迷宮之森
「なんだか森が深くなってきたね……」
「そうであるな。だが、ここの森を越えねば次の街には行けぬようだし、仕方あるまい」
「う~……」
わたしたちはビギンズを出てしばらく北上した先――、NPCの間では迷宮の森と呼ばれている場所に来ていた。
薄暗く、鬱蒼とした森だ。土の匂いや草の匂いがするが、それに混ざって獣の匂いもしている。
それよりも問題はミカンだ。これほどくっつかれていては可動域が狭くなり、周囲の警戒もできぬ。
「ミカン、怖いのは分かるのだがもう少し離れくれぬと魔物が出てきたとき即座に対応できぬよ」
「でも、でもぉ……う、うぅ。わ、分かった。私頑張る……」
「おう、それでこそミカンであるな」
どうしてだろうか……出会ったころより幼く見えるな。本当のミカンはこのような人であったのか。中々に愛い者よ。
その時である。頭上に気配を感じたのは。
この気配であるとシャドウモンキーであろう。
森に潜む猿のような真っ黒な塊の魔物である。
「ちっ、厄介な」
「わぁっ!?」
わたしはとっさにミカンを後ろへ押し安全を確保する。同時に刀を抜刀し、シャドウモンキーの首らしき部分をめがけて刀を振った。
小気味の良い音を立ててシャドウモンキーの首は寸断され、淡い光に包まれ消えた。
危なかったわけではないが、やはりリスクが大きくなっているな。これが団体で動くということであるか。
単独任務が多かったわたしにとっては慣れない故、やはり不便である。
だが、それを表情に出すわけにはいかない。女性に気を使わせるようでは男が廃る。
「一撃……」
「大丈夫であるか?」
しりもちをついているミカンに手を差し伸べる。
まじまじと見られているが、どうしたというのであろうか。
「だ、大丈夫。次は私も援護するからねっ」
そんなやりとりをした後、わたしとミカンは奥へ奥へと進む。
森の中程まで来たあたりで、開けた広場が見えた。
するとなんと、人がいるではないか――あれは……。
「走るぞミカン。あのサルに人が襲われているぞ。かなりの劣勢のようだ」
「はいっ!」
うむ、良い返事である。
わたしの視線の先にはサルが四十匹ほど。対するプレイヤーの数は……二人か。
大方、脇道に外れて気の上に実っている果実に手を出そうとしたのだろう。
わたしも昨日の夜に十匹ほどに襲われたので、経験済みである。
「どどどどどうしよう、どうしようホタル……!」
「落ち着いてアキ! ある程度倒したら逃げればいいの!」
あそこに居るのは蛍殿と清明殿ではないか。
まずいな、清明殿は冷静さを大幅に欠いている。目の焦点が定まっておらぬではないかっ……!
――キキー!!
甲高い鳴き声を上げて、サル共が少女二人に襲い掛かって行く。
「や、やめて、こっちこないでぇええ!」
あろうことか清明殿は武器である呪符を手放してしまった。
距離が遠すぎる。刀を投げる訳にもいかぬ……。
「【フラムボム】!!」
ミカンが流れるような詠唱で魔法を放った。
それは美しい放物線を描き、清明殿の目の前に迫っていたサルに的中した。
「な、なに!? いやあああ!」
「増援……!? なにやってんのあんたたち、早く逃げてっ! ――って、刹那っち!?」
――キキー!?
サル共めようやくこちらに気付いたか……。
「貴様等の相手はこのわたしである! さあ、かかってくるがいいッッッ!!」
わたしは天と地を割らんばかりの勢いでサル共へ声の気を発した。
思惑通り、奴らの敵意はわたし独りに絞られる。
「ミカン! 二人と一緒にわたしの援護を!」
「分かった、任せて!」
―――――
「さあ来い、哀れな獣めが」
刹那が刀を構えると、シャドウモンキーたちは一斉にそちらへ飛びかかっていく。
雄叫びと共に怒涛の勢いで攻勢にでるが――奴らは相手が悪かった。
「フッ――」
一息、刹那が短く息を吐くと、前線に居たシャドウモンキーが知らずの内に胴体を切断されている。
「ハッ――」
刹那を中心に三百六十度敵の頭が一気に吹き飛んだ。
「なに……刹那っち……? どうなってるの」
「す、すごい」
蛍と清明は驚いた口がふさがらないと言った様子だ。
完全にシャドウモンキーたちの注意はセツナへ向けられていて、他の三人には見向きもしなかった。
「関心している暇はありません! 刹那の援護をお願いします!」
蜜柑はシャドウモンキーたちのその隙を逃す気はなかった。
今攻撃しなければ、いつ刹那が数で圧倒されてしまうか分からないのだ。なにせ、刹那の防御力は0。いつ攻撃を喰らって死んでしまうか分からないのだから、二人と共に早く加勢しなければならない。
蜜柑の声に、蛍は短刀二本を携え流れるような太刀筋で敵を切り裂き、清明は光属性の攻撃魔法【サンレイズ】で光の光線を出し敵を焼き尽くした。
蜜柑も負けてはおらず、武器の杖を握りしめて魔法を連続で放っていた。前衛を張っている蛍の体力の気配りをしながら時折回復魔法も唱えている。
何分、戦っていただろうか。
五分か、いや十分か。刹那の処理能力をもってしても四十匹は多すぎるのだ。
十五匹目を狩ろうと、刹那が動くと――違和感が体を支配する。
鈍く、遅い変化に刹那の動きが止まってしまった。
刹那の視界の先には、突進してくるシャドウモンキーの姿が。
「な、なんであるか!? これは!!」
刀身が蒼く輝き、両腕だけが強制的に動かされている感覚に刹那は陥ってしまった。
(このままでは直撃する!?)
刹那の本能による回避行動――土手腹に突撃してきたシャドウモンキーを蹴りで吹き飛ばすという行為によって直撃は避けられた。
だが、刹那にとっては致命的なものだった。
もう一度同じ行動をとるのは危険だと思ったものの、このままではまともに戦闘ができないという判断を刹那はくだした。
助けを求めるは、ベテランのゲーマーだ。
「蛍殿、一定の構えを取るとシステムに体を取られる、どうすれば良い!?」
「自動スキル発動オフって叫んで!! ああっ、私は自動スキル発動オンだっつーの!! もう!」
蛍はシャドウモンキーを切り刻みながら、冷静に刹那の疑問に答えた。
「自動スキル発動オフ!」
刹那がそう叫ぶと視界の端に文字だけが流れて行ったのを確認した。
『モーションによる自動スキル発動:オフ』
これで満足に戦える――、そう思った時にはすでに体は動いていた。
右足を前にだし、全身全霊を込めて刀を振る。
(これで、こやつらを根絶やしにできる……)
すべてのシャドウモンキーを駆逐するまで、それから数秒とかからなかった。
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