神速一閃



「ねぇテムチーちゃん、さっきからどうしたの? なんだか顔が青ざめてるよ?」

「い、いやァ、なんだか平行世界のボクが酷いことになっている気がシテネ。気にしないでイイヨ! ほら、ミカン、あそこにボス部屋への転送魔法陣があるヨ!」


 私がこの世界――CWOにログインしたのはつい一時間ほど前のことです。

 初めてプレイするVVRMMOを一人で始めるのは少し抵抗があったのですが、それより好奇心の方が上回ってしまったのか、気付いたら自宅の機械――お姉ちゃんのものなのですが、二台あるうちの一つを借りて、プレイをしていたのです。


 最初のこのチュートリアルダンジョンに挑んだのは、もちろん私がVVRMMO初心者だからです。

 自分をマスコットキャラだと名乗るテムチーちゃんはとってもいい子です。


 すこし慌てん坊なところがあるけれど、私と一緒に旅をしてくれる頼もしいサポートキャラだそうです。

 チュートリアルダンジョン内だけの限定の仲間らしいのですが……。

 このダンジョンをクリアしてしまうとテムチーちゃんにはこれから先しばらく会えないそうなのです。


 なので、私は今少しさみしさを感じてしまっている訳で……。


「テムチーちゃん、ボスを倒しても、私の事覚えててくれる?」

「モチロン! ミカンはもうボクの友達ダカラネ! でも、いつまでも一緒には居られナイ……。この先君の目の前には果てしない世界が広がるんダ。冒険者はたくさんいるし、きっと君みたいな良い子は絶対友達がデキル! だから、心配しナイデ!」


「テムチーちゃん……」


 私はついつい目に涙を浮かべてしまいました。

 いけないけない。

 ここから先はボスを倒さなきゃいけないんだから!


「ホラ、行こうよ! ミカン! この先のボスを倒して初めて、君は冒険者の仲間入りナンダカラ!」

「うん! いくよ、テムチーちゃん!」


 私が床の魔法陣の上に立つと白い光が私を包み込みます。

 そうして、上も下も全部真っ白になり――。



『キタナ、ヨクボウニマミレシニンゲンドモ! ワレガアイテニナルゾ!』


 気が付くと、私の目の前には背丈が十メートルは在ろうかと言うほどの巨大な緑色の怪物……ゴブリンが現れました。

 あんまりにも敵が大きいので、私の足はすくんでしまいます。

 バーチャルの世界だというのに、この圧倒的存在感。

 私のこの細い剣で、本当に倒せる相手なのでしょうか……。


「行くよミカン! ボクが魔法で援護スルカラ、君はあいつの攻撃を避けつつ攻撃スル――」


 いけない、テムチーちゃんが指示を出してくれています。


「わ、わかったよ、テムチーちゃん!」


 私はテムチーちゃんの指示通り敵の前に躍り出ます。

 すくむ手足を無理やり動かし――スキルの力を借りることにしました。


「ソニックブレイド!」


 システムが私の動きをサポートして、迷いのない一閃を繰り出します。

 緑色の巨大な足の皮を、私の剣が切り裂きます。


『グゥゥ!』


 苦悶の声を上げるゴブリンでしたが、それも一瞬の事、態勢をすぐさま直したゴブリンは、私に向かってその棍棒を横殴りに叩きつけてきました。


「あうっ!」

「ミカン!」


 テムチーちゃんの悲鳴が聞こえたと思ったら、私の身体はボス部屋の暗い洞窟の壁に叩きつけられています。


「イマ回復スルカラ! ヒールⅠ!」 


 テムチーちゃんの黄色い体が淡い光を纏います。

 すると、私の身体を緑色の綺麗な光が包み込みました。

 段々と痛みが引いてきて、HPバーも三分の一減っていたのが全回復していました。


『チョコザイナニンゲンメ! ンン!? テムチー、キサマニンゲンノミカタヲスルノカ!』


 ゴブリンがテムチーちゃんに何か言っています。


「うるさい! ボクはもうミカンの仲間ナンダ!」

『ミサゲハテタゾ、テムチー! キサマカラコロシテクレル!』


 あろうことか、テムチーちゃんにゴブリンは棍棒を振り下ろします。

 一撃目、棍棒はテムチーちゃんにあたることなく、地面をえぐり取りました。

 いけない、テムチーちゃんがっ。


「テムチーちゃん!!」

「ボクの事はいいから、君はこいつを――ウワアアアアアアア!」



 その瞬間、テムチーちゃんがゴブリンの棍棒の餌食になってしまいます。

 盛大に壁にたたきつけられたテムチーちゃんは、ぴくぴくと痙攣し、そのまま……。


 淡い光を残して消え去ってしまいました。



「テムチーちゃああああん!」


 私はショックを隠せませんでした。

 テムチーちゃんがやられてしまったその事実を受け入れることができません。


『クハハハハ! テムチーヲコロシタゾ!』


 ゴブリンの耳障りな声が洞窟に響き渡りました。


「うわああん……」


 ボロボロと大粒の涙が私の頬を伝います。


『ツギハオマエダ――シネ!』


 ついにゴブリンは私に標的を定めたようです。

 でも、私の脚はまだいう事を聞きません。

 もう、ゴブリンの棍棒が眼前に迫ってきていました。



 私は次に襲いくる痛みを耐えるため、強く目を瞑りました。


 ゲームオーバーになったら、痛いのかな。



 いやだよ。


 私、死にたくないよ……。


 初めてプレイしたゲームなのに、こんな仕打ち……。


 あふれ出る涙は止まることはありません。


 それは、ゴブリンの棍棒も同じことでしょう。


 振りかぶった棍棒は――きっと私の頭を潰して、計り知れない痛みを与えることでしょう。




 ――ああ、これはお姉ちゃんに黙ってゲームをした、私への罰なのでしょうか



「死にたく、ないよぉ……」





















 ―――――キィィン
















 鉄が放つであろう甲高い音がした後に続くのは、木の固まりのようなものが地面に落ちるような音。





『ナ、ナンダ!?』





 その異変を肌で感じた私は、恐る恐る目を開けました。



「侍……さん?」



 するとそこには――怪しく光る刀を持ち、漆黒の衣を纏った侍さんが居たのです。





 あのゴブリンの一撃を弾き、棍棒を切り裂いた張本人であることは、間違いないでしょう。



 剥き出しの刀を持ちながら、ゆっくりとこちらに歩いてくるその姿は、どこか優雅さを感じさせるもので、ですが、一つも隙を感じさせないものです。


 圧倒的な気迫が、私にも伝わってきます。


 私の目の前に立つゴブリンからも、緊張の気配が伝わってきました。






 そして、侍さんは口をゆっくりと開き、言ったのです。





「来い、獣。わたしが相手だ」

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