蜜柑驚愕
「ふむ……これからどうしたものか」
あれから三日が経った。
当初は外部の人間がなんとかしてくれるものだろうと高をくくっていた。
だが、当然そのような救いの手があるはずもない。
桜殿、蛍殿、清明殿、雪崩殿とはあれから全く連絡がつかなくなっている。消息も不明である。
雪月風花に行っても見たが、店はクローズという看板が掛かっているだけで人の姿など見られなかったのだ。
おまけに、フレンド機能やメッセージ機能も使えない。
今いるのはわたしとミカン殿の所持金でぼろ宿に泊まっている次第である。
「……私、このままじゃダメな気がしますっ」
「そうであるな。闇雲に知り合いの顔を探してこの街を探索したところで、怯えた顔をした人間しかおらんしな。だがどうする? ミカン殿。わたしは何も情報を持っていない。わかるのは魔王、という奴を倒せばこの夏獲無を終わらせることができる、という事までであるぞ」
「そうなんですよね……刹那さんの知り合いの方に会えれば、また状況は変わるかもしれませんけど……でもやっぱり、私、このまま宿に籠っててもいけない気がするんです……」
ほう、成長したな。ミカン殿。毎夜毎夜泣いているだけではないということであるな。
ならば、やることは決まっておる。
「では、こうしないか? ミカン殿」
「え?」
「この夏獲無で魔王を倒しに行こうではないか。桜殿や雪崩殿なら行動するはずであるぞ。わたしたちが進んでいけば、きっとどこかで会えるかもしれぬからな」
「で、でも私にできるかな……」
「大丈夫だ。わたしがいるではないか。最初に出会ったあの時を忘れたか……?」
少し得意気にわたしは言う。これくらいカマをかけてやればミカン殿であればすぐに笑ってくれるのだ。
案の定である。微笑んでくれた。
「そうですね……刹那さんと一緒なら、大丈夫な気がします!」
「ハハハっ! ミカン殿、わたしに全て任せておくがいい」
「刹那さん……、私、ミカン殿、とか呼ばれるの恥ずかしいのでその……」
「そ、そうであったか? では、なんと呼べばよいのであろうか?」
「えっと……ミカン、でいいです。そのまま呼んでくださいその代わりその……刹那さんも、刹那……って呼んでもいいですかっ!?」
「――良いな! 良いぞ、ミカンど……おっと、ミカン……であったな」
「じゃあその、刹那……い、行きましょう!」
なんだ今のやりとりは……。まぁ良い。
フラフラと歩くミカンが少し頼りなかったので、わたしはその後ろに立って彼女を支えながら宿屋を出るのであった。
流石に三日も情報収集だけしておれば、この世界の事も良くわかってきたというもの。
この世界のプレイヤーたちは、ざっと二つの性質の者達に分けられる。この世界からの解放を誰よりも望む者達――攻略組なるもの達と、先ほどのわたしたちのように事の成り行きを見守るだけの者――傍観者。
三日目の今日にしてミカンが決心されたのはかなり良いスタートが切れたといえよう。
わたしもあのまま宿にミカンが留まるようであれば、彼女に見切りをつけ、わたし一人でこの世界を渡る羽目になっていたかもしれぬからな。
このゲームの基本は協力プレイから成り立っている。
パーティーを組めるのは二人から。最大六人までパーティーを組める。
パーティーを複数集めて挑むレイド戦なるものもあるらしいが、それについては良く知らぬ。
なにせ、パーティーを組まなければ、この世界を踏破できぬ、という話を聞いたのだ。
そして、パーティーには役割がある。
大体の構成を宿屋に泊っていた攻略組のものから聞いた。
彼曰く、攻撃を受け止めて敵の注意引く『タンク』が二人。敵の体力を減らし雑魚を蹴散らす『遊撃』が二人、そして後方から支援や攻撃を行う者が二人。これだけいれば戦闘が安定するというのだ。
だが、今わたしの手元にあるものは近接戦しかできぬ刀一本のみ。
ミカンは回復と攻撃の魔法を使えるらしいので後方支援である。
タンク役と遊撃役をわたしでこなせばよいだけなのであろうが、これだけでは些か不安であるな。
だが、今わたしが不安に駆られてしまってはミカンまでも不安にさせてしまう。
それだけは避けねばならぬ。
今のわたしの拠り所は、彼女の傍に他ならないのだから。
「それで勢いよくフィールドに出てきたは良いんですけど……刹那さ……刹那、これからどうすればいいですか?」
「なぁミカンよ。これからは砕けた口調で話をせぬか? なんだかわたしまで肩が凝ってくるぞ」
「え!? え!?」
「ほれ、言うとおりにせよ」
「は、はい……じゃ、なくて――う、うん」
ふむ。良い感じにリラックスできたようである。
戦う前からあのように緊張していたのでは、多勢に囲まれたときに対処に遅れる。
「それで良い。では、これからどこに向かうかだが、このまま北上し、街道沿いをずっと行くとなにやら手強い敵がいるらしい。彼奴を倒せば、次の街へ行けるそうだぞ」
「ちょ、ちょっとまってくだ――まってよっ、どうして刹那が知ってるの?」
「ふむ。情報収集が些か足りていなくて申し訳ないが、じっとしているのは性分ではなくてな――少し、北上してみたのだ。ミカンが寝静まっているうちにな」
「ど、どういうこと!?」
「どういうこともないぞ、ミカン。美しい君を放っておいてわたし独りで旅を始めるなど、言語道断。つまらぬからだ。だが、じっとしているのもつまらぬ。故に、探索した。それまでのこと」
「――っ、もしかして私が泣いてたから……?」
なぜかミカンは涙ぐんでおる……。わたしは変な事をいったのであろうか?
何事かミカンは呟くと、わたしに向かってもう一度良い笑顔をした。
うむ、やはりミカンは笑顔が雅である。
「いいで――いい、北上しよう、刹那!」
「道中の敵を倒してゆけばレベルアップもするであろう」
「そういえば、刹那ってレベルいくつなの? 探索してたのなら、それなりにあがったんじゃない?」
「ふむ。レベルか。久しく見ておらん。どれ、見てみるか」
わたしはミカンに言われて初めて自らのレベルを知らぬ事に気付いた。
自分の事を知らぬとは、これから戦う者のすることとは思えぬ。不覚を取るところであったわ。
名前:刹那
種族:人
職業:剣士(侍)
レベル:4
HP:100
MP:240
STR:333(内、全振りボーナス基礎値+200)
VIT:0
INT:0
MIN:0
AGI:0
DEX:0
パッシブスキル:【刀LV12】【武器倉庫拡張LV1】【軽業(刀)LV11】【暗視LV20】【運動能力(刀)LV15】
アクティブスキル:【骨断】【ロール回避】【武器顕現】
ステータス画面を開くと、このようになっておった。だが、次には別に枠が表示される。
――――――――――
全振りボーナス
獲得能力ポイント(STR専用)+10
――――――――――
STR専用? このような情報、わたしは持っておらぬ。
どういうことであろうか。全振りなるものがどういうことか聞いておくべきであったな。
自然とその別枠は消え、次にまたもや別枠が現れる。
――――――――――
獲得能力ポイント:10
STR専用ポイント:10
能力ポイントが余っています。振り分けることで能力を強化できます。
――――――――――
当然、わたしの取るべき行動は決まっている。
専用のポイントでSTRは育てられる故――今必要なのはさらに上のSTR――すなわち攻撃力である。
ミカンを守る為には、強くあらねばならぬ。今のSTRでは残念ながら周囲全てをちゅーとりあるだんじょんとやらで斬った、あの大きな魔物に取り囲まれたときに対処できぬからな。
わたしはポイントを振り分けながら、ミカンに言葉を返す。
「今のわたしのレベルは4であるぞ」
「すごい、私の二倍はつよいんだねっ」
「ふはは、強いぞ。わたしは」
「ちなみに、能力見せてっ」
うむ、と言いつつわたしはステータス画面をミカンに見せた。
名前:刹那
種族:人
職業:剣士(侍)
レベル:4
HP:100
MP:240
STR:353
VIT:0
INT:0
MIN:0
AGI:0
DEX:0
すると――なんであろう? ミカンが止まっておるではないか。
「どうしたのであろうか」
「な、なんでSTRがこんなに高いのに、他の数値がゼロなの!? HP100って私より低いしっ! こ、こういうゲームってこういうことするものだっけ?」
「知らぬ。だが、防御も魔法もせぬわたしにとってはこれが最適解だと思うのであるが――」
「こんなのボスの攻撃一発受けたらHPバー吹き飛んじゃうんじゃないっ!?」
「攻撃なぞ受ける前に避けるか弾くわ。わたしをあまくみるでない」
「ぜ、絶対死んじゃ、ダメなんだからねっ!?」
「なにをそんなに興奮しておるのだミカン。ほれ、行こうではないか」
なぜかびくびくしておるミカン殿を連れ、わたしは離れた友たちを見つけに北上するのであった。
次の街にいけば、きっと桜殿らと合流できると信じて。
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