自称・ヒーローのデッドマン

比名瀬

自称・ヒーロー

 燦々とアスファルトを照りつける太陽。倒壊した建物。陥没した地面。ガレキが転がる道路。崩壊した街に維持の悪そうな声が響く。


「おい、そこのチビ助。その手に持ってるもん、オレ達にくれよ?」


 ガラの悪い4人の男達が、恐怖で身をすくめた小さな少女を取り囲んでおり、その中で一番大柄で体格のいい男が、少女に声をかけていた。


「おい、その手に持ってるもん寄越せよ?な?」



 少女の手にはリンゴがあった。


「……、ゃ…」


「アァン?聞こえねえよ?」


 鼻ピアスを付けた男が、少女を睨み顔を近づけ野太い声で脅す。


「…ぃ……ぃ、ゃ…です……」


 少女は、小さな声でだが、しっかりと拒絶を申した。


「ほー?オレ達のお願い拒否る訳ぇ?」「いい度胸じゃーん?」「俺チャン傷付いたわー」「傷付いた責任取ってもらわなきゃなー?」


 取り囲む男達は、口々に言いたい放題言い、少女を怖がらせ困らせる。


「そんじゃ、責任取ってその手にあるもんだけじゃなく中身内臓貰おうか?」


「ぁ、…ぇ……?」


 怯える少女が驚き、目を見開く。

 そして、最初に声をかけた大柄男が、恐怖の一言を言い放つ。


「おお、いいね」「全部貰おうぜ」「そうだそうだ、貰っちゃおうぜー」「じゃあ、着いて来てもらおうかぁ?」


「オーケー。じゃあ貰わせてもらうぜ?」


「あ?」


 また口々に男達が言う中、一つのくぐもった声が、響いた事にいぶかしんだ。


「おう、どうした兄ちゃんら?」


 そのくぐもった声は、取り囲む男達の中から聞こえてきていたのだ。

 見ると、いつの間にか男達の中に、おかしな男が一人紛れ込んでいた。

 その男は、細く170cmくらいで、全身黒いライダースーツを着込み、真っ黒なフルフェイスヘルメットを被って、全身くまなく真っ黒だった。


「おーい?どした?」


 突然、現れた男が、状況を整理する4人の男達に問い掛ける。

 そして、ようやく男達は気付く。

 少女が、驚きに目を見開いたのは、オレ達の一言にではなく男が、突然現れた事に。そして、コイツは、オレ達を邪魔する敵なのだということを。

 気付いた瞬間、黒スーツ男の両隣にいた2人が、黒スーツ男の腹に蹴りと拳を叩き込む。


「オラァッ!」「ダァアッ!」


「どぅほォ…!?」


 いきなり攻撃され黒スーツ男の体は、くの字に折れ腹を抑え蹲った。


「アァン?何だテメー?」


「いっ…づぅ……い、ってぇ……ちくしょう…」


 鼻ピアス男が、黒スーツに問うも痛そうに呻いていて反応出来ないようでいた。


「聞いてんだろ、答えろよ!?アァン!!?」


 その反応に、怒る鼻ピアス男の怒鳴る声に応じるように、ほかの男達も脅していた少女の事など忘れ、蹲る黒スーツ男へ次々に蹴りを入れていく。


「あれ?そういえば、さっきのチビ助。どこ行った?」


 ひとしきり蹴り終え、大柄男の声に他の男達も、いつの間にか消えていた少女に気付き舌打ちをする。


「あーぁ、逃げちまったか」「いい獲物だったのになー」「クッソ、白けたじゃねーかよ」「チッ、今日は変なヤツに会うわ、逃げられるわ。ついてねーよ」


「おい」


 白け、この場を去ろうとする男達に、先程までタコ殴り、ではなく、タコ蹴りされていた黒スーツ男のくぐもった声が、また聞こえ、男達は驚いた。

 散々、蹴って蹴って蹴りまくって、普通じゃ立ち上がれないくらいには、痛みが残るように、男達は容赦なく蹴り続けていたのに、見れば、黒スーツ男は痛みを感じさせず、体についた汚れ以外、何事も無かったのように、先程まで転がっていた所に、立っているではないか。


「お前ら、人をサッカーボールみたいに散々蹴りまくりやがってよ。普通なら痛いし怪我してたかもしんねえんだぞ?わかるか?」


「…ア?」


 黒スーツ男は、突然に説教を始めた事に男達は、さらに戸惑う。

 男の言う通りに、怪我をさせて立てなくなるくらいには、蹴り続けていたつもりなのだ。

 鼻ピアス男は、戸惑いながらも黒スーツ男へは接近し、彼の腹をもう1度、全力で蹴り出した。


「俺の言ったこと聞いてたか?」


 鼻ピアス男の蹴りは、確かに腹へヒットしていたし、全力で蹴り飛ばすように、蹴り出したのだ。

 なのに、黒スーツ男は、腹に蹴りを入れられても、今度は体をくの字に折れ蹲る事無く、痛む素振りすら見せることも無く、平然と立っているのだ。

 男達の戸惑いは、少しずつ黒スーツ男への得体の知れない気持ち悪さと恐怖に変わっていく。


「もう1度聞くぜ?お前ら、俺の言ったことき、い、て、た、か、?」


 黒スーツ男は、そんな男達の反応には気付かず、一音一音区切って彼らに問い直す。

 その声音は、やはりくぐもっているが、それでも怒気が含まれているのだけは、しっかりと感じ取れた。

 その威圧感に、たじろぐ男達に痺れを切らした黒スーツ男は、腹に蹴りつけられた足を握り拳で叩き飛ばし、そのままの勢いで踏み込みながら裏拳を鼻ピアス男の鼻面に叩き込む。


「ほぐォボ…ッ!!?」


「いつまで人の腹を足置きソファにしてんだよ」


 鼻ピアス男は鼻面に拳を叩き込まれ、激痛に顔を抑えて地を転がる。


「と、まぁ。このように怪我すんのが普通だから気をつけろよ、お前ら?」


「っつーわけでよぉ…」とくぐもる低い声を出しながら、足元を転がる鼻ピアス男たちから後ろで見ていた男達に向き直り、


「お前らにも同じように体にみっちり叩き込んでやるよ」


 指の関節をバキバキッ!と鳴らす。


「や、やれるもんならやってみろやゴラアッ!!」


 大柄男が叫び、隠し持ってた刃渡りが20cmくらいの小さめのナイフを取り出し黒スーツ男の喉元に突き刺し、抉るように捻った。

 だが、


「ナイフかぁ……。これも刺さると怪我するのわかんねえの?」


「ッ!!?」


 刺さったはずのナイフの刃は、黒スーツ男には突きたってはいるのだが、突き刺さってはいなかった。


「なん…でゥえ…っ!?」


「ハッ……サイヤァッッ!!」


 黒スーツ男はナイフを持つ手を掴み引き寄せ、もう片方の腕の肘を、その腕に叩きつける。

 バギィッ!という、骨の砕ける音がその場にいた者達、全員の耳に届いた。


「ハイ、次ぃ〜。どっちでもいいぞ?来いよ?」


 腕の骨を砕き、大柄男を蹴り飛ばして、残る2人へ交互に視線を向けて、自身の拳を打ち合う。


「お?」


 残る2人は、2対1の有利を、活かすように黒スーツ男の前後に回り込み、挟み撃ちにするように殴りかかる。


「頭使ったか?関心関心!」


 黒スーツ男は「だが…」と言い、前方にいる男へ、自身の固く握りしめた右拳を掲げ、自ら接近する。

 接近されるも怯まず男は、相手を殴りつける。黒スーツ男は、握りしめた拳を殴りつけてくる拳へぶつける。ぶつかり合った拳からは、鈍い音が響き両者を一瞬怯ませる。


「おぉ!?何すんだよ…っ!?」


 その隙に、後ろから迫る男は、黒スーツ男を羽交い締めにして身動きを封じる。


「ほら!やれよォッ!」


 先程、拳をぶつけ合った男は、近くにあったガレキの中に突き刺さる鉄筋を、引き抜く。


「えっ!?ちょ、ちょっちょっぉーっと落ち着こう!?」


「黙れえ、黒男!!」


 鉄筋を振り下ろし、肉を叩きつける不快な音が、何度も響く。何度も、何度も何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 そうして殴りつけて、羽交い締めにされた体から、力が抜けたのかぐったりとし体を離すと、さっきまでの耐久はどこへやら、力なく地に伏した。


「ハァ…ハァ、ハァハァ……。」


「や、…やった…のか……?」


 2人は、男が意識がないのか、鉄筋でつつき、オマケとばかりにと、もう1度叩きつける。

 それでも反応がなくて、安心したのか鉄筋を手放すと2人は、嫌な汗をかいていた事に、ようやく気付いた。

 2人は汗を拭い、倒れる仲間を助け起こそうと、意識を黒スーツ男から離し、一番近くにいる大柄男を、抱き起こそうとした直後、2人の頭を何者かが掴んだ。


「だから」


 そのまま2人の男は、勢いよく地面に、


「ああいう事すると」


 叩きつけ、


「こういう風に」


 持ち上げ、


「怪我するの」


 叩きつけ、


「わか」「らん」「の」「かね?」「聞こえてる?」


 持ち上げ、叩きつけ、持ち上げ、叩きつけ、持ち上げて、


「はぁ……もう聞いてねえか…」


 黒スーツ男は、白目を剥き泡を吹き出した2人の頭を、離した。


 黒スーツ男は「よっこいさ」と立ち上がり、周囲を見回す。

 ガレキだらけの崩壊した町並みの中には、痛みに苦しむものと意識を失う男達しかいない。


「はぁ……無事逃げられたみたいだし、ま、いっか」


 男は、周囲に先程まで囲まれていた少女が、いない事を確認し溜息し、その場から立ち去ろうとする。


 歩いてると、ライダースーツの裾をふいに、引っ張られた感触を感じ、振り返る。


「まぁーだぁーやるの………お?」


 振り返ると、そこには先程逃げた少女がいた。

 黒スーツ男は、少女の目線に合わせるようにしゃがみこむ。


「大丈夫だったか?怪我はないか?うん?」


 くぐもってはいるが、意識しているのか優しい声音で、少女の無事を問い掛ける。

 少女はコクリと頷き、無事なのを肯定する。


「よっしよし!それならよかったわ!」


 黒スーツ男は、無事を確認できると、少女の頭をワシャワシャっと撫で付け立ち上がる。


「もうこんなとこに1人で来るなよ?またさっきのヘンテコ四人衆みたいなのに絡まれっからな?気を付けろよな?じゃあな!」


 少女に忠告し、その場を立ち去ろうと、くるりと身を翻した。


「…ぉ、…おじさん……」


「うんにゃ?」


 黒スーツ男は、少女の小さな声を聞き、立ち止まる。


「…ぁ……りがと、う………ぉ…じ、さんの…なま、ぇ……は…?」


 少女の小さくか細い声で、礼を述べられ問われる。

 黒スーツ男はそれに、


「俺か?俺の名前はデッドマン。これからこのガレキだらけの街の平和を勝手に守るヒーローだ、覚えとけ!」


 くぐもった大きな声で、答え今度こそ男はその場を立ち去っていった。




 これは、ある日現れた全身真っ黒いヘンテコな自称ヒーローの物語である。


 -つ・づ・け-

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自称・ヒーローのデッドマン 比名瀬 @no_name_heisse

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