は僕の両親じゃないか」


青年の両親は金をせびってギャンブルに通うこともなく、遊ぶ金を要求通り渡さないと暴力をふるうこともない青年とともに、幸せな家族としてこれからも生きていくのだ。






悪魔は、親子喧嘩の末殺し合った一家の記事の載る新聞をゴミ箱に突っ込んだ。


「そんなうまい話あるわけないだろ。騙すことなく悪魔だと名乗っただろ」


ギャンブル狂いの両親と、家庭内暴力を繰り返す息子と記事には書いてあった。

より背が高く体重の重いだけの乱暴者を、悪魔は優秀と表現したに過ぎない。動物としては、それが優れているのかもしれない。


悪魔は、大人しい両親に家庭内暴力を繰り返す息子と、ギャンブル狂いの両親とその息子である勤勉な青年。

その二つの家庭を交換してやった。


「ともかく、この三つの薄汚れた魂で俺のノルマは達成だ」


仕事を終わらせた悪魔は、どこかへ消えていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

親切な悪魔 ヤケノ @yakeno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ