初心導入
「ふむ。ここがチュートリアルダンジョンとやらか。中々に殺風景な洞穴であるな」
わたしの眼前に広がるは、違和感のある照明がところどころにある、自然の岩の壁――洞窟だった。
「完全に明るいわけでもなく、しかし見えない訳でもない、あいまいな暗さよ。これは一体どういうことなのだ」
「それは、キミの暗視スキルが働いているからダヨ!」
「……何者か」
ふいにしたその声はわたしの頭上からである。
なにやら面妖な姿をしている。黄色く丸い体に、そのまま目と口がデフォルメされたアニメ絵のような形でついている。そして、後ろには立派な鳥の翼。
正直に言おう。
本当に気持ち悪い物体が、わたしの目の前に現れたのだ。当然、わたしの取るべき行動は決まっている。
「――滅」
一歩踏み出し、腰に差している脇差をわたしは居合抜きにし、その物体を斬りつけた。
「うわぁああ! なにすんダヨ! 初心者にアルマジキ速さで刀を振り下ろすんじゃな……え」
斬。
「ピギャアアアアアアアアアア!!」
一度目は際どい所で避けられてしまったが、返す刀で無事、奴を切り裂くことに成功した。
ふむ。しっかり血しぶきまで出るのだな。この夏獲無とやらは。中々に面白いではないか。
「しかし、目に余る。かように不快な生物がこの世界に存在するとは。中々に斬りがいがある」
「ちょっとちょっと! なにいきなり切りつけてくれてんダヨ! アァ!?」
「まだ息があったのか。――フっ!!」
「さっきより早っグベラァアアアア!!」
斬っても復活してくるとは……どういう生物なのだ、これは。
しかし、動揺しては敵の思うツボである。
「ふん、せい!」
「いや、ちょ、きらないで、いたい! いたいから!! グベラァアア!!」
半分に切裂かれた黄色き胴体を幾度も幾度も斬りつける。断末魔の叫びを100程聞いたところで、ようやく彼奴は学習したのか、わたしの剣先を見切り、その細切れになった体を用に動かして見事に避けて見せた。
この生物、斬っても斬っても元の形にもどりおる。
だがそれで良い。それでこそ斬りがいがあるというもの。
「良い、良いぞっ、貴様!」
「えっ、ちょ、まってってば! なに白熱してるんダヨ! もうやだこの初心者! チュートリアルなんて必要ないじゃなイカ!」
「避けているばかりが戦いではないぞ! どうした、かかってこぬかぁああああ!」
「イヤアアアアアアアアアアアア!」
あろうことか彼奴はわたしとの戦闘中に、背を向けたではないか。
――許せぬ。命のやり取りをしているというのに、敵前逃亡とは。
「敵前逃亡は――死、あるのみである!!」
「なんか追ってくるしィイイイイイイ!? 勘弁してぇええええええ! チュートリアルダンジョンのマスコットキャラなのに、いろんな人から可愛がってもらってたのに、なんでこの男は私を斬りつけてくるんダヨォォォ!!」
わたしは彼奴を追い、洞穴を全力疾走で駆け抜ける。
――5分後。
「追い詰めたぞ――外道!」
「外道はそっちダ! なんで道中のゴブリンとか全部クリティカルで一撃で吹き飛ぶんダ! まぐれにしてもオカシインジャナイノカ!?」
「戯言は無用。――覚悟せよ」
わたしは構えを取る。
抜身の刀の切れ味は証明されている。道中の緑色の無抵抗の獣は、皮の薄い所を狙ったらなぜか一撃で雲散霧消した。血しぶきが出ないのが頂けない。
だが、目の前の獲物は血が出る。なぜかは知らぬが、そちらの方が斬りがいがある。
「コイツ……感度パーセンテージ100にしてヤガル……! ふひ、ふひひひひ! この先のボスで、お前を殺してやるからな! 感度パーセンテージを下げるチュートリアルをしてないから、死ぬほど痛みながら死に戻りしやがれ! 人格までぶっ壊れるがイイサ!」
「むっ、まだ逃げるというのか!」
こやつ……、万死に値する。
他の者に助けを求めるとは。
わたしは殺気を漲らせ、やつに摺り足で近づく。
「マダカ! 転移門はマダナノカ!」
彼奴はなにやら地面に向かって叫んでいるが、容赦などせぬ。
わたしが刀を上段に振り上げ、彼奴を切り裂こうと刀を下ろしたその瞬間――
『チュートリアル:ボス部屋に転移します。マスコットキャラのテムチーちゃんと協力して、ボスを倒してください』
わたしの目の前を不可解なメッセージが飛び交った。
いったいどういうことなのだ、これは。意味が解らぬ。
「ハ~ハッハッハ! ザマァミロ! ここで私を斬ったら、アンタでもここのボスを私抜きじゃあ倒せない! 斬れるもんなら切ってみろ!!」
とにかく、目の前の雑魚を倒し、ぼす、とやらを倒せばよいのか。
「へ?」
斬。
わたしは絶望に満ちた表情の黄色き物体を真っ二つに切裂いた。
その瞬間――
『テムチーちゃんが消滅しました。 今後、チュートリアルダンジョン内であなたのサポートはされません。離脱をおすすめします』
またしても訳のわからぬメッセージが出てきおった。離脱? わたしがそんなこと、選択をするとでも思っているのか。
「離脱などするものか。真の強者というものは、何者にも恐れず立ち向かうものよ」
『離脱が拒否されました――。マッチングを開始。同じく初心者プレイヤーを呼び寄せ、協力プレイのチュートリアルに変換します』
どういうことなのであろう。
まぁ良い。この先は行き止まりのようであるし、なにやらあの光っている魔法陣を触ってみるか。
わたしが魔法陣に近づくと、目の前に選択肢が現れた。
―――――――――――
この先はボスの間です。転移しますか?
YES / NO
―――――――――――
当然、YESに決まっている。
わたしは迷いなく、YESを押す。
すると、魔法陣が一層の輝きを放ち――目の前が白に染まった。
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